第3話 終わり(5)
10:34 オペレーションルーム。
「なに?」
警報音が一瞬鳴った後に全ての電源が落ちた。
非常電源に切り替わる気配も無い。
コウは突然の事態に、
「ユキナ、ソラ!」
いそぎ、携帯端末を操作し、連絡を取る。
そこへズンと、地震のような振動が1回、2回、3回――
「くそ!」
その振動を感じてコウは事故、あるいはテロリストの侵入というケースを考え、一般開放エリアにいるユキナ達の元へ駆けつけようと立ち上がったが、
「全員、動くな!」
突然、オペレーションルームの扉が開き、保安局長と警備の部長が職員を伴って入ってくる。
「ケース3が宣言され続けてケース7を総長が先程宣言した。マニュアルに従い建物内の全民間人の緊急移行、その後に全職員の緊急移行に入る。本移行施設は全職員退避をもって放棄する」
「え、なんで……そんな……それに我々の部署は事務局長の指揮が無いと動けな……」
突然の事態に、最年長の移行オペレーターがヨロヨロと立ち上がり、保安局長の後ろに見慣れた事務局長がいないかと探したが、
「この事態の一因として事務局長が関与している事が確定している。彼女は現在、地下の電源室で設備に対してダメージを与えた後、立て籠もっている」
電子移行設備は、非常用の電源も含めた外部からの供給と、大型の蓄電装置により、完全停電時も最大四十八時間の作業が可能になっていた。これはクリアポイント直前に外部電源、非常用発電設備の両方がダウンする事も考えての準備であった。
『無事 クギさん 移行室』
コウの元へは、保安局長が到着すると同時にユキナから短いメッセージが入った。
(クギさんがいれば、僕が行くより安全だ……なら、僕に出来ることは……ユキナとソラが来た時、すぐに移行させられるよう、準備をする)
コウは立ち上がり、大きめの声で保安局長に進言した。
「局長! 各移行室に移行するグループに関係無く、二十名の制限一杯入れるよう手配して下さい。ベッドに乗れない人は、床に寝かせます。移行に関係の無い職員も手が空き次第順次、そこに突っ込んで下さい。僕達オペレーターはここを動けませんので、そのあたりを整理してくれる人の手配をお願いします」
「解った!」
続いて同僚に指示をする。
「僕たちは電源の切替!」
蓄電池への切替は、最後の手段であるためオペレーターが手動で準備する必要があるのだ。
同僚に向け叫んだコウは、そのまま自分が担当する第一電子移行室へ走る。その声を聞いて、他の同僚達も、階段でつながってる下のフロアにある他のオペレーションルームに状況を伝えに行く。七層あるオペレーションルームを統括するのも、第一電子移行室の仕事なのだ。
「警備部は全力で各フロアの電子移行室とオペレーションルームを維持するぞ」
「おう!」
警備部長の指示で、警備部の人間が動きだす。
保安局長はこのフロアに集まってきた他の職員に次々と指示を出した。
「敵性勢力に抵抗出来なくなった場合はフロアを放棄し、上のフロアへ移動しろ。間に合わなければ、緊急移行で向こうに逃げろ」
その声を聞いて、オペレーター以外の職員が、すぐ階段を使って階下へ移動し、その指示を伝達する。
その時、オペレーションルームに電源が復活した。
「よし、執行部が三階で防衛線を張った。一般職員を動員して宿泊棟に残っている移行対象者を叩き起こせ。誰一人欠ける事なく、移行させる!」
「おう!」
そこに移行対象者を管理している事務局の総務部長が入ってきた。
「確認が出来た。オペレーションセンターは宿泊棟を含め現在、一四五三名。これの全てが移行対象だ」
ちょうど蓄電池に切り換えたコウが戻ってきた。
「一四五三……」
全部で七層ある移行用のフロア。
一回の移行で必要な所要時間は通常であれば最低三十分。電子世界のサーバーへアップする時間を除外しても人の入れ替えだけで二十分は必要になる。
(全員で三時間半。間に合うか……)
コウは焦りを抑えながらも、
「余裕です! さぁ、はじめましょう」
非常灯の薄暗いなか、元気に動いている移行用の端末にコウは向き直した。
***
10:45。業務棟地下フロア。
「くそっ、こっちも戦闘になっている」
「クギさん!」
「すまない、ユキナさん。貨物用のエレベーターに向かう通路で、うちの連中とテロリストが戦闘になっている」
どうやらテロリスト達は普段人がいない一般開放エリアを無視し奥の受付から侵入したようだ。
「やっぱり、テロなんですね」
「そんな顔をするな。大丈夫、ソラちゃんがいるのに危ない所は通らないよ」
「はい……」
クギが少し戻った場所にある通路に入った。
「ここは……」
そこは、以前、ユキナが隠れるために入った社員食堂だ。
「ちょっと遠回りだけど、階段で上がろう」
「はい」
社員食堂の反対側にも通路があり、その奥にも階段室がある。
そこへ3人は向かった。
***
11:40 オペレーションルーム。
(ユキナはまだか……)
戦闘は激化する一方だった。
携帯端末のおかげでユキナとソラが無事な事は確認できている。
移行のペースも、サーバーへアップ中に次の対象者を移行室に押し込むという、これまでに無い強引な進め方でペースを上げた。これだけで3時間程度を見込んでいた移行時間も2時間を切る事が出来そうだ。
だが……
(ユキナ……)
コウが待つユキナは、まだ移行フロアの2つ下の階で足止めをくらっていたのだ。
***
12:25。移行室の1つ下のフロア。
人がいないところを攻めてくると思い、急いで移動していたクギは自分の判断ミスを呪う。
「ふぅ……すまない。ユキナさん、こっちだ」
「はい」
「それにしても、ソラちゃんは凄いな、こんな中でもスヤスヤ眠っている」
「そうですね……きっとクギさんもいるし、安全だと思っているんですよ」
そういいながら、少し煤けてしまった頬をこする。
戦闘を回避するために、迂回に迂回を重ねていたが、階段を使い宿泊棟の四階まで来た二人は、執行部、警備部が引き連れた一般職員の集団とも合流した。
「業務棟の三階で、俺の部下が抑えている。このフロアから一気に業務棟へ行き、そこから五階から上の電子移行室で順番に移行するぞ」
クギの指示で、不安そうな顔をしていた移行対象者達も少し安堵の表情になる。素人ながらにクギが持つ強さが解るのだろう。
だが、宿泊棟から業務棟への空中回廊を渡った一行に、あらたな凶報が入る。
「部長! 三階、もう持ちません」
潤沢な武器を持った集団に早々に地下と一階を抑えられた事で、執行部の火力は弱い。人数的には上回っているものの、すでに発砲は散発的だ。敵の襲撃に備え、各フロアに執行部を配置していたのが裏目に出ていたのだ。
「三階、放棄!」
「了解、三階放棄!」
「了解、三階放棄!」
クギの指示があっという間に三階まで伝わる。
「聞こえましたか? すぐ敵があがってきます。みなさんはそこの階段で五階から上を目指してください」
「クギさんは?」
ユキナは不安そうに、ここまで連れてきてくれたクギを気遣う。
「大丈夫です。ユキナさん、おい!」
「はい」
そういって、近くにいた部下に声をかけた。
「お前と、お前。ユキナさんと、ソラちゃんを確実に上まで届けろ」
「任せてください。元見守る会班長としては……」
「余計な事はいい、早くいけ」
「はっ、それではユキナさん」
クギの指示で二人の屈強な男がユキナの周りについた。そして、ユキナと一緒に階段を上る列の最後尾に並ぶ。
「早く上にあがって!」
「早く! 早く」
一般職員達が必死に声をかける。だが、数百人の人間がそれほど広くない階段を上がるのだ。すぐに渋滞を起こしてしまい、進みが悪い。
「やむを得ん、バリゲートを作るぞ! 机と椅子を並べろ。ここで三十分は粘る」
「はい!」
(コウ……)
遅々として進まない列にユキナも焦りを感じていた。
そしてその背後から、徐々に銃声が近づいてくるのであった。




