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第1話 本当の家族(4)

「遅いぃ!」

「ごめん!」


 いつもの帰宅時間から二時間ほど遅れてコウは帰宅した。

 そして帰宅早々、むくれていたユキナに頭を下げ、


「お詫びじゃないんだけど、これ……」


 そう言って、花束を出した。

 ユキナもコウが仕事で遅くなっている事は理解しているので、すぐに機嫌を直し、


「うわ! キレイ! どうしたの?」

「ユキナが、朝、話があるって言っていたから……何か、お祝いかなって思って」

「へへ……ありがとう、じゃ、こっちに来て!」


 ユキナがコウに携帯端末を見せる。そこには――


「何これ?」

「ナニコレ? ナニコレって言いました? ナニコレって……!」


 途端、ユキナの機嫌が悪くなる。


「え、怒る所? ごめん、ごめん! 本当に分からないんだ! え? 泣く所?」

「コウが、ナニコレって言ったー!」


 ユキナがお腹をさすりながら、目に涙を溜め始めた。


 コウがユキナに見せられたのは、グレーで描かれた球形の何か写した写真。


 正直、何か解らない。

 でも、お腹を擦っているユキナを見て、さすがに察してはいる。そもそも、そうだろうと思って帰ってきてはいた。だが、球形の「何か」を見せられて、どう反応しろと――


「これ……」


 『これ』の瞬間にユキナがまた睨んだので、慌てて言葉を変え、


「えーとっ、この写真はもしかして、赤ちゃん!」

「ぴんぽーん!」


 これが赤ちゃんなんだ――


 感心するコウをよそに、ユキナの機嫌が治る。


「ねねね、誰の赤ちゃんだと思う?」

「え、誰って勿論、ユキナと僕のだろ?」


 ユキナの質問に、一瞬、怖い想像をしてしまったコウだが、そこは迷いなく言い切る。


「そうでーす」


(うちの奥様、こんな性格だったっけ?)


 テンションの高さに若干引き気味のコウだったが、


「現在、6週目。妊娠2ヶ月! まだ全然安定期じゃないので安心は出来ないらしいけど、正真正銘、二人の赤ちゃんです!」


 その言葉を、コウは反芻する。


「僕達の赤ちゃん……僕達の子供……」

「そうだよ! コウ! 私達の赤ちゃん。正真正銘、コウの家族だよ!」


(あ、そうか……これで本当にユキナと僕、それに赤ちゃんとで家族になるんだ……)


「ええええ、泣くトコ!?」


 コウはユキナに言われて、初めて自分が泣いている事に気が付いた。自覚したらしたで、涙が益々溢れだし、とうとうコウは嗚咽をもらして泣き出してしまう。


 そんなコウを、ユキナはゆっくりと抱きしめる。


「泣かないで。コウ。赤ちゃんに笑われるよ」

「うん」

「家族だね」

「うん」

「幸せになろうね」

「うん」


***


 妊娠期間は、ユキナが恐れたほど悪阻(つわり)もひどくはなく、順調に経過した。

 だが、予定日になっても陣痛は始まる気配が無い。


 移行前に、「私が子供の頃からお世話になっているお医者様だから」とセリから紹介を受けていた産婦人科の先生が、


「お母さんのお腹の中の居心地がいいんだね」


 と、呑気に言っていたが、コウは落ち着かない。ただ、妊婦であるユキナに聞かれると不安なので、こっそり先生に、


「何か問題でもあるんでしょうか? 大丈夫なんでんしょうか?」


 と食い下がって質問をした。

 だが、先生からは、


「初産だし、予定日はあくまでも予定日でしか無いから。だいぶ降りてきているし、多分、あと数日だと思うわ。状態も悪く無いから安心して。もう少し待って、それでも陣痛の気配がないのなら、促進剤を使いましょう」


 と、あっさり答えられしまった。なおも食い下がるが、


「それは、何か問題があって……」

「シライさん。お父さんになるんだから、もう少し落ち着きなさい。問題があるとか無いとかではなく、どうやったら奥さんと赤ちゃんに負担が無いかで考えています」

「そ、そうですか……」


 と、苦笑を浮かべる先生を見て、納得がいかないまでも引き下がったのだった。


 その1週間後――


「陣痛促進剤を使いましょう。入院の準備は出来ている?」

「はい」

「入院!」


 もともとそのつもりだったユキナは普通に返事をしたのだが、一緒に付き添ってきたコウは驚きの声を上げ、卒倒しそうになる。


「入院って、何か問題でも?」

「シライさん? お産をするんですよ?」

「コウ、大丈夫だから。入院するのは当たり前でしょ」

「そ、そうか……」



 ユキナから妊娠を告げられた日から、妙に涙もろくなっており、ユキナとお腹の子の事になると、どうにも落ち着きがなくなってしまったコウに対し、ユキナの方は母親としてしっかりしないといけないという意識が働いたのか、マタニティブルーに陥る事もなく、落ち着いて、この日を迎えた。


 コウは事前に育児情報を本やネットで仕入れまくっていたので、お産の時には数日は入院となる事は当然知っていた。それでも医者から入院と言われると、驚くのである。自分がお産をするわけでは無いので、どうも感情の持って行き場が無いようだ。


「わかりました。帰宅して荷物を取ってきますね」

「夜、寝る前に薬を入れますので、20時位に来るようにしてください」

「お、僕……私も一緒に来ても大丈夫でしょうか?」

「大丈夫ですよ。一緒に寝泊まりも出来ます。お布団になってしまいますが……同室されるなら、和室付きの部屋をとっておきますね。ユキナさんはベッドなので安心してください」


***


 どっしりと構えているユキナと比較し、入院して陣痛促進剤を入れるという言葉にビビっていたのは、コウだけではなかったようだ。お腹の赤ちゃんも反応してしまった。


「コウ……始まったみたい」


 入院直前、しばらく食べられなくなるからと、ユキナの希望で焼肉を食べていた二人だったが、


「始まった?」

「お腹……うん、多分、陣痛だ……これ」

「え、生まれるの? 大変だ! 救急車を呼ぶ?」


 自動車がなくなりATSが交通の主流となった現在であっても、緊急時のための救急車は健在だ。携帯端末で呼び出すことで救命士と看護師が同乗したATSが最速で駆けつけてくれる。


 ATSの発展により交通渋滞は解消されており、救急車が現場まで到着する時間は格段に向上していた。


「救急車……まだ大丈夫……それより……」

「それより?」

「牛タンを追加して……今、食べておかないと、暫く……食べれない。カルビも!」

「……はい」


 血走った目で必死に訴えるユキナにコウは逆らう事が出来なかった。

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