第1話 予兆(2)
「行ってきまーす」
「行ってらっしゃい!」
コウの声を聞きながら、ソラは勢いよく外へ飛び出した。
足には高速移動用のモーターがついたスケートボード。現実社会の大人気作品で登場していたあれである。ソラはシステム的な補正を受けつつ、最高速度を出しながら通りを駆け抜けていった。
電子世界では人為的ミスからくる事故は発生しない。ソラが猛スピードで人に向かっていっても、誰かにぶつかるというような事は起こらない。最悪、座標が重なったとしてもシステムの補正が働き、その動きはキャンセルされる。その際には故意に危険行為をしたという多額のペナルティ付きだ。
世界はリソースで管理されており、生活を維持するためにも、何かを手に入れるためにもリソースで取引される。リソースは人類であった頃の貢献と、電子世界へ移行後のシステムや社会に対しての貢献度合いで支給額が変わるが、基本的に何もしなくても贅沢な生活を送るだけのリソースが配布される。
例えば、リビングの風景を河原にしてみることなど造作も無いことなのだ。
「ルミ、おはよー!」
「おはよう、ソラ!」
ソラはスピードを落とさずに教室に飛び込むと完璧に制御された動きで誰にもぶつからずに自分の席に着席し、隣に座る親友のルミに挨拶をした。スケートボードはその瞬間にはイベントリ格納している。
コロニーで生活する彼女達は、その実態が電子データであっても、それは魂を持つ存在であり、経験も学習もしていないようなことを、システムを利用して強引にインストールするような技術は開発できなかった。そのため、子供達は人類であった時代と変わらずに教育を受ける必要がある。ソラも旧日本を模倣した高校に通っているのだ。
「ソラ!」
教室の外から、短い頭髪を真っ赤に染めた男子生徒が近づいてきた。だが、ソラはその声を無視する。それをみて、クラスの男子が冷やかしの声を上げた。
「ソラ、旦那様が呼んでるよ」
「知らないわよ。あんな変態男」
露骨に目を逸らすソラに短髪の男子生徒――アサヒは周囲の冷やかしも気にせずに近づいてきた。
「ソラにはアサヒが昇る! のアサヒを置いて学校に先に行くってどういう事だよ!」
「いい加減にして。高校生になったんだから、あんたみたいなお子様は相手にできないの」
「照れるな! ソラとアサヒは二人で一つ。子供の頃から一緒に風呂にも入っていたじゃないか」
「それ、セクハラ発言! なんでシステムは反応しないの!」
ソラが教室の四つ角にセットされているスピーカーオブジェクトを睨み付ける。
「それはソラがセクハラと感じていないからよ」
ルミが苦笑いを浮かべながら真実を指摘する。ハラスメントは被害者の心情に左右される面が強いため、たとえハラスメント的な発言や行為があってもマイナス方面に感情が触れていない限り、システムは反応しない。指摘されたソラは照れ隠しからか、怒りをヒートアップさせた。
「言ったでしょ。私は一人で通学したいの。アサヒの御守はしたくないの!」
「御守だと? 何を言っている。ソラを守るのが俺の義務だ」
そういってアサヒは自分の胸を叩く。
「うるさい! 馬鹿アサヒ!」
ソラはそう言ってイベントリから筆箱を取り出し、アサヒに投げつけた。
筆箱はアサヒに向かってまっすぐ飛び、ぶつかる寸前に光りの粒子となって消える。
『ソラ・シライ……暴力行為により500MB/日の罰則、3日間です』
システムの司法機能が即座に反応した。
「あああ、もう!」
コロニーでは人を傷つける行為は出来ないが、故意に人を傷つけるような行為を行うと試みることはできる。そして、その全ての試みには罰則が適用される。たとえそれが照れ隠しからくる微笑ましい暴力行為であっても。
「お昼3回分……お小遣い、今月足りないのに……もう、アサヒなんて嫌い!」
「俺は好きだぞ!」
「なんでセリさんから、こんな子供が出来たのぉ」
ソラは机に顔を伏せて、そうぼやくのであった。
***
「本当に嫌になっちゃう」
「もう付き合っちゃえば?」
「なんで私があんな猿と付き合わなきゃいけないの!」
お昼になり食堂で昼食を取っているソラとルミ。ソラは先ほどの罰金の影響もあって味は無いが空腹感だけを満たすことの出来るコンニャクブロックを食べていた。
「本当に嫌ならブロックすればいいだけでしょ」
「だってぇ……」
コロニーの住人同士であるため、そのコミュニケーション手段は様々なオプションがある。犯罪的な行為は自動的にキャンセルされ、嫌な相手と判断した場合は、段階は色々あるがブロックする事が可能だ。極端な話、「永久にお互いの視界に入らないようにする」というストーカー泣かせのブロック手段も準備されている。
「ほら……お隣さんだし……親同士も仲がいいし……」
ソラが指と指を合わせ、モジモジとする。
「冗談よ。ソラがアサヒをブロックするなんて事があったら教室中、大騒ぎだわ」
「そ、そんな事は無いけど……ブロックは……しないかな……」




