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第1話 本当の家族(1)

「行ってらっしゃい!」

 

 電子移行室に入るまで寡黙だったネギ先輩がコウの言葉で顔を上げた。

 その顔は涙でくしゃくしゃだった。


 結婚式から半年後、ネギ先輩のたっての希望という事で、コウはネギ先輩とセリ達の移行を担当する事になった。前日の送別会では終始笑い通しだったネギ先輩も、旅立つという場においては思うことがあったのだろう。


「ユキナちゃんによろしくな」

「泣かしたら承知しないわよ」


 一緒にいるセリも泣きはらした顔でコウをみつめた。


「大丈夫です。ユキナと二人ですぐ行きますから」

「もっと増えていてもいいんだぞ」


 そういってネギ先輩は真っ赤な目をしたまま微笑んだ。


 電子世界(向こう)で会おう。


 最後の言葉を受けて頷いたコウは最終シークエンスを開始し――


 セリと二人で手をつないでベッドに横になっていたネギ先輩は静かに移行を完了した。


***


 コウ達を巻き込み、多くの死傷者を出したテロ事件は、その後の警察と情報部の合同調査により、彼らが国内での拠点としていたLPOが大きく絡んでいた事が明確になった。


 マスコミを中心に「LPO事件」と呼ばれるようになったこの事件はAM2C内の権力抗争が引き金となった事も明らかにされ、コントロールできない暴走劇として過激派は組織内でも忌避されるようになり、支持基盤を失った。一方、組織の実質上のトップを失った穏健派も急速に求心力を低下させる事になった。


 AM2Cの急速な衰退は、所属する組織の離反を招き、LPO事件から十一ヶ月後、ついに国内におけるAM2Cの発展的解消という事態にまで到る事になってしまった。


 こうして明確な旗印を失った電子移行に対する抵抗勢力は、少なくとも日本国内での活動を収束したかのようにみえていた。


 東日本地区のオペレーションセンターでは、センター長、事務局長、保安局長のトップ3が事件の責任を取って辞任、センター長は総長が兼務する事となり、事務局長のポジションには、電子移行室の室長が、保安局長のポジションには執行部の部長が着任した。


***


 LPOの事件から二年――


 コウとユキナの結婚生活は早くも一年半の月日が経過していた。

ユキナは大学を無事卒業し、移行までの短い期間を主婦として過ごす事にしていたのだ。


「いってきまーす!」

「いってらっしゃい! あ、ちょっと待って……」


 コウがいつものようにオペレーションセンターへ出勤しようとすると、ユキナが呼び止めた。そして、仕事が終わった後、早く帰ってきて欲しいと、コウに告げる。


「今日帰ったらなんかあるの?」

「ないしょ」


 その表情から、何か楽しい話題だろうという事は推測できた。


「うわ、気になる!」

「えへへ、楽しみにしていてね」

「よし、すぐ帰ってくる! むしろ行かない!」


 何かサプライズが用意されているのだろうと期待し、冗談を言いつつ、コウはユキナにキスをすると、職場へ向かった。


***


「ってな事があったんですよー」


 コウは出勤早々、最近よく話すようになった一般開放エリア(PA)の白髪の職員に、今朝の出来事を話した。


「そうか……それはおめでとう!」

「おめでとう?」


 だが職員の思いもしない反応に、コウは首を傾げる。


「そりゃ、あれだ。きっと、めでたい話だよ」

「めでたい話……え? あ! え? マジですか!」


 執行部所属の元軍人。普段は一般開放エリアの見た目は怖いが気の優しい警備員。彼の名前はクギといい、コウがLPO事件後、頬骨の手術のために入院した際に、毎日見舞いに来てくれたのだ。


 クギは、コウ達が事件に巻き込まれたのは執行部の判断ミスとして引け目に感じており、事件解決のためとはいえ、強制移行をせざるを得なかったコウの精神的な負荷を下げようと必死だったようだ。


 当のコウが、ユキナにプロポーズをしてしまったという事態に舞い上がっていて、そんな悩みが入る余地もなかった事が解ると、クギは全身から緊張を解き、


「シライは執行部の部下達よりも肝が据わっている」


 と、大笑いをした。


 その後、退院後に快気祝いだと飲みに連れ回され、気が付けば年の離れた友人のような付き合いになっていたのだ。ユキナとも何度も会っており、いつのまにか懐いていたようで、「クギさんだったら大丈夫です」と、コウが新婚早々遊びに行くのも、気にしていないようだった。


 そのクギが、ユキナのサプライズは、懐妊の報告だと言っている。まだ若いコウは、そこまで思い至っていなかったようで、少し慌てたようで、


「うわっ! どうしよう……嬉しくてお腹が痛くなりそう」


 と、騒ぎ始めた。


「まぁ、頑張って、今日の分、さっさと終わらせて帰るんだな」

「そうですね。そうします!」


 そういって、コウはクギに挨拶もそこそこ、急ぎ足でオペレーションルームへ向かっていった。

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