第1話 始まり(3)
二時間で、コウは自分の部屋を完璧に仕上げた。
シャワーも浴び、洗いたてのシャツを羽織っている。
シーツも完璧。なんだか枕元にあるのが嫌らしく感じてしまったので、ティッシュペーパーの箱は目につかない所へ隠してある。
「先輩。『がっつくな』ですよね。でも、無理かもしれません」
準備が終わったことで、コウは考える事が増え、大きな期待を抱く反面、大きな不安にも襲われていた。
「でも、ユキナちゃん。突然、何しに来るんだろう」
(まさか、余計な事件に巻き込んだことについて、文句を言いに……いや、そんなキャラじゃないしな。もう会いたくないとか言われるんだろうか……でも、それだと、メッセージだけで済んじゃいそうだし……)
「あー、もう! ユキナちゃんの気持ちが解らん!」
***
メッセージでコウの住所を聞いていたユキナは、駅を降り、タイヤのついた椅子付きの絵が描かれているロゴが特徴的なAuto Tray System -に乗り、住所を打ち込む。駅からATSで5分程の距離だ。
自分で運転するという文化が絶えた現在、こういったATSのような社会インフラは、少子高齢化に対応するように無料の国営サービスと変質を遂げていた。急激に衰退しつつある国際物流と比較し、国内においては、電子移行前に、こういったサービスが定着していたのは幸いであった。
「来ちゃった……」
そもそもの目的は、コウにお詫びをする事。その上で、迷惑をもうかけないように、コウの前から姿を消す事。
「これで、最後……これで、最後だから……」
ユキナは自分の行動をよく理解しないまま、とりあえず下着まで新しいものを下ろして、準備万端な状態でコウの家に訪れた。メイクもばっちり。まさに臨戦態勢である。
「ふぅ……よし」
***
コウの部屋に来客を告げるドアホンの音が響く。
「は、はい!」
部屋の中で返事をしても、外に聞こえるわけではないのだが、思わずコウはそう答え、ドアのロックを解除する。
「あ、ほ、本日は急な、えーと、すみません、お邪魔します」
「は、はい。いらっしゃい」
二人とも、おかしなテンションになってしまっているが、どちらも自分自身がテンパってしまっているため、相手がおかしい事に気がつく余裕が無い。
「ど、どうぞ、そこに腰掛けて。お、お茶でも出すから」
「あ、え、あ、はい。ありがとうございます」
(よく考えたら、男の人の部屋って初めて……)
そんな事を考えながらも、小さなテーブルの前にある椅子に座り、そっと辺りを観察する。
(結構、片付いている……誰か女の人に、掃除してもらっているのかな……シライさんは大人だし……)
ユキナがキョロキョロしているのに気が付いたコウは、どこかに粗があるんじゃないかと焦る。
(そういえば、女の子が部屋に来たのって……初めてか!)
最初に部屋を訪れてくれたのがユキナだという事が素直に嬉しい。だけど、片付け忘れた変なものが無いか、少し心配にはなる。
(アレも、アレも捨てたし……大丈夫なはずだ)
***
「どうぞ」
「ありがとうございます」
初めての経験にお互いテンパっていた二人であったが、コウがお茶を出す頃には、何とか通常のペースに戻る事が出来た。
「ユキナちゃん」
「はい」
「改めて、本当に今日はありがとうございます。おかげで、処分も非常に軽いものになりました」
「処分……やっぱり処分されちゃったんですか?」
処分というキーワードに、ユキナの心は一気に沈んでしまった。
(やはり、私が迷惑をかけたから……)
「え、あ、あ、違う違う。処分っていっても、反省文をちょこちょこっと書けば大丈夫なレベル。謹慎したり、給料が減ったりするようなレベルじゃないんだ」
「そうなんですか?」
(そう言えば、始末書を二枚っていう話をしていたような……始末書がどういうものか、解らなかったけど、やっぱり反省文なんだ……)
「うん、そうそう。だから大丈夫。ユキナちゃんのおかげだよ」
「そんな……だって……それは……」
コウの優しい言葉に、自宅で止めてきたはずの涙が溢れ出した。
「え、ユキナちゃん? なんで? なんか気に触るような事を言っちゃった?」
涙ぐむというレベルではなく、本格的に……それも、女の子らしく目に手を当てて……という姿では無い。両手の拳を膝の上で握りしめ、コウを真っ直ぐ見つめたまま、ボロボロと涙を流している姿に、コウは驚いてしまった。
「ちょ、ちょっと。ユキナちゃん?」
「シライさん。本当に申し訳ありませんでした。何もかも私のせいなんです。今日は……今日は私の話を聞いてもらいたくて……来ました」
涙を流しながらも、ユキナは今日、コウに会おうとした本来の目的を思い出し甘い気持ちを捨てた。
「話? どういう事? え? 『私のせい』って……」
だが突然の話にコウは戸惑う。それでも、ユキナは言葉を続ける。
「私は……私はAM2Cの一員なんです」
「!」




