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第4話 裏切り(4)

 翌朝、オペレーションセンターの営業時間に合わせ、ユキナは一般開放エリアを訪れた。無人の入場ゲートを越えると、ユキナは誰かいないかと周囲を見回す。その視線の先に職員通用口近くで見回りをしていた白髪の警備員の姿を見つける。


「すみません……」

「はい、なんでしょう」


 警備員はユキナの顔を見つめ、一瞬目を剥いたが、すぐ笑顔を取り戻した。


「こちらに、コウ・シライさんがお勤めかと思います。コウ・シライさんの件でお話ししたい事があって、お伺いしたのですが……」

「え、あ、はい。少々……少々お待ち下さい」


 コウが拘束されている事は、保安局警備部の中でも箝口令とともに通達されていた。当然、この職員の耳にも入っている。ユキナの名前はすでに周知されていた。


 警備員は、ユキナをすぐそばのベンチで待つよう告げ、用心深く、その動きを気にしながらも、オペレーションルームではなく、警備部に連絡を入れた。


「はい、一般公開エリア受付です。先程……そうです。え、あ、はい。解りました。すぐご案内します」


 警備部長に連絡をしたはずなのだが、その電話を取ったのはなぜか電子移行室の室長だった。そして、警備員が事情を告げる前に、ユキナを最上階まで案内するよう指示を出した。


(胡散臭いねぇ)


 白髪の男は、心の中でそう呟きながらも、


「連絡が取れました。その件でシライの上司の者がお話したいという事ですので、ご案内させていただきます」


 ユキナにそう告げた。


「はい、ありがとうございます」


 ユキナは丁寧に頭を下げる。


 テロ組織との内通容疑。

 コウが現在、査問されている本当の理由である。


 その相手でもあるユキナの所作からは、工作員の可能性は無いと判断している職員は、自分自身でユキナを最上階まで案内した。


「こちらです」


 最上階に止まったエレベーターを降り、毛の長い絨毯が敷き詰められている廊下を少し進む。そして、警備員は両開きの重厚なドアの前に立ち、


「ここで、お話しをお伺いさせていただきたいとの事です」


 と、ユキナに説明をした。

 その言葉が聞こえたのか、ドアが内側から開かれ、中年の女性が出てきた。コウの上司である電子移行室の室長だ。


「お待ちしておりました。中へどうぞ」


 そう言って、ユキナを中に入るよう促した。

その一瞬、警備職員とその女性が鋭い視線を交わしたのには、緊張しているユキナが気がつく訳もなく、案内されるままに、会議室に入った。


 ユキナが会議室に入ると奥に五人の男が座っていた。彼らは、昨日、コウを査問したメンバーと同じ顔ぶれである。


「こちらにお掛け下さい」

「はい」


 室長は査問の際にコウが座っていた場所と同じ席を示した。ユキナは並んでいる男達に頭を下げた後、言われた通りに椅子に座る。ユキナの席には冷たいお茶が用意されていた。


 室長が、一つ椅子を挟んでユキナの右隣に腰をかけると、すぐに、


「君がユキナ・タカガミさんですね」


 中央に座っていた初老の男、オペレーションセンターの最高責任者である総長が最初に口を開いた。


 (なぜ私の名前を?)


 総長の面影から、どこかで会ったことがあるような違和感を感じたのだが、その事よりも名乗ってもいないユキナのフルネームを知っているという事で、ユキナはすでに自分がAM2Cに所属している事は知られているという確証を得た。

 元々、全てを話すつもりで来たはずだったが、すでに相手はだいたいの事情を察しているのだろう。緊張のあまりに乾ききった口の中を何とかしようと、ユキナはお茶を一口飲み、軽く潤してから、返事をした。


「はい。私がユキナ・タカガミです」


「本日はお越しいただきありがとうございます。うちの職員であるコウ・シライの件でこちらに来られたとお聞きしましたが……」


「はい」


 ユキナは頷く。決意は揺らがない。


「シライさんから、私は一切の情報もいただいておりません」


 その言葉に総長が少し身を乗り出した。


「ほう、それはどういう意味ですかな?」

「シライさんは、情報漏えいなどしていないという事です」


「ふむ、言葉だけでは、それを証明する事は……」


 そう言いつつも総長は少し楽しそうだったが、ユキナはそれに気づくことなく、被せるように自分の言葉を紡ぐ。


「証明はいりません。私はAM2Cに属する人間です」


 総長は乗り出した身体を元に戻し、ユキナに優しい視線を向けながら続きを促す。


「シライさんとは偶然に知り合いました。私は特にシライさんから情報を集めたりはしていません。ただ、彼が持っていたカードを使って、一度、こちらの中に忍び込もうとしました」


「その目的は?」

「はい……私が、彼が落としたカードを持ち出したため、こっそり返すためです」

「なるほど、それを信じろと?」


「組織は私に情報の収集を指示してはいません」

「ふむ」

「ただ、こちらの職員の方と懇意になる事は求められていました」

「それは将来的な情報収集を目的として……という事でしょうか?」

「解りません」


 ユキナは正直に告げる。


 そこで横にいた男がユキナに質問をしてきた。自己紹介も受けていないユキナは知らないが、オペレーションセンターの警備部と情報部をまとめている保安局長である。


「組織の指示でシライに近づいたのですか?」

「いえ、偶然、知り合う事になりました」

「その後も接触したのは、組織の指示があったのでは無いですか?」

「いえ、それもありません」

「なら、なぜ?」


 それは――


(泣くな! 私!)


 自分の気持ちを、自分自身の行動で汚してしまった事実を噛み締めながらも、ユキナは、


 ドン!

 机を叩き、立ち上がり、


「私がシライさんに好意を持ったからです!」


 こう宣言した。


***


「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」


 ユキナのあまりの告白に、会議室の中は静寂に包まれた。査問をしていた側も、口を開けて固まる。その様子に、自分が何を口走ったのか自覚をもったユキナの顔が真っ赤に染まっていく。


「あ、いえ、あの……好意というのは、なんとなく、いいなぁって思っている段階で……まだ、本当に好きかどうか……というのか……でも……あの……」


「もう結構ですよ」


 ユキナのその様子に、総長が微笑みながら声をかける。


「弟から聞いていたとおりのお嬢さんで安心しました。解りました。今日はありがとうございます」

「え? ええ? 弟? えっ? 終わりですか?」

「はい」

「私は逮捕されるのでは……?」

「されたいのですか?」

「いえ、そういう訳では……」


「保安局長、どうしましょう」

「そうですね。カードを持ち帰ってしまったことについて、警備部で始末書だけは書いてもらいましょうか」

「ああ、それがいいですね」


「あの……始末書? でしたっけ……反省文みたいなものなら何枚でも書きますが……シライさんは、どうなるのでしょうか?」

「どうします? 事務局長?」

「シライの方も、2つの内規違反で始末書ですね」

「だそうです」


「そうですか! 許してもらえるんですか? シライさんは家に帰れるんですか?」

「許すも何も、我々は事情の確認のためにシライ君に協力をお願いしただけですよ」

 

「そう……だったんですか……」


 力が抜けたのか、ユキナは椅子に倒れ込む。そして、重大な事に気がついて青ざめる――


「あの、さっき、私が言った言葉は、シライさんには……あの、どうか……」

「はい、大丈夫です。我々には守秘義務があります。ここでの会話はどこにも口外しませんよ。問題無いな?」


「勿論、記録にも残りません」


 こう答えたのは、このエリアのトップであるセンター長である。


「そうですか……」

「最後にひとつだけ……」

「はい、なんでしょう」


 こう語りかけたのは、一つ離れた席に座っていた室長だった。


「ここへ来ることを誰かに連絡しましたか?」

「あ……はい。私がAM2Cに所属していると告白する事を、大学の教授に……」

「大学の教授?」

「両親を事故で失った後、私の後見人をしてくれている方です」

「その方もAM2Cの方なのですか?」

「はい。あ、ただ、私が所属しているのはテロ組織とかそういうのではなく、教会で聖書を読んで……移行が悪いことだという説明をするような、集まりで……ごめんなさい」


「いいんですよ」


 再び総長が口を開く。


「あなたが正直に話をしてくれた事は確認が出来ました。昨晩の内に弟とは調整をしていたのです」

「弟?」

「はい……あれ、解りませんか? 結構似ていると言わるのですが……」


「え、はい……え? あれ? もしかして……」


「いつも弟がお世話になっています」

「いえ……いえ、私の方こそ、いつも……」


「兄弟間でも、こんな感じなのですから、我々の活動に反対する人が世の中にいる事は何の問題もありません。電子移行は移行者の自由意志に基いて勧めている活動です。移行されたくない方の存在は、ある意味、織り込み済みなのですよ。そういう意味で、弟とは、いつも楽しく議論をさせていただいております」

「そう……なんですか?」

「ええ、そうなんです」


 総長がニコリと微笑む。


「それで、弟はユキナさんが、こちらに来ることを止めましたか?」

「いえ、特には……あ、きちんと説明して誤解を解くようにとは言われましたけど」

「そういう事なんです」

「そういう事なんですか……」



「はい、今日はお疲れ様でした。これで本当にお終いです。お帰りになって結構ですよ」


 ユキナは、こういって、外にでるように促された。


「それでは失礼します。あ、この後、シライさは……?」

「事務局でお説教を受けてから、今日は帰ってもらいます」


 そう言ったのは、事務局長だった。


***


「お疲れ様でした。今日はありがとうございました」


 室長が会議室の外でユキナに頭を下げる。



「本当にこれでよかったのでしょうか」

「大丈夫です。あなたのお陰で、シライの疑いが晴れました。私も優秀な人材を失わずに済んで、ほっとしています」


 室長に案内されて廊下を進みエレベーターホールの前に立つ。複数あるうちの一台のエレベーターが最上階で待機していたのか、すぐにドアが開いた。


「それでは私はここで、下で先程の警備員が待っていますので、案内に従って下さい」

「はい」


 ユキナに向かって室長が頭を下げる。慌ててユキナも頭を下げた。

 そしてドアが閉まりそうになったので、顔をあげると、室長越しに反対側のエレベーターのドアが開くのが見える。


 そのエレベーターには――


 コウとユキナの視線が一瞬交差する。


 そして、ユキナが乗るエレベーターのドアは完全に閉まった。

以上で、第2章終了です。

明日より第3章に入ります。

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