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第2話 幸せの子供たち(2)

 ユキナの涙はいつの間にか止まっていた。

 コウの告白は、それほど重たいものだったのだ。


 保護施設に入っている子供というのは、それなりの数がいる。だが、その中でもハピネスチルドレンという子供達は、非常に優遇された存在だった。だからこそ、差別を受ける。


 学業については、政府による完全な支援。たとえ、私立の医学部という卒業まで億単位の金額がかかると言われているような大学であっても、生活費も含めて全額支援されていた。その区切りは成人年齢では無いため、人によっては大学院まで進学するものもいたのだ。


 ハピネスチルドレン制度を利用するための必須条件、『事前申請』を怠った親に棄てられた子供達との歴然たる格差。


 税金の無駄遣いと揶揄され、同じ親に棄てられた子供達にまで批判を受けるハピネスチルドレンは、社会に出ると、その出自を徹底的に隠していた。ゆえに、自分がそうだったと名乗るのは、非常に重たい話である。


「シ、シライさんの『同胞』はなぜ『家族』ではなかったのですか?」

「ああ、一緒に住んでいたから、『俺達は家族だ』って言う奴も沢山いたんだけど……なぜだか、僕はどうしても、何か違うって気がしてしまって……」



 物心が付く前から一緒に育ち、多くの時間を過ごした『同胞』達。だが、コウはどうしても、それが『家族』とは思えなかったのだ。


「僕が、『家族』という言葉に気持ちを乗せすぎちゃっているだけかもしれないんだけどね」


 でも、どうしても知りたかったのだ。『家族』を。


「ユキナちゃんの家庭は、どんな感じだったの?」

「私の……ですか?」

「うん、もし良ければ聞かせてくれないかな……」


「うちの家族は……両親は教師だったんですが、私が三歳の時に重い腎臓病になってしまって……」

「うん」

「それからの三年間、私は、ほとんど病院で過ごす事になりました。母は私の看護のために、仕事もやめて……」


(ああ、それでも私は母と過ごす時間が増えて幸せだったかな)


「父も毎日のように病院にお見舞いにきてくれました」

「いいお父さんだね」

「はい」


(どこから変わっちゃったんだろう)


「小学校に上がる年齢の時に、腎臓移植に成功して、そこから劇的に回復したんですが、臓器提供者(ドナー)が見つかるのが、もう数カ月遅かったら、危なかったみたいです」

「それからは、体調は問題なく?」

「そうですね。薬は飲み続けていますが、激しい運動をしたりしなければ、基本的には問題ありません」


 だが、健康になり学校に通うことになって数年が経過し、日本に電子移行に関する特別法制が施行された頃から、両親がおかしくなってしまったのだ。


「最初は教会のミサに連れて行かれました」

「うん」

「そこで、電子移行がどれほど愚かで、恐ろしい所業なのかと、説明を受けました。私は、反抗期に差し掛かっていたし、実はそもそもの仕組みについて、よく解っていないので、『ふーん』という感じだったのですが、両親がひどく感銘を受けたみたいで……」


 それからだった。

 ユキナの両親は毎週のようにミサに通い、電子移行に対しての反対運動に傾倒していくのは。


「でも、笑っちゃいますよね。散々、電子移行は駄目だ。この世界で肉体をもって生きていく事が正しいんだと主張していた両親は、私を残してあっさり死んじゃって」


 ユキナの目から涙がまた溢れてくる。


「私の身体が心配だから、家族で電子移行はせず、この世界に残ろうって言っていたはずなのに、私だけ残していなくなっちゃうんですよ。みんなで移行していたら、私達は、まだ『家族』をやっていたんですよ」


 そして、コウを正面から見つめる。


「そうすれば、シライさんに、これが『家族』なんですって、説明できたかもしれないのに……ごめんなさい、酷い言い方ですよね。でも、私も、もう解からなくなっちゃいました。『家族』って何なんですか」


「ユキナちゃん……もしかして……AM2Cが嫌い?」


 その言葉に一瞬、ユキナは呆然とし、その後、涙を流しながら満面の笑みを浮かべた。


「ええ、そうですよ。嫌いなんです。両親との時間を奪ったAM2Cが。勿論、組織のせいじゃないって解ってますよ。でも、AM2Cが余計な事を両親に吹き込まなければ、もしかしたら、私はまだ孤独じゃなかったかもしれないじゃないですか」


 そして大粒の涙をボロボロと零す。


「そうですよ。嫌いなんです。両親が亡くなった後、途方に暮れていた私を助けてくれて、親身に後見人になってくれた教授も、良くわからない指令を送ってくる、どっかの誰かも……そしてただ流されるだけでシライさんに迷惑を沢山かけた私も!」


「ユキナちゃん!」


 コウはテーブル越しに身を乗り出しユキナを抱きしめた。

 紅茶が入っていたティーカップが床に落ち割れ、テーブルが倒れる。


***


「うわっ」


 テーブルが倒れた衝撃をマイクが直接拾ってしまい、監視員の一人がヘッドフォンを外す。


「ふぅ……びっくりした……あれ、みなさん?」


 見回すと同じ部屋にいた監視チームの全員が泣いている。


「ユ、ユキナちゃん……」

「ううう」


「みんな、何泣いているんですか、仕事ですよ」

「何言っている、お前も泣いているじゃないか」

「あれ? あ、本当だ……」


***


 今日何度目かの静寂な時間が流れる。

 

「シライさん?」


 抱きしめられた事に戸惑いながらも、ユキナは抵抗はしなかったが、身体は強張っている。コウは、ここで離しては、全てが終わってしまう気がして、ユキナをしっかりと抱きしめたまま、


「ごめん、うまく言葉に出来ないや」

「えっ?」

「うーん、うまく言えないんだけど、一旦、先送りしない?」

「な、何をですか?」

「ユキナちゃんが僕にもう会わないっていうのも、ユキナちゃんがAM2Cだっていうのも」

「でも、私のせいで……」

「大前提として僕は、ユキナちゃんのせいとは思っていない」

「でも」

「『でも』と『だって』は無しでいこう。とりあえず、僕の気持ちね」

「でも……だって……あっ、いえ、ごめんなさい」

「今回、査問をかけられたのも、全部、僕の甘さだと思っている」

「……」

「実はボーナスが減る事になった」

「え?」

「始末書も二枚書かなければならない」

「……はい」

「とっても落ち込んでいる」

「ご、ごめ」

「ストップ。まだ続きがあります」

「はい」

「落ち込んでいる僕には癒やしが必要です」

「……」

「ネギ先輩は、セリさんといちゃついてばかりで、僕に構ってくれなくなりました。僕の癒やしは、今やユキナちゃんだけです」

「!」


 コウの腕の中で俯いていたユキナの顔が真っ赤に染まる。


「ユキナちゃんが、ユキナちゃんの事を嫌いになっても、僕はユキナちゃんの事が好きです。できれば、ユキナちゃんには僕の好きなユキナちゃんを、好きになって欲しいと思っています」


 ユキナの身体から強張りが消えた。


 自分を好きなる。自分を好きでいていい――


 両親を失ってから一度も考えた事の無い言葉だった。


 そして、これほど心地よい言葉は無い。


「……好きに……なれるんでしょうか」

「大丈夫だよ、きっと。うん、僕が保証する」


 その言葉にユキナがコウを見上げる。

 そこはコウの腕の中。


 至近距離で見つめ合う二人。いつのまにか陽が落ち始めており、夕焼けの真っ赤な光りが二人を包み込む。影となった二人は少しずつ近づき――


ドーン! ドーン! ドドーン!


 外で何かが破裂したような低い音が聞こえた。その音に二人の動きが止まる。


「花火?」

「……みたいだね。ちょっと外に出てみる?」

「うん」


 二人の中に流れた甘い雰囲気が照れくさかったのか、二人はテーブルを戻し、割れてしまったティーカップを片付け始めた。

 その最中も花火の音が聞こえている。


 片付けが終わった二人は急いで音のする方へ向かった。立ち並ぶマンションの陰から、やがて花火が見えてきた。どうやら近くの河原で、花火があがっているようだ。


 周囲にはあまり人がいない。

 花火大会だというお知らせも、特になかったはずなのだが――


「うわー、綺麗!」


 ユキナが満面の笑みを浮かべて、空を見上げている。その瞳には花火の大輪が映り込んでいる。


 その様子をみて、コウは深く考えるのを止め、同じように空を見上げた。


 河原の土手まで来た二人を少しずつ色濃くなっていく夕映えが包む。そして徐々に暗くなりはじめた天空に咲く光の輪を、二人は手をつないだまま、いつまでも、いつまでも眺めていた。

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