第4話 ハッピーエンド(4)
「教授、教授の傷はちょっと助かりそうもありません」
「ああ、そうだな」
「でも助ける方法が一つだけあります」
その瞬間、教授の目に力が戻った。
教授はまっすぐコウの顔を見つめる。
「ああ、やってくれ」
「……よろしいのですか? 教授はAM2Cのトップだと……」
「ユキナ君にも説明したが、私の信条上、ここでの電子移行は躊躇う理由は無い」
「そうですか」
コウは教授の考えを知らないため、AM2Cのトップといっても、そんなものなんだと思った。それに引き換えテロリスト達は簡単に命を捨てる――
「ここが移行室だ。我々は同志を一人失ったが、我々の思いは変わらない。これから移行施設そのものを破壊して……」
相変わらずネットへ中継を続けているらしい。
だが、
「Unlock all doors」
-- Ok, unlocked all doors
コウはそれには関わらず電子移行室のドアを全て解錠した。
普段はこの後、オペレーションルームからドアを開け、移行者達の希望する音楽を流したり、精神を落ち着けるような香りを漂わせたりするのだが、今はただ無機質なベッドが並ぶガラス張りの八角形の部屋があるだけだ。
「ユキナちゃん、ドアを開けられる?」
「はい」
ユキナがドアを開ける。
「これが! これが移行室か!」
一般開放エリアにくれば、簡単にモニタ越しで見学が可能な移行室に驚くテロリスト達にコウは呆れた。
(こいつらは、自分たちの都合の良い情報しか見ていない。全て公開されていて、科学的にも検証されている事実しか、ここには無いのに……)
だが、コウは急がなければならない。
「ユキナちゃん、教授をあそこに寝かせよう」
「はい」
コウとユキナはテロリスト達を刺激しないように、ゆっくりと部屋の一番奥にあるベッドに教授を連れていき、そこへ寝かせる。
「ここが移行室! 移行者を騙し、偽って、ここへ連れ込み、そして食料として分解する部屋だ! 俺の妹も、騙されてここへ来て、それっきり帰ってこなかった!」
テロリストがカメラに向かって叫んでいる。
カメラを構えた1人を除いて、全員がカメラの方へ向いて口々に叫び始めた。彼らにとっては聖地にでも訪れたような気分なのだろう。望めば、誰でも入れた場所なのに――
「それでは教授、お元気で」
「ああ、ユキナ君を頼む」
ユキナはコウと教授のやりとりを理解していないが、コウがユキナの手を掴むと、何かを感じたのか、強く握り返してきた。
「Silent mode, close door A now, open door B now」
コウが静かに呟くと、突然、移行室へ入ってきたドアが音を立てて閉まった。そして、教授を寝かせたベッドのすぐそばにある反対側のドアが開く。
ドアが急に閉まった音にテロリスト達の目が移った瞬間、コウは何も言わずユキナの腕を掴み、開いたドアに飛び込み、
「Close door B now, lock all doors, emergency operation! Transfer all, skip all sequence, uid kou.shirai via root ! 」
そこまで一気に叫びながら、ユキナの頭を庇い倒れ込んだ。
***
『移行を開始します。緊急モードで起動されました。全ての確認はスキップされます。10,9,』
「くそ、何が起こった」
突然入ってきたドアが閉まり、そちらに気を取られた瞬間、二人の人質が反対側のドアへ飛び込んだ。直ぐ様銃を構えたが、そのドアもすぐに閉じてしまい、そして――
『6,5…』
「さぁ、どんな所だろうな。電子世界は……」
虫の息だった教授がはっきりと口にした言葉でテロリスト達は状況を理解した。自分たちが強制的に電子世界へ移行されてしまうという事を。
「おい、お前ら、自決しろ! 移行なんてされるな」
「え、え、そんな」
「くそっ」
そういってサブリーダーは腰だめで銃を乱射した。
「ぐっ」
「がふ…」
銃弾を受けて倒れこむテロリスト達。
だが、カウントダウンは続く。
『3,2』
「俺は行かんぞ! 俺を置いていった家族の場所へは」
そう叫び、男は銃を咥え――
電子移行室に発砲音が響くとともに何かが倒れる音がし、
『0、移行処理開始……』
移行処理が始まった。
銃で撃たれ倒れたテロリスト達の口から聞こえていた唸り声や、かすれた息遣いも、すぐに聞こえなくなった。
***
「ユキナちゃん、大丈夫?」
「ええ……教授は?」
「大丈夫、多分、向こうへ旅立ったよ」
「そう……よかった……のかな?」
「どうだろうね」
ドタドタという足音が聞こえる。
通路の奥にある階段から誰かが降りてくる足音だ――
二人は慌てて起き上がり、通路の隅に少しでも隠れるように身を寄せ合う。だが、二人の心配をよそに現れたのは先ほどエレベーターホールの前にいた執行部の人達だった。
「シライさん……ですね。よかった無事で……。ユキナちゃ……さんも怪我はありませんか?」
「はい、大丈夫です」
「助かった……」
ようやくその事を実感し、立ち上がれないコウ。
「頬、大丈夫ですか?」
「頬?」
警備部の人間に言われて、コウは自分が銃床で殴られた事を思い出す。
「こんなのだいじょ……痛い! 痛い! うわ、意識したら痛くなった!」
「かなり腫れていますからね。多分、それ折れてますよ。救急車を呼んでますので、乗って下さい。とりあえず、あとはこちらでやっておきます」
「お願ひひます」
喋りも、若干怪しくなってきた。
「シライさん、大丈夫?」
「うん、はんとか……」
ユキナに支えられ、二人は通路の奥へと向かって歩き始めた……ところで、ふと立ち止まり、
「ユキナちゃん……ふきです。ふき合って下さい」
「ふき?」
コウとしては一世一代の告白のつもりだったが、何ともしまらない。
「ふき……ふ……好きです! 付き合って下さい!」
コウは、頬の痛みをこらえてなんとか言い切った。
「えっ? 今ですか?」
「ええ!……だめ? ふき合えないってこと?」
コウの表情が絶望に染まる。
「あ、違います。付き合います! 是非お願いします! 末永く。でも、今、ここで言います?」
ユキナの回答にコウは満面の笑みを浮かべながら、ユキナの質問に答える。
「いや、ネギ先輩が……」
「ネギ先輩?」
「言葉でひめせって言うから」
「ひめせ……示せですね。」
「ほう。あと、これ」
「なんですか?」
コウがごそごそとポケットから差し出す。
「あ、指輪……」
「ひょせいには形もはいせつだって」
ユキナは少し溜息をつく。
「シライさん、多分、ネギ先輩が言っていたのは違う事だと思います」
「え、ひがう?」
「はい……多分、こういう事だと思います」
そういってユキナはコウの唇に優しくキスをした。
コウはそのまま固まってしまう。
ユキナは顔を赤らめながらも、コウの表情に吹き出してしまう。
「ゴホ、ゴホ……」
「「あっ」」
そこで二人は、すぐ後ろに執行部の人間がいたことを思い出した。
「すみません」
慌てて頭を下げて、その場から立ち去ろうとした瞬間、背後から歓声があがる。
「シライ! よくやった!」
「ユキナちゃん、可愛い!」
「おめでとう!」
「絶対、幸せにしろよ! 泣かしたら、コ・ロ・ス」
「「ええー」」
オペレーションセンターを襲った悲劇の後、ほんの少しだけ幸せが転がっていた。
残された人達は、それにしがみつき、少しだけ救われた。




