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第2話 幸せの子供たち(1)

GWですね。

10連休の方、ゆっくり休んで下さい(正月休みの無かった私は、久しぶりの長期休暇です)

 少しだけコウの部屋が静寂に包まれる。

 テーブルを挟んで、ユキナはじっと座って俯いてしまっている。


(何をどう組み立てて話せば……)


 コウは何度目かになるお茶のお替りを自分で注いで、ユキナとの会話の糸口を探す。その瞬間……


『コウ! よかったな。ユキナちゃんのおかげだぞ。よくお礼を言っておけ。あと、俺とセリにも何か奢れよ』


 というネギ先輩からのメッセージが来た。


「そう言えば、さっきまで僕、わりとピンチだったんだよなぁ」


 ネギ先輩のメールを見て、コウは思わず呟いてしまった。その言葉にユキナはビクッと肩を動かし、


「本当にすみませんでした……」

「あ、ごめん、ごめん。そういう意味じゃないって。それに、ユキナちゃんが来てくれた事で、ピンチもチャンスって思え……」

「え?」

「あ、いや……これは今話す事じゃないね」


(危ない危ない……今はそういう雰囲気の話をする場面じゃない)


 コウは少し考え、こんがらがってしまっているユキナの心を解きほぐすべく、言葉を探した。


「……ちょっと、自分の事を話していい?」

「はい」


 ユキナは俯いたまま静かに頷く。


「うん、少し……長くなるかな……」


 コウはあまり他人には話したことの無い自分の生い立ちを話し始めた。


「僕、ハピネスチルドレンだったんだ」


 その言葉にユキナは驚いたように顔を上げ、コウをみつめた。

 

 少子化解消にともなう幸せの子(ハピネスチルドレン)プロジェクト。

 事前申請制により国家の完全サポートが受けられる子育てプロジェクトである。電子移行の開始に伴い廃止された制度だが、この制度が大量の不幸な子供を作り出したというのは、日本の恥部として語り継がれていく事になるだろう。


 当時、このプロジェクトの提唱者は、経済的背景が原因で子供を諦める親がいなくなるという理想を掲げていた。止まらない少子化傾向に打つ手立てを見失っていた政府は、この提案に飛びつき、検証も曖昧なまま、制度の導入を決めた。妊娠前の事前申告を条件に、一定の年収以下の世帯において、子供を持つ際の養育費用を全額保証するこの制度は、幸せを願う大人たちの思いを乗せて、ハピネスチルドレンプロジェクトと名付けられた。


 だが、子供の事を考え、良かれと思って導入した制度は、子供を産むことがお金になる……出産費用としての一時金や毎月、決まった額の生活費を受け取る事が出来るという側面をもっており、働きたくない若年層の福音となってしまったのだ。


 事前に届け出をした上で、妊娠、出産。

 母子手帳を元にした申告により、出産前および出産後に支給される一時金と、毎月振り込まれる養育費。だが、この手当の支給には、彼らが実際に子育てをちゃんとしているかという観点での裏付けが何もされないまま、垂れ流される事になった。


 当時、実際にかなりの数の子供が捨てられ、あるいは表面化しないまま、殺されたと言われている。だが、実態の調査が始まる前に電子移行が始まり、やがてプロジェクトは廃止となった。


 この制度の導入期間に身勝手な親の犠牲となり、『どこの子供か解らない、あるいは引き取りが困難、引き取り手がみつからない』という棄児達は、住民票もなく戸籍もはっきりしないような状態に陥る事になる。


 政府はハピネスチルドレンプロジェクトの結果、生まれてしまった棄児達を集める施設を準備し、そこで養育を開始した。彼らは、制度に対する皮肉もこめて幸せの子(ハピネスチルドレン)と呼ばれるようになったのである。


「ハピネスチルドレン……」


 コウの言葉は、プロジェクトの犠牲となり、親がいない子供だという意味で使われているという事は、ユキナも直ぐに理解した。だからこそ、気がつく。


「シライって名字は……?」


「施設名だよ。シライ養護養育院。ハピネスチルドレンは、親が解からず、住民票や戸籍が無い子供ばかりだからね。実際には僕も本当の戸籍がどこかにあって、支給されている手当を受け取って、温々と暮らしていた親がどこかにいるんだろうけど、それを調べる術も無いんだ」


 ハピネスチルドレンプロジェクトの廃止以降、段階的に養育費の支給は止められるはずだったのだが、人口減少に伴い、確認を行う地方公務員の数も激減したため、支給を止めるための予備調査すら行えず、現時点でも、物理世界に残っている親に対しては、その子が成人する年齢までの垂れ流しが続いている。


 勿論、正しく使われている家庭の方が多いのだが、実態は解らない。


 電子移行時点では死亡届の代わりに移行届が必要であり、その際、戸籍の確認があるのだが、ハピネスチルドレン制度を利用した親が子供を伴わないで電子世界へ移行をしようとしても、オペレーションセンターには、それを阻止する法的根拠がなかった。


 オペレーションセンターの捜査権も、あくまで電子移行に関わる業務に関してに限定されたものであり、行方不明の子供の捜索という事では発動する事は出来ない上、『犯罪者でも移行が可能』という制度主旨が、警察への通報は出来るが、移行オペレーションそのものを止められないというジレンマを生んでいた。


 急速な電子移行に伴う人口減少を背景に、ハピネスチルドレンの問題は蓋をされたまま、今日に至っているのだ。


「僕がいた施設は……多分、良い施設だったんだ。連帯意識をもった仲間に恵まれ、まるで親のように接してくれる寮母がいて……本当に幸せな子供時代を過ごしてきたんだ」


 政府は、まるで自分たちの政策の失敗を塗りつぶすかのように、ハッピーチルドレンプロジェクトが原因で発生した棄児達を集めた施設に、潤沢な予算を振り分けた。まるで『幸せの子(ハッピーチルドレン)』が本当に幸せである事を証明するかのように――


「だが、ある時、気がついたんだ。一緒にいる仲間は、『同胞』なんだけど、物語で出てくるような『家族』じゃないって。強烈な連帯意識はあるんだけど、決して家族じゃないんだって。だから僕は本当の家族というものを知るために、どうすればいいのかを真剣に悩んだ」


 そこでコウはフッと笑う。


「いや、本当に黒歴史というか……中学生の頃は、ネットの画像検索で自分と似ている顔を探したり、本当はハピネスチルドレンというのは、政府の陰謀で、僕は異世界から召喚された勇者なんじゃないかなんて、設定を考え出したり……」

「異世界?」

「うん。異世界には本当の家族がいて、ここには敵しかいないなんて、考えていた時期もあったよ」


「そうなんですか……」


(やばい、ちょっと引かせちゃった?)


 一瞬、そう思ったが、今、コウが話している本質は、ここじゃない。そう思い、話を続ける。


「そうなんだよ。そんな恥ずかしい十代を経ても、僕は家族というものがどんなものかを知りたいという気持ちは変わらなくて……」


 家族を知らないが故に、家族というものを知りたい。

 ただ、一緒に住んでいれば家族なのか? 愛があれば家族なのか?


「『同胞』とは違う『家族』というものが何なのか、それを勉強するために、僕は大学に進学し……幸い、お金は政府が全額負担してくれたからね。そして、家族が仲良く電子世界(コロニー)へ移行していく姿にこそ真実が隠されているんじゃないかって思って、僕はオペレーションセンターに就職したんだ」


「それで……それで『家族』がどういうものかという事は解ったんですか?」

「うーん、それが未だに解らないんだよね」


 コウは、これまで電子世界に移行する家族の姿を、それこそ何千と見てきた。


 緊張のあまり、震えている妻を優しく抱きかかえる夫。

 期待に胸を膨らませ、家族で輪になって移行の瞬間を迎えるもの。

 直前になって、夫を捨て、愛人と移行する事を決意する妻。

 駆け落ちがわりに電子移行をする若いカップル。


 そして……子供を捨て移行する、ハピネスチルドレン制度の利用者。


「沢山、『家族』というものを見てきたけど、よく解らなかったんだ。『家族』がいれば、僕はもっと幸せになるのだろうか? それって『同胞』とは違うのだろうか? 僕は……僕達ハピネスチルドレンは世間で言われるような『不幸』な子供だったのだろうか? それとも、言葉どおり本当は『幸せの子』だったんじゃないだろうか?」


 コウ自身、決して不幸だとは思っていなかった。

 生活にも困らない仕事に就いたし、ネギ先輩を始めとした仲の良い同僚にも巡り会えた。今は袂を分かつ事になったが、施設には大勢の『同胞』もいた。


 だが、『幸せ』なのか……と問われれば、解らないとしか言えない。


「僕は『家族』というものを理解するまで、『幸せ』が解らない気がするんだ」

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