第1話 本当の家族(2)
―― だが、そんな日に限って、仕事が長引く。
「次の方、どうぞ」
「シライ君、二時間押し! 急がせて」
「はい!」
コウの張り切りもあったのか、午前中は順調だった。だが、午後に入ってやってきた老人の団体が、ゴネはじめた。それはもう、ゴネにゴネた。やれ、待機室の設備が悪いだの、最後の晩餐が出て来ると思っていただの、もう一度説明して欲しいだの ――
ここで一時間の遅延が発生した。ここまでなら普段でもあるような話なので、取り戻しは出来ると考えていたのだが、その次の組の御主人が待ち時間が伸びた事で、緊張からか軽い心臓発作を起こしダウン。回復するまで延期する事になった。そこでコウは、その次のグループの順番を先に回したのだが、今度は彼らがゴネ始めた。
いくら、結果的には予定通りの時間になったと説明しても、順番が変わったことが納得いかなかったようで、その対応だけで、また一時間遅延、その遅延を知って、電子移行の仕組みに何か問題があったのではないかと、先ほど、後ろに入れ替えた老夫婦の今度は妻の方が軽い心臓発作を起こす――
と続いた後、ようやく最後の組となった。
前の組を送り出し、待機室で次の組を待っていたコウの元へやってきたのは一人の女性だった。
家族や仲の良いグループ等の単位で移行する人達が多いのだが、この日の最終組は女性一人の
移行希望者だった。希望者に対して移行を行っているという建前上、移行の申請は一人でも可能だ。
「お待たせしました。本日の移行を担当するオペレーターのコウ・シライです」
そう言って頭を下げた。
「ねぇ」
この後の手順を説明しようとしたコウに、その女性は突然話を遮るように話しかけてきた。
「は、はい。なんでしょうか?」
「間違っていたら悪いんだけど、あなたコウ兄?」
「え? えーと……」
コウ兄という呼び方には覚えがあるが、その女性には見覚えが無い。
少し戸惑っていると、コウの反応から間違い無いと思ったのか、
「マナだよ! ほら、マナ!」
その女性は肩口まで伸びていた髪の毛を両手でつかみ、ツインテールのような形にしてみせた。
「マナ……マナ? マナって、あのチビ助のマナか?」
「うん!」
改めて目の前にいる真っ黒に日焼けをした肌のショートカットの若い女性を見て、コウは思わずこう呟く。
「うわ……色が黒い以外、面影が無いな」
「ひどいな。大人っぽくなったって言ってよ」
「いや、だって施設にいた頃って、すっげーチビだったじゃん。あそこから、どうやって大人になったんだよ」
「コウ兄が卒業する頃は、もう大きくなっていたって!」
コウが施設にいたのは高校卒業するまでだった。そして、それから一度も戻っていない。
一つ下の年齢のマナは、子供の頃、いつもコウの後ろにくっついて、歩いていたイメージがあったが――
「いつの間にか、デカくなっていたんだな」
「コウ兄も施設を出たっきり、どこに行ったかと思えば、こんな所で会うなんてね」
「でも、なんで一人なんだ?」
人なつっこい性格だったマナが、一人で移行するというのは意外だった。だがコウの言葉にマナの顔から表情が消えた。
「色々私もあったんだよ」
「そうか」
「そうよ」
二人の間には十年近い歳月が流れていたのだ――
「じゃあ、やっちゃって」
「え? ああ……そうだな。いいのか?」
「うん、どうせ、いつか向こうで会えるんでしょ」
唐突に移行するように言い出したマナの言葉も、どこか乾いた印象を受ける。それが気になったコウは、
「解った。それもそうだな。向こうについたら、僕を通知リストに追加しておいてくれ」
と、マナに提案する。
電子世界への移行後、友人や知人、遅れてくる家族に連絡を取りやすいよう、お互いの移行を通知するような設定が可能なのだ。ただ、これは相互の承認が必要なので、勝手に通知を受け取れるようなストーカー行為は出来ない。
「ありがとう。そう言って貰えて嬉しい。うん、そうするよ」
言葉は喜んでいるが感情はこもっていない。
「僕のIDを送っておくから、向こうで確認して」
「うん」
「それじゃあ……僕に付いてきて。オペレーションルームへ移動するから」
コウはそう言っていって、あらかじめ解錠しておいた待機室から電子移行室へつながるドアを開き、マナを先導する。
電子移行室へ入ると、好きなベッドに腰をかけ待つように告げ、コウはオペレーションルームへ移動した。
その間、マナは顔を伏せたまま、何も喋らなかった。




