第4話 電子の世界(2)
一時的に意識を失っていたユキナは自分の腕の中で火が付いたように泣いているソラの声で意識を取り戻した。そして、自分とソラに覆いかぶさってぐったりしているクギに気が付いた。
二人はあの爆風の中、クギの身体で包まれたことで、軽度の火傷だけで済んでいた。熱風以外は、全てクギが受け止めていたのだ。
「クギさん! クギさん!」
背中に大やけどと深い裂傷を負ったクギに必死に声をかける。
「ユキナさん……行きなさい」
「そんな、すぐそこだから移行しちゃえば……」
そのユキナの声は男達の声で遮られた。
「おやっさんは俺達が運ぶから大丈夫」
殿を務めるつもりだった警備部と、コウにメッセージを入れていたために、少し出遅れたユキナとソラ、二人の護衛のつもりだったクギは階段室にいた事で、爆発の直接的な影響は受けなかったのだ。とはいえユキナも含め全身に火傷を負った満身創痍の状態であり状況的には厳しい。それでもユキナとソラを最後まで護衛する覚悟を決めていた。
「んじゃ、最後の仕事をしますか」
「そうだな。俺達ユキナちゃんファンクラブが負けるわけにはいかん」
そう言いながら立ち上がる。
「おやっさんも致命傷くらいで情けない。もう一踏ん張りしないと、先に逝った者に笑われますよ」
「はははは、そうだな」
その言葉にクギが立ち上がる。
背中から尋常では無い量の血が流れている。
「よし、お前ら。最後だ……ユキナさんを待機室に押し込むぞ」
「おう!」
「ユキナさん、怖いだろうけど、俺達の後についてきて、何も考えずに待機室に飛び込んでくれ」
「は、はい」
「待機室には絶対、誰も入れさせない。きっとシライが迎えに来てくれる」
「はい」
「もし、シライが来ないようなら、緊急退避装置に飛び込みなさい。あそこなら冬眠施設があるから、きっと迎えが来る」
「はい」
ユキナの目から大粒の涙が溢れていた。
「おーちゃん」
ソラも自身が軽い火傷を負っているにも関わらず、クギの様子がおかしいと気が付いたのか、その肩を触った。
「ソラちゃんは、大きくなって必ず幸せになるんだよ」
クギが優しい顔で、そんな事を言った。
「もう世界の子じゃなくて俺達の子だな」
先ほど、ユキナと一緒に行くように言われていた元監視チーム、ユキナ班の班長がソラの頭をなでる。
「シライさんによろしくね」
すこしクネクネと動くコウの監視班だった男が、動かなくなった右手を気にせず、ユキナに微笑んだ。
「さて、時間が無い。おまえら準備はいいか」
クギは背中に大きな傷を負っているはずなのだが、それをものともしないように発破を掛ける。
「へーい」
「なんとか」
そして、クギの声で瀕死だったり大怪我を負ったと思われる人達も動きだす。貨物室にいたために助かった人達だ。階段室の外にいた半数以上の職員は、外で黒焦げになり動かない。
「みなさん……」
「おら、意地を見せるぞ! 3,2,1!」
クギが爆風で崩れかけていた階段室の扉を蹴飛ばした。
***
「リュウジさん、どういう事でしょうか?」
コウが駆け去っていった後の後ろ姿を眺めていたリュウジに、ここまで付き従ってきた中年の男が声をかける。
「ん? だって、コウ兄ぃの家族じゃ、俺のファミリーですよね。そりゃ、手は出せないし、この下に兄さんが眠っているんじゃ、ここを壊すわけには……と、とととと」
プスプスという、何か空気が抜けるような音がした後、突然、リュウジがよろめいた。
「え、あれ? なんで?」
リュウジが自分の身体に開いた複数の穴を見下ろす。その穴からはゆっくりと血が溢れ始めていた。
「あと五分は死ぬなよ」
「はへ?」
「我々が脱出するまで、もう少しだけ生きていてくださいね」
そう言って、2人のテロリストはオペレーションルームから逃げ出した。
「うわ、やばい……やばいなこれ……あのぉ……」
リュウジが保安局長の方へ振り返り、困ったような笑みを浮かべ、そのまま倒れた。
事態についていけず呆然としていたオペレーションルームにいた警備部員が慌てて、外に逃げた二人を追いかける。
保安局長は、倒れたリュウジの元に駆け寄り、握りしめていた手をゆっくりと開かせるが……
「何も持っていない、ブラフか?」
「ブラフじゃないですよ……デススイッチです」
そういって、首のちょうど頸動脈のあたりにある膨らみを見せる。
「僕が死んだら、今日持ち込んだ爆薬がドッカーン、そういうの面白いじゃないですか」
「貴様!」
「でも、コウ兄ぃも、兄さんの身体もある……んじゃ、もう少し死ねないな。ついで……なんで、みなさんも……逃げた……ら……」
そこまで喋って、リュウジは意識を失った。
それを見て、保安局長はオペレーションルームの室長席にある全館放送設備に縋り付き、
「館内にいるもの! 全員退避だ! 口頭オペレーションで全員移行。急げ! 間に合わないものは、緊急退避施設に飛び込め!」
***
「ユキナ! ソラ!」
コウはそう叫びながら、階段を降り移行室に入る。
そこにはすでに誰の姿も無かった。
コウが処理をした最後の移行者達の身体も緊急だったため、かなり乱暴な扱いになってしまったが、排出が完了していたようだ。
「Listen, oral terminal, uid, kou.shirai 」
-- Ok, welcome Kou
「Unlock door B」
-- Ok, unlocked door A
コウは口頭操作に切り替え、移行室から待機室につながるドアのロックを解除した。




