第4話 裏切り(3)
ネギ先輩の説明が終わった後、セリはユキナを呼び出した。
まだ早い時間だったという事もあり、三十分ほどでユキナが現れる。
「セリ、ネギ先輩。お待たせ。どうしたの?」
「ごめんね。急に呼び出して」
「こんばんわ、ユキナちゃん。あとネギ先輩は止めてくれ。ちゃんと名前があるから」
「名前?」
セリの隣に腰を降ろしながら、ネギ先輩の言葉に、首を傾げる。
コウからは、ネギ先輩としか聞いていなかったし、セリからもちゃんと名前を聞いていなかったのだ。
「もういいや……ネギでいいよ」
「はい」
ユキナはニッコリと笑う。
その笑顔には、すっかり陰はなくなっていた。
「それで、今日はどういった話? あっ! いよいよ籍を入れるの?」
「あ、そうじゃなくて……」
「もしかして、もう入れちゃったの?」
「ユキナ!」
「え、何? セリ……怖い顔をして」
勘違いをしているユキナに耐えられなくなったのか、セリはユキナの肩を押さえた。
「コウの事なんだけど……」
「シライさんが……何か?」
昨日、2回目のデートをしたばかりのコウの名前が出たことに驚く。
「シライさんに何かあったの?」
何かを言おうとして、押し黙ってしまったセリに重ねて質問をする。セリがネギ先輩に視線で助けを求める。それを受けて、ネギ先輩は一つ溜息を付いた後、ユキナにこう話しかけた。
「ユキナちゃん」
「はい」
ネギ先輩の声に、ユキナは身体を正面に向けた。
「コウが……少しまずい事になった」
「まずい事?」
「実は、現在、コウは|オペレーションセンター《うち》の上から調査を受けている」
実態は、拘束され軟禁されている状態なのだが、ユキナの事を考え、そこは説明を省いた。
「調査? どういう事でしょうか?」
「昨日、コウがユキナちゃんと、うちに来て、デモルームでちょっと設定をいじったでしょ」
「はい」
「あれで……あれは、規則違反に当たる行為で、それが原因で、コウは現在、情報漏えいの疑いをかけられているんだ」
その言葉にユキナの顔が青ざめる。
「そ、そんなシライさんは……シライさんは今、どうなっているんですか?」
「とてもまずい状態だ。うちは法的にも特殊な存在だから、調査が終わって無罪放免といかない限り、ずっと会社で待機することになる」
コウは事実上、犯罪者として逮捕されているようなものだ。だが、ネギ先輩はユキナの心情を慮って、『拘束』や『軟禁』という言葉を避ける。
オペレーションセンターは河口部の中州に位置し、地表面からの物理的なアクセス方法が存在しない。警察や弁護士の介入も不可能であり、自ら無罪を立証しない限り、打つ手が無い。
「シライさんの調査はいつまで……」
「それは解らない。このままだと会社をクビになるかもしれない」
それどころか、組織に対する犯罪者として強制的に電子世界へ送られ、一定期間……最悪は永遠に孤独と戦う事になる。
その言葉を先輩は飲み込んだ。そして、
「だから、この通り。俺と一緒に会社に行って説明してやってくれないかな。ユキナちゃんには迷惑をかける事になるけど、ただのデートだった事を解ってもらえれば、コウの処分も少しは軽くなると思うんだ」
こう言って、頭を下げる。
「未来の彼氏のためにも、ここは身体を張ったら?」
ユキナの隠れた事情を知らないセリは、二人の無実を全く疑ってはおらず、気楽にフローをしてきた。その言葉に曖昧な顔で頷きながらも、
(どうしよう……どうしよう……)
震える手を押さえながら、打開策を必死に考えていた。
「勿論、無理はしなくてもいいから……でも、コウの奴、ユキナちゃんに迷惑がかかるかと思って、一緒にいた子が誰なのかも喋っていないみたいなんだ」
その言葉が決め手となった。
「私はどうすれば……」
「ありがとう! 協力してくれるんだね。どうすればいいか、今回、俺達の味方になってくれている室長に指示を仰ぐから、とりあえず今日の所はここまでで。多分、数日中には、どういう形でコウの無実の罪を晴らすか、方針が固められると思うからさ」
「数日……そんなに長く、シライさんは家に帰れないんですか?」
「数日で済むなら軽いもんさ」
数日、職場に軟禁されるという事で、ユキナは、実際、かなり大きな問題となっているという事を、心の底から認識した。だが、自分を庇ってくれるコウを見捨てるわけにはいかない。
コウの行動に対する疑いは冤罪であっても、ユキナ自身の行動は事実なんだから――
その日は、連絡を待つという事で、ユキナは先輩達と別れ、一人で帰宅した。
自分の部屋に戻り、鍵を閉め、机の前に座る。
長期戦になってもいいように、下着の換えや衣服などを準備し始めた。
ユキナは、ネギ先輩からの連絡を待つことなく、オペレーションセンターに出頭する事は確定事項として決めていたのだ。
今心を悩ましているのは、どうすればコウを助けられるか、 自分がどこまで告白すればいいのか――
それだけであった。
(全部かな……)
コウに迷惑をかけた。こうなってしまった以上、コウと誠実に向き合っていくためには全てを告白し、関係を一旦リセットするべきだろう。例え、それが永遠の別れになるとしても、ユキナは、そうしない限り、恥ずかしくてコウの前には立てない。
(電子世界にも『幸せ』はあった。私は両親が信じたいと思っていたものだけを教えられていたんだ……)
電子世界の真実を知った事で、ユキナの中から、組織に対する気持ちは無くなっていた。コウが見せてくれた映像。あれは嘘の幸せなんかじゃない、ユキナが望んでいた普通の幸せが――
もう手に入らないと思っていた幸せが、そこにはあったのだ。
今のユキナにはあの電子世界の駅前でコウと二人で並んで歩く姿を、イメージが出来るのだ。
「よしっ」
自分の決意を口に出して固めたユキナは携帯端末を取り出した。
「夜分に申し訳ありません。ユキナです……教授、大事なお話が……」




