第1話 本当の家族(3)
「それでは、準備を始めます」
そうオペレーションルームからスピーカー越しにコウが告げると、
「コウ兄、聞こえてる?」
マナが電子移行室のガラス越しにコウを見つめ、こう言った。
「ああ、聞こえているよ? どうした?」
「黙ってようかと思ったけど……やっぱり、言っておくね」
マナの顔には泣き笑いのような表情が戻っていた。
そして、その顔のまま、言葉を続ける。
「私、この間までAM2Cの過激派の中にいたんだ」
「え?」
コウは思わず言葉に詰まった。
だが、その手は無意識のうちに動く。
こういった何かの告白は、残された地上での有効な証言となる事もある。
このため、待機室から電子移行室までの間、オペレーターとの会話は、映像記録として保存する事を義務付けられている。その証拠能力を高めるため、コウはその情報を警備室に共有したのだ。
その通知は、警備部が受け取り、当直担当職員がオペレーターと同時に証言を聞く事となる。
「マナ、それはどういう事?」
「うん、まぁ、私はそれほどの拘りは無かったんだけど、コウ兄達が卒業した後、リュウジが施設を取り仕切ってさ……そのまま、うちらの代でグループみたいなものを結成して遊んでいたんだけど、そのうち、リュウジが変な奴らを連れてくるようになって……」
「リュウジって、あのガリ勉不健康児?」
コウは、いつもずり落ちそうな眼鏡を掛けて本ばかり読んでいた、ポキリと折れてしまいそうな身体付きの後輩を思い浮かべていた。
「そうそう、あのリュウジ。メガネは相変わらずだけど、今は超マッチョの健康優良児だよ」
「嘘だろ……あっ……まぁ、それはいいや、続けて」
コウの通知を聞きつけ、当直以外の警備部の職員が電子移行室から見えないように気を遣いながら集まってきた。LPO事件以降、保安局はAM2Cの動きにナーバスなのである。
「うん、あ、もう横になった方がいいのかな」
「そうだね。楽な体勢を取ってくれればいいから、うん、そんな感じで」
「はーい」
マナがコウの方が見えるような体勢で横になった。
そして、話を続ける――
「そう、それで、その連れてきた奴らが、過激派みたいな事をおもしろがって始めて……最初は、移行に反対とかそういうのは無かったんだけど……うん、本当に真似事みたいな感じだったんだ。その方が楽しいからって……でも、そのうちリュウジがだんだんおかしくなって」
「おかしく?」
「うん、組織に裏切られた。兄貴の犠牲が無駄になったって……」
「兄貴って?」
「ほら、10個上のタロウ先輩」
「タロウ先輩?」
「ほら、いたじゃん、すっげー怖い先輩。施設の一期生」
コウはそう言われて、記憶を辿る。
「うーん、覚えていないなぁ」
「そうなの? まぁ、コウ兄は変わっていたからね」
「そのタロウ先輩がどうしたの?」
「タロウ先輩が例のLPO事件後、連絡が取れなくなって……」
「え?」
コウは慌てて、警備部の人間に視線を送る。
するとその中の一人が、自分の携帯端末を調べ、コウを見て頷く。
「そうか……あの中にいたんだ……確かタロウって……」
「リュウジは、タロウ先輩に憧れてたから、それで荒れちゃって……なんか、ここを壊すって突然言い出したので、私はもう付いていけなくて逃げ出したんだ」
「それって、具体的なテロを計画しているってこと?」
コウの声が震えた。
LPO事件の時のような事がまた発生するのかと思うと、コウの背中には冷たい汗が流れ落ちる。
「わからない。私も逃げ出して、でも、みつかると殺されるかもって思ったから、あちこちと転々として……気が付いたら、お金もなくなってきちゃったので、それじゃ移行しちゃえばって……今日、ここに来たんだ」
「マナは移行に反対じゃなかったの?」
AM2Cにいたのなら、ある程度思想教育は受ける。過激派であれば尚更だ。そうであるなら、電子移行に反対していてもおかしくないのだが、
「ううん。私は施設のみんなとずっと一緒にいたかっただけ。でも、知らない人がいっぱい来て、そのうち私にもひどい事をするようになったから……もういいやって」
コウは何があったかは聞かなかった。
「リュウジ達の連絡先とかは解るか?」
「ううん、知らない。もう一年近く、会っていないし」
「そうか……ちょっと待って」
そういって、マイクを切り、後ろを振り返る。
「どうします?」
「情報も持って無さそうだし、自主的な希望者だ。このまま移行させるしか無いだろう。そのリュウジって奴の事はシライも解るのか?」
「施設にいた頃の話しか……」
「そうか」
そこまで話をして、コウは再びマイクのスイッチを入れる。
「マナ、ありがとう、話してくれて。どうする? もう移行の準備は出来ているんだけど」
「うん、なんか私もコウ兄と最後に話が出来て、すっきりした。でも、気をつけてね。リュウジ、本当に怒っていたから。それに、コウ兄がここで働いているなんて知らないし……」
「わかった。ありがとう。気をつけるよ。それじゃ、そろそろ……」
「待って! これ!」
マナが後ろのポケットから何やら取り出す。
「リュウジ達と一緒に撮った最後の写真」
そういって、携帯端末をコウに見せた。
「もらっていいの?」
「うん、いいよ」
「じゃあ、そこの……そう、そこのボックスに入れてくれるかな」
実際に死ぬわけではないが、形見として、最後に物を残したがる人も多い。そういった人向けに、私物を保管するボックスが用意されている。そこに入れるようにコウはマナに指示を出した。
「うん……入れたよ」
「ありがとう。それじゃ、いいかな。横になって、身体を楽にして」
「はーい。それじゃ、バイバイ、コウ兄」
「おやすみ、マナ。行ってらっしゃい」
コウは最終シークエンスの実行を指示した。




