第1話 始まり(1)
第3章スタートです。
「総長、教授への監視は付けますか?」
「そうだな……保安局長?」
「警備部の方で、念のためという事で、電子移行室長と協議した上で、ユキナ嬢の立ち寄り先の範囲としての監視は付けております」
「教授の行動監視をしているという事か?」
「協定がありますし、完全とはいきません。あくまでも、あとで言い訳が出来る範囲で……というレベルです」
そこに、ユキナを送った室長が戻ってきた。
「ユキナ・タカガミさんを送ってきました。外にコウ・シライを呼んであります」
「そうか……室長、君は、今回の処置、納得はいかないのですか?」
「はい。たとえ教授が総長の身内だとしても……いえ、お身内だからこそ、強くあたるべきではなかったのでしょうか?」
「うちの弟は黒だと?」
「はい」
室長はそう断言した。
「そうですか……、情報部の見解は?」
その質問に、これまで一度も会話に参加していなかった男が答えた。
「グレーです」
ダークグレーの上下のスーツに、ダークグレーのネクタイ。ワイシャツもダークグレーという出で立ちのキツネ目の男だ。
(洒落のつもりか?)
多分、何人かはそう思ったに違いない。
「君も弟が怪しいと思っているという事かな?」
総長は表情も変えずに、再び質問をする。
「いえ、白とも黒ともする確定情報が無いという事です」
「今の状況で、推定無罪なんて気楽な事は言えないわ。彼女の行動に怪しい点があった以上、教授の指示があったと見るべき。遅滞なく移行を進めていく以上、わずかなリスクも、許容すべきでは無い」
「私は、現時点での見解を述べただけだ。推測で結論を出す口は持っていない」
「私が推測だけで話していると……」
「もういい」
総長が口を挟んだ。
「外でシライが待っているのであろう。本件は、弟……教授への監視の強化、これでいいな? 保安局長?」
「はい」
「センター長、君の管轄に割り込んで申し訳ないが、東日本が世界で最初にクリアになるモデル地区として決まったのだ。口を出すことを勘弁してほしい」
「いえ、問題ありません」
「ふむ、それじゃ、シライ君を入れ給え。いつまでもドアの向こうで直立不動では可哀想だ」
***
「コウ・シライ、入ります」
「ああ」
まだ査問が始まって二日目だ。
長丁場になる事は覚悟した。コウはユキナの名前を出すつもりはなかった。
(自分の惚れた女を差し出すようになったら、男として終わりだ)
だが、そんなコウの思いとは別に、ここにユキナがいた……という事は、ユキナの事がすでにバレている。
「座りなさい」
「はい」
昨日と同じ場所に座るよう指示をされた。
ユキナを守るために、何でもしてやろう……そういう強い気持ちを持って正面を見つめるが、総長の口元が少し緩んでいる事に気がついた。
「口頭で申し訳ないが、文書を準備する時間がなかったから許してくれ。正式なものは、追って出すようにする」
「は?」
文書?
昨日の今日でクビが決まったか?
だから笑っている?
ゴクリ
コウは生唾を飲み込んだ。
「それでは……電子移行室 シニア・オペレーター コウ・シライ。貴殿に対し、以下の処分を伝える。一、セキュリティカードの紛失について戒告処分とする 一、正規時間外の一般人の入場について、譴責処分とする 一、許可の無い一般人に対し、音声による電子世界の情報公開について、譴責処分とする」
その後の言葉を、コウは待つが、
「以上だ」
総長の言葉は、そこで終わった。
「え? それだけですか?」
「なんだ、もっと厳しい処分が望みか?」
「いえ、給料が下がったりもしないので?」
「下げてほしいなら下げるぞ」
「いえ、それは勘弁してください。でも戒告一つと譴責二つって言うことは……」
「あとで譴責分の始末書を二枚、持って来い」
戒告は口頭注意だが、譴責は本来、文書による注意だ。こちらには始末書の提出が必要になる。そのため、始末書が二枚という指示が事務局長から出た。
「はい、解りました」
「それと、減給は無いが、次のボーナスの評価は間違いなく最低だぞ。同一期間内に三つの懲戒処分というのは前代未聞だ」
「そ、そうですよね……ハハ……お手柔らかにお願いします」
軽い処分で済んだと思い、少しホッとしたコウに、サラリーマンとしての悲しい現実が襲う。昔だったら出世街道から間違いなく外れるような失態だ。だが、移行してしまえば、良い思い出に変わるような話でしか過ぎない。
そうポジティブに考えたコウは、全てを受け入れた。
「では、明日から仕事に復帰してよろしい。今日は早退を認める」
コウは頭を下げ、会議室を後にした。
***
コウはそれなりの経験を積んできた社会人である。
だから、処分を告げられた会議室の場でユキナの名前を出して、より事態を混乱させるような事を避ける分別くらいはあった。
事実上のお咎めなしというのは、ユキナにも当てはまるはずである。
そうでなければ、再び戦うまで。だが、その事情を確認しないまま、大騒ぎをするような『子供』でも無いし、かといって、全てを忘れる事ができるような『大人』ではなかった。
オペレーションルームに戻ったコウは、集中する同僚からの視線を無視し、室長室の前で待機した。
ネギ先輩はコウを見つけたら仕事中だろうと飛んでくると思ったが、生憎、移行対象者に対し、丁寧に案内をしている所だった。
「室長!」
少し待っていると、室長が最上階から降りてきた。
「帰りなさいと指示しましたよね」
「帰る前に確認しておきたい事が……」
わかりますよね。
そう言いたげな視線を向けられて、室長は溜息をつく。
「わかったわ、入りなさい」
「ありがとうございます」
礼を言って、室長が開けてくれたドアを通って室長室に入る。
「それで?」
ドアを閉め、室長が自分のデスクに座る。
その前で、コウは立ち、
「ユキナ・タカガミさんが、いらしてましたね?」
そう聞くコウに対し、肯定も否定もせず、続きを促す。
「私が勝手にやったことです。一般人で、しかも学生の彼女を巻き込んだのは、どういう事でしょうか?」
「ここが、ただの民間企業じゃないことは認識しているわよね?」
「当然です」
「この施設、この業務に関しては一般人、未成年であろうと、捜査権の及ぶ範囲だという事も、理解しているわよね」
「!」
(やはり、捜査の手が入ったのか……)
コウの表情が変わる。
「……安心しなさい。彼女からは事情を聞いただけだわ」
「任意同行を求めたのですか? 学生に!」
そうであれば、警備部の人間が動いたという事だ。
例え容疑がない状態であっても、制服をきた警備部の人間が同行を求める……たったそれだけで住んでいる場所や大学といった狭いコミュニティでは噂にはなる。日本は相変わらず同調圧力が強い国だ。そんな事になれば――
そう考えたコウの不安を、室長が否定した。
「安心しなさい。彼女は自分から足を運んでくれたの」
「どういう……」
「彼女に感謝しなさい。あの子が、あなたの無実を総長に訴えてくれた事で、今回は始末書で済んだんだから」
「タカガミさんには……」
「何も無いわ。事情だけ聞かせていただいて、お帰りいただいています。あなたが偶然見たのは、ちょうど帰るところの姿よ」
「そ、そうだったんですか……よかったぁ」
張り詰めていたものが、プッツリ切れたかのように、コウはその場で座り込む。
「あ、さすがに疲れたので、帰っていいですか?」
「だから、帰りなさいと言っているでしょ」
「わかりました。申し訳ありませんが、お先に失礼します」
「始末書、今週中に出しなさい」
「……明日、物凄いやつを出します」
「普通でいいわ」
そんなやり取りをしつつ、コウは室長室を出た。
振り返ると、全員がこちらをみている。ネギ先輩も心配そうだ。とりあえず、Vサインを送る。
(無罪放免です。先輩!)
ユキナへの連絡はネギ先輩がしてくれたのだろうという事は想像が付く。巻き込んで欲しくはなかったという気持ちも少しはあったが、結果オーライとなったので、そんな些細な事は吹き飛んでしまった。きっと、先輩なりにコウの事を助けてくれようとしたのだろう。迷惑をかけてしまった。今度、ネギたっぷりのラーメンをご馳走しよう――
そう感謝をしているコウであった。




