第1話 本当の家族(5)
結局、陣痛に耐えながらしっかり焼肉を堪能し自力で病院に辿り着いた二人。
「え? 陣痛が始まっているの? とりあえず診察台に……あ、お父さんはそっちで待っていてね」
そう言われ、ユキナは診察室に入っていった。
そして十五分程で……
「シライさんも入って」
「はい」
そういって診察室へ呼ばれると……
「ユキナ?」
ユキナの口に酸素吸引のカプセルが充てられていた。
「先生!」
「あ、念のためだから大丈夫。説明するから、そこに座って」
「はい……」
「これを見てください」
そう言って、先生はモニタの中のグラフを示す。どうやら心電図のようだ。
「ここが、少し落ちているのがわかる?」
「はい」
心電図の上下の動きが少し落ちている部分がある。
「このタイミングで、陣痛があって、その際、赤ちゃんの心拍が落ちているの」
「え、だ、大丈夫なんですか?」
「今のところはね。多分、子宮が収縮するタイミングで臍の緒がしまっているんだと思うのよね。一応、このまま自然分娩を試みてもいいんだけど、できれば新生児集中治療室がある施設に移動して出産した方が安全だと思う」
「どういう事でしょうか」
突然の事に、コウは頭の中で血が引く音を聞いたような気がした。
ユキナの方は事前に説明を聞いていたのか、コウの様子をみて、コウの手を握って安心させようとする。
「命の危険があるという状態じゃないんだけど、お産のリスクは最小限というのが、うちの方針だから、このまま転院の手続きをとりたいんだけど、いいかな。家族の承認が必要だから……」
そこでコウはユキナを見る。
ユキナはコクリと頷く。
「大丈夫なんですよね」
「ええ、今のところは」
「わかりました」
大丈夫なうちに転院するならした方がいい。大丈夫じゃなくなってからだと間に合わないかもしれない。
「転院でお願いします」
「わかりました。救急車をすぐ呼ぶから待っていてね」
「救急車?」
救急車が必要な状態なんだろうか?
再び、オロオロし始めるコウに先生が、
「患者の移送には救急車を使うの。普通のATSじゃ、何か合った時にどうしようも無いし……そもそも、ストレッチャーも乗らないわ」
「……そうなんですね」
どうも釈然としないままも、コウは頷くしかなかった。
***
人生2度目となる救急車にコウとユキナは乗っていた。
「そういえば、初めて乗ったのも、二人一緒だったね」
「そうね、あの時とは逆だけど」
テロリストに殴られていたコウは念のためにという事で、事件解決後に救急車に乗せられており、ユキナはそれに同乗していたのだ。
「大丈夫だよ、コウ。この子も平気って言っている」
酸素吸引カプセル越しに、ユキナがコウにそう語りかける。
「だいたい、私も元気だし」
格好が格好なだけに、すっかり重病人になった雰囲気でユキナに接していたが、そういえば、ついさっきまで牛タンを食べていたのだ。カルビもお替わりしていた。
「それもそうだね」
そう思ったコウは少し、元気が出てきた。
***
NICUがある総合病院に着いて、ユキナはすぐストレッチャーに乗せられて処置室へ入っていった。コウは外で入院手続きを行った後、三十分ほど待たされ、その後、中に呼ばれた。
「お父さんですね」
「はい」
「どうやら羊水がちょっとずつ流れていたようで……現在、赤ちゃんがこんな状態になっています……」
そう言って、左手をグーにし、右手をパーにし、その右手で左手を包み込んだ。
「こんな風に子供を包む羊膜が頭に張り付いちゃって……なんとか生理食塩水を入れて隙間を作ろうとしたのですが、ちょっとこのままだとスルリと出てこれないですし、そうなってくるとお産のリスクが高くなるので、ご了解が取れれば、帝王切開に切替えたいと考えています」
「え? 手術ですか?」
「はい」
「それって、大丈夫なんですか?」
慌ててコウは聞く。
帝王切開は出産の時の選択肢として一般的なものだと知識はあったが、さすがに自分の家族のこととなると、不安が大きい。
「大丈夫といえば大丈夫ですね。このまま自然分娩を待つよりは、リスクは低いといえます」
「命の危険は?」
「ゼロではありませんが、他の手術と比較しても、成功率は高い手術になります」
「そうですか……」
「ちょっと妻と話してもいいですか?」
「どうぞ」
そういって、処置室のベッドの上で横になっているユキナのそばに行く。
「手術になりそうだけど、大丈夫?」
コウは自分の不安を隠し、明るい声でユキナに声をかけた。
「うん。大丈夫。赤ちゃんも平気だっていっている。怖いけどね……ちょっとだけ手を握って」
「ああ」
そういって、コウはユキナの手を握る。
少しだけ震えているのが解るけど、目はしっかりと強さを持っている。
「赤ちゃん……名前どうしようか」
「ソラ!」
妊娠期間中、色々と話し合って、なかなか決められずに今日まで来てしまったのだが、なぜか、この時のユキナはすぐに答えた。
「そら?」
「うん、ソラ。移行したら、この子は本物の空を見る事が出来なくなる。だから、この子が本物のソラ。うん、私達家族の『空』になるよう、名前はソラがいい」
「そうか。解った。ソラにしよう……ソラ、お前も頑張れよ」
「大丈夫だよ、パパ! ちょっと待っててね」
ユキナが赤ちゃんの真似をするように声を出した。
「よし、じゃあ、ユキナ、ソラをよろしく頼む」
「うん、任された」
そう言って一度、ユキナにキスをすると、コウは先生の元に戻り、
「先生、帝王切開でお願いします」
「解りました。手術室は空けてありますので、一時間後に開始します。最初に……」
そして――
***
すでに世界の人口は七億人を切っており、先日、コウのオペレーションセンターがある東日本地区では、世界最初の「クリア地域」となる計画が発表された。
これは、移行の進捗が一定レベルを超えた事により、社会インフラの維持などが難しくなる事を踏まえ、最終段階の移行を加速させる特区となった事を意味する。東日本地区のオペレーションセンターは西日本地区および海外のオペレーションセンターの協力を得て、東日本の人間を集中的に電子世界へ移行する事になる。この計画が「クリア」である。
この計画が発表されると同時に、オペレーションセンターでは、コウ・シライの移行停止期間を、東日本地域の最終便をもって解除する事が確定した。
東日本からそれほど時間をおかずに西日本を「クリア」する事も同時に発表され、電子移行開始前に一億人以上の人口を抱える国家としては、日本が最初に消滅する事になったのだ。
もちろん、「クリア」計画の対象者は移行希望者のみであり、当初より国内にも残留を表明していた人もいたのだが、クリアポイントが近づくにつれて意見を翻す人も多く、最終的に国内に残るのは山間部の一部の高齢者だけになりそうだという分析結果がオペレーションセンターには上がってきている。
このため、自給自足の手段を持たない限り、餓死の危険性もあったので、残留予定者へは行政が移行を促すような動きも始まっていた。
東日本地域の最終便、クリアポイントまであと一年と二ヶ月というこの日――
コウはユキナとの間にソラと名付ける女の子を授かり、
本当の「家族」となった。
祝! ソラちゃんにお祝いのメッセージを(^o^)
出産周りや子育ての話は、実体験や友人夫妻のエピソードが少し混じっています。




