第3話 不幸せな大人たち(5)
同日19:00。第十七区画西A4にある商業ビルの七階。
ガッシャーン!
ワンフロアが千坪程の大型商業ビルに、オペレーションセンターの実戦部隊である執行部が突入した。事前に情報部の調査が入り、フロアの奥にある二つの会議室に武装したテロリスト達が潜伏しているのが確認出来ていたのだ。
LPOは、れっきとした財団法人であり、大規模植物工場における生産技術の工場を目的とした研究部など、多くの職員はAM2Cにすら関係の無い一般人である。このため、テロリスト側も、執行部も職員が少なくなる時間を見越して行動を起こそうとしていたのである。
それでも、
「うわ! なんだ……」
「きゃー!」
突入と同時に残っていた職員が悲鳴をあげる。
そこへ、突入部隊のリーダらしき白髪の男が声を張り上げる。
「オペレーションセンターです。動かないで下さい。本フロアに対して電子移行に関わる特別法 第134条および第139条に基づき、強制捜査を行います。おい!」
「はい、こちらです!」
部下の一人が、書類を掲げる。
「この通り、法に基づいた捜査のため、皆様は一箇所に集まって動かないようにしてください」
小銃を片手にしてそう告げる姿は、誰がテロリストか解らなくなりそうだが、職員達は震えながらも、その指示に従う。
その間にも突入した執行部の人間は次々とフロア内の各部屋を確保していく。
「クリア!」
「クリア!」
「クリア!」
そして一度の戦闘も無いまま、フロア内全ての部屋を制圧。
「隊長! どこにもいません」
「どういう事だ……?」
そこへ、通信が入る。
「隊長! 情報部の捜査官が!」
「どうした!」
「殺されています!」
「どこだ!」
部下から教えられたのは女子トイレにある用具室の中だった。その中に――
「ナイフか?」
「はい」
「くそ! 殺された時間は解るか?」
「死後硬直が始まっていますので、三、四時間は経過していると思われます」
「情報部へ、連絡員から連絡が入ったのは?」
「二時間前です!」
用具室に詰め込まれた情報部員の死体は、拷問の後のような傷が残っている。どうやら、テロリストに掴まり拷問された挙句、殺されたのであろう。オペレーションセンター側の情報が、漏れたと考えていい。
「まんまと吊り出されたというわけ」
「そのようですね」
「やつらはどこに消えた?」
「隊長!」
その時、部下の一人が女子トイレに走り込んできた。
「今度は何だ!」
「敵襲です」
「どこだ?」
隊長が周囲を見回す。
「ここではありません、オペレーションセンターが攻撃を受けています!」
「本命はうちか!」
***
少し時間は遡る。
『良い事がありました。報告したいので会えませんか?』
そういうメッセージがユキナからコウ宛に入ったのは昼頃だった。仕事が終わった後、どこかで待ち合わせようと返信をしたのだが、すぐに会いたいので仕事が終わる時間に下で待っている……
「……って、連絡があったんですよ」
「おお、おお、羨ましいな」
「ですよね。ですよね。ですよね!」
「お前は気持ち悪い」
「今、毎日、メッセージでやりとりをして……でも一週間も、会ってなかったら、ぐふふ」
「いや、まじで気持ち悪い。おまえ、キャラが崩壊しているよ」
「だって、ねぇ……」
コウは浮かれまくっていた。
「今日、言葉と形を伝えるんです。ぐふふふ」
「うわぁ……おまえ、その姿、ユキナちゃんに見せるなよ」
「はい! 大丈夫です」
この日、電子世界に移行した人々の一部で、妙なテンションのオペレーターが担当して気持ち悪かったというクレームがあったのは余談である。
***
同日18:50。オペレーションセンター地下一階。
ユキナはコウに会うためにオペレーションセンターにやってきた。
一般開放エリアはすでに営業が終わっており入れないので、職員用の入口から入って、受付の横にあるベンチで待つ事にする。
「ここ……あの時は緊張していたなぁ」
つい先日、ここから侵入した事を思い出す。
「ふふ……でも、良かった。教授は関係無いって解ったし、シライさんは私の事、好きだって言ってくれたし……へへ」
似たり寄ったりの二人であった。
***
18:55。オペレーションセンター地下一階。
(18:30に終わって、片付けをしてから降りてくるって言っていたから、そろそろかな……)
その時、受付の奥にあるエレベーターホールのドアが開き、
「シライさん!」
「ユキナちゃん!」
二人が久々の再会に満面の笑顔を浮かべたその瞬間――
轟音が響き、ユキナの身体が突如浮き上がり、周囲は白い煙に包まれた。
***
(な、なに?)
ユキナは爆風で吹き飛ばされていたのだが、うまく転がったのか、身体のあちこちが痛むものの、大きな怪我は無いようだった。だが、轟音の影響で耳鳴りがひどく、音がまったくききとれない。そして、周囲は白煙が立ちこめているせいで、視界が全く効かない。ボルトで固定されていたため吹き飛ばなかったベンチに気が付き、慌ててその下に潜り込み、なんとか煙を吸わないよう肩に引っかかっていたバックからハンカチを取り出し口に当てた。
そのユキナの腕を誰かが掴む。
「いや!」
突然の事で振りほどこうとするユキナに、
「ユキナちゃん! 僕だって! 僕!」
コウが必死に呼びかける。
だが、耳の機能が一時的に麻痺しているユキナには届かない。その様子をみて、コウは一度手を離し、ユキナの手に優しく自分の手を重ねた。
パニックに陥りかけていたユキナはその感触に、
「シライさん?」
と、少し落ち着きを取り戻す。
コウはゆっくりユキナの顔に自分の顔を寄せ、ニコリと笑って安心させた。
コウの耳も轟音と爆風の影響であまり良く聞こえていないが、なんとかコミュケーションをとっていく。
(何があったかは解らないけど……これは、よくないな)
煙が入ってきた方向から、多分、爆発は営業終了していた一般開放エリアの付近。事故でなければ、誰かが爆薬をしかけて玄関を吹き飛ばしたんだと考えたほうがいい。
(これはケース3って事だな)
保安局が発令したケース19は予防的対処を取るべき状態のうちの一つ。ケース3は具体的に発生した場合に発令されると定められている。いずれも危機管理マニュアルとして全ての職員は把握していた。
(ということは、地下通路を通って、地下鉄方面へ行くのは最悪な手段だ)
ならば、どこへ――
エレベーターに乗るのは、ケース3の場合、避けるべきとされている。となると一番安全なのは、
「ユキナちゃん、こっち」
ユキナの手を引いて、身体をかがめながらコウは歩きだす。
さすがに毎日のように通っている場所だから視界が悪くても、ある程度の方向は解る。
受付から用心しながら、外に出て、ゲートがあった場所の反対側にある階段へ向かう。すでに階段の手前を完全に密閉する形で防火扉がしまっているが、人の出入り用に扉がついているため、そこを開けて階段へと進む。
「あ、ここには煙が入っていない……よかった」
「ケホ、ケホ……シライさん、一体何が……うーん、まだよく聞こえない」
「ユキナちゃん、僕の言葉わかる?」
「ちょっと聞き取りにくいけど、さっきよりマシになりました」
「あとで病院に行こうね。とりあえず、ここを出てからだけど……」
手をつないで階段を登りながらも、ユキナがそれほどショックを受けた様子が無いので安心する。多分、何かの事故だと考えていて、それほど事態を深刻に捉えていないのだろう。
「一体なんだったんでしょう」
「うーん、何があったんだろうね」
テロの可能性というのは、まだ伏せておこう――
そう思ったコウだったが、その気遣いは地上階の扉を開けた瞬間、
「あっ」
「えっ」
コウとユキナに向かって構えられた小銃によって、無駄になった。




