第1話 始まり(4)
ユキナの告白にコウは息を呑んだ。
移行について懐疑的な家庭に育ったんだろう。そのくらいは考えていたが、まさか、AM2Cそのものに所属していたとは――
だが、最初のデートをすっぽかされた時、ある程度の事情があるのだろうという事は、覚悟はしていた。そう思い、コウはユキナに向き合い、ユキナの目を正面から見つめる。
「続けて、ユキナちゃん」
「はい。私は子供の頃、病弱でした」
ユキナは自分の生い立ちについて語り始める。多分、遠回りでも、ここから話す事が大切なんだろう。ユキナはそう思っていた。自分の幼少期、病弱であった事。ドナーが現れた事で、健康を取り戻した事。両親が移行に反対していた事。両親が死んだ事。
そして――
「両親を失くし呆然としている所に声をかけてくれたのが、今、私が通っている大学の教授でした。教授は、元々、両親ともどもお世話になっていた方で、親戚が全て移行済みだった私の後見人として、高校の卒業までと、今の寮の入寮手配までを保護者代わりに助けてくれたんです」
コウはユキナの生い立ちに、頷く。
「教授がいる大学へ入学したのは、たまたまですが、教授のゼミを取ったのは、お互い話し合っての事でした。教授は、AM2Cの活動についても講義の合間に説明をしていて、私は恩返しじゃありませんが、資料の準備など、そのお手伝いをしていました」
他に頼る大人がいなかったのだろう。
話を聞く限り、知人とは言え、高校生にもなった子供について気にかけてくれていた教授は、『良い人』だと言えよう。
「大学に入る前、教授は『通学経路にオペレーションセンターがある。もし、オペレーションセンターの人と知り合ったら教えて欲しい』、そんなような事を言ってきた事がありました」
コウは、ユキナと初めて会った日の事を思い返した。そして、ユキナも出会った日の事を語り始める。
「教授の意図ははっきりとは解りませんでしたが、もしかしたら、これは教授やAM2Cの皆さんに恩を返すチャンスじゃないのか……そんな事も過りました」
あれは偶然じゃない?
そんなコウの表情にユキナは少し戸惑う。そして、その表情を読んで、こう続けた。
「そうじゃありません。あれは、本当に偶然でした。偶然だったので、私は戸惑ったんです。そして、シライさんが席を外した時、シライさんのポケットから、セキュリティカードが落ちました」
(セキュリティカード?)
「私は、思わずそれを持って帰ってしまったんです」
「……」
「私は教授に相談しました。どこか、褒めてもらいたいという気持ちもあったのかもしれません。ですが、教授は、カードを元の場所に返すように言いました」
「うん」
「初めて約束をしたあの日、一般開放エリアには誰もいなくて、怖くなって奥の通路から中に入ったんです」
「奥って、正面玄関?」
「あ、あそこが正面玄関なんですね。あまり明るい場所じゃないので、裏口かと思ってました……多分、そこです」
最初のデートをすっぽかされた時、ユキナが通用口から出てきたと言っていた警備員の言葉。そして落ちていたセキュリティカード。なぜ、すっぽかされたのか、なぜ一般開放エリアにいたのか、なぜあの日、セキュリティカードがみつかったのか……全ての点が線として繋がった。
「すみません、それがあの日、私が一般開放エリアに居た理由です」
ユキナの目から再び大粒の涙が溢れた。
「うん。セキュリティカードの件は警備員から言われていたから、知っていたんだ」
「そ、そうですか……」
「いつか、事情を話してくれるんじゃないかって……話してくれてありがとう」
「それだけではありません!」
ユキナが抱えていた闇を聞けて、良かったと思っていたコウだが、まだ終わりじゃないという事に驚いてしまった。だが、そんなコウの気持ちに構わず、ユキナは更に告白を続けた。
「シライさんと再会して、もう一度出かけようと話をした日、メッセージが私宛に届きました」
そういって、ユキナはコウにメッセージを見せる。
「2回目のデートの時、映画のチケットも、送られてきました」
(え? ユキナちゃんもデートって思ってくれていた?)
一瞬、ピントのずれた所でコウは喜びそうになったのだが、ユキナの表情を見て、心を引き締める。まだ、話は終わっていないのだ。
「行動せよ、行動せよ……まるで、私の心の動きを見透かしたように、メッセージが届きました。私は、シライさんに会う理由を、メッセージが来たからだと、言い訳をして作っていました。本当は、私が会いたいだけだったのに……組織の言うとおりに動いているフリをして誤魔化していました」
(あれ?)
ユキナはコウの顔をまっすぐ見つめ、ボロボロと涙を流しながら謝罪の言葉を繰り返す。
「私の気持ちが、そんな汚いものだから……結局、シライさんに、こんなに迷惑をかけて……本当にごめんなさい。辛い思いをさせてごめんなさい。許してくださいなんて言えません……ですが……」
(ユキナちゃん……一体何を僕に謝っているの? これって?)
「もう、もう二度……と会いま……せんから……だから……だから……」
そこまでが限界だったようだ。
ユキナはバックを握りしめ、席を立って外へ飛び出そうとした。
「ちょ、ちょっと! ちょっと待って! ユキナちゃん!」
コウも慌てて立ち上がり、玄関のドアに手を伸ばそうとしていたユキナの手を掴む。
「解らないよ! ユキナちゃんの話を聞いて、びっくりした事もあったけど、ユキナちゃんが、何に悩んで、何を僕に謝っているのか、解らないよ」
「そ、そうですよね……謝って済む問題じゃ……ないですよね。でも他にどう……」
「ストップ! そういう事じゃないから。ちょっと落ち着こう。うん。ね、一回座ろう。お茶を飲んで落ち着こうか……」
そう言って、ユキナの手を引くと、ユキナはおとなしくその動きに従った。




