第4話 裏切り(2)
ネギ先輩はコウが室長に呼び出された時から、何か様子がおかしいと感じてはいた。やがて、室長は戻ってきたが、一緒にどこかへ行ったはずのコウの姿が無い。
「室長! コウは……シライ君はどうしたんですか?」
「あ、ああ……君はシライ君と仲が良かったわよね。ちょっと来て貰えるかしら……」
そう言って、室長はネギ先輩をオペレーションルームと同じフロアにある会議室に連れ出した。ドアをきちんと閉め、二人は椅子に隣り合って座った。
「これは他言無用で頼むわね。あなただから話すの。もし、この話がどこかに漏れたりしたら、私も、あなたも、大変な事になるわ」
「はい」
「シライ君には、AM2C系のテロ組織との内通疑惑がかけられているわ」
「そ、そんな馬鹿な!」
「どうやら、外部の人間に対して無許可で様々な便宜を図っていたらしくて……どうも、上はその相手がAM2Cの工作員じゃないかと疑っているみたいなのよ」
そして、室長はコウの嫌疑を裏付ける事になった三つの行動についての詳細をネギ先輩に説明した。
「え、その相手って……」
「あなたは、シライ君が接触した相手の子の事を知っているの?」
「はい、知っているというか……」
「なら、連絡を取る事は可能? シライ君は、その子に迷惑がかかると思ってか、その子の名前や連絡先に口を割らないの」
(律儀なやつだ)
ネギ先輩は、コウが狭い密室に閉じ込められ、今や旧時代の遺物となった白色電球のスタンドを向けられつつも、必死に耐えている姿を想像した。
(カツ丼、食わせてもらっているのかな……)
「シライ君は、私達オペレーションルームの仲間よ。あなたにも……友人として是非、協力して欲しいの」
「勿論です」
ネギ先輩は強く頷いた。
「任せて下さい。ユキナちゃんに連絡を取れるよう手配します。ただ、少しお時間をいただけますか。多分、彼女もショックを受けると思うので」
「お願い。ただ、シライ君みたいに、あなたも疑われないよう、業務が終わった後、秘密裏に動くようにして。どちらにしても、事がテロ組織との接触疑惑だから、シライ君は嫌疑が晴れるまで、拘束され釈放される事は無いわ。だから、焦っても良い結果が生まれるとは限らないの」
「そ、そうですね。わかりました。慎重に動くようにします」
「お願いね」
「はい」
室長は先輩の方を軽く叩き、先に会議室を出た。
「コウ……まずいな……とりあえずセリに……大変な事になった……」
業務後と言われたはずのネギ先輩は、さっそく自分の携帯端末を操作し、婚約者に連絡を取った。
***
ネギ先輩から婚約者のセリへ、セリからユキナへの連絡は少し時間がかかった。
まず、事情の説明を求めるセリと会うために、ネギ先輩は仕事が終わった後、いつも使っている喫茶店に向かった。
「どういう事?」
「どうもこうも……いや、俺もよく解っていないんだけど」
さすがに社会人としての守秘義務もあるため、オブラートにつつみつつ、コウが反社会的な組織の構成員に情報を流しているんじゃないかと疑われている事、その構成員と思われているのがユキナだという事を伝えた。
「なんですって!」
周囲の目も気にせず、セリがネギ先輩の胸ぐらを掴む。
「あんた! ユキナを疑うっていうの!?」
「違う! 違う! 俺じゃない! 俺じゃないって!」
必死に弁明するネギ先輩を見て、セリも少し落ち着いて、その手を離す。
「で、どういう事」
「だから、うちの上の方から疑われているんだって」
「何を証拠に……」
「それが……コウのやつ、調子にのってユキナちゃんに色々と仕事の内容を見せちゃっていたみたいなんだ。一つ一つは大した事が無いんだけど、短期間に……何回かね」
「それだけで、疑われるっていうの?」
「うん……俺達の職場、ちょっと特殊だから」
***
『特別民間法人 オペレーションセンター』。
その名の通り、通常の営利企業とは違う民間組織である。国内法で定められた範囲の業務を遂行しているのだが、実態としては国家からの制御を受けない国際的な組織である。電子移行という、ある意味国家を崩壊させていく仕組みを担っている法人であるため、その業務の円滑な遂行をする範囲には限定されるが、強力な自治権を有している。
自治権には、重火器による武装を含む自衛権、逮捕拘禁を含む捜査権、情報漏えい防止を目的とした限定的な司法権、幹部職員以上については、管轄敷地内における現行犯を含む不逮捕特権までを含んでいた。
民間組織が、ここまで強力な自治権を持つ事が出来た背景にも、やはり世界人口の急速な減少と、電子移行という特性がある。毎日数百万人の単位で世界から人口は減少を続けており、旧来の法の範囲では、処理しきれない問題が、後から後から湧き出ている事、そして、どうであれ、電子移行を済ませてしまえば、様々な問題が解決できる事……こういった事情が後押ししたのである。
例えば、犯罪を犯したら?
ほとんどの犯罪が、財産権への侵害であり、その背景には貧困が大きく横たわっている。ならば、犯罪者および犯罪予備軍となるような人々を優先的に移行させてしまえば、問題は少なくなるのではないか?
所有欲を満たす事、これについて電子世界は絶対的な解決策である。あまり喧伝はされていないが、性欲についても、ほとんどの欲望を電子世界では満たす事が可能だ。
憎しみ? 妬み? 嫉み?
他者と比較し、その生活に優劣があるから……職場や学校、家庭環境において逃れられない優劣があるからこそ、生まれやすい環境なのだ。
衣食住に困らない……年齢や寿命、健康という軛から解放されるような逃げ道があるのなら、人は積極的にそこへ飛び込んでいく。
だからこそ、国内法上、民間組織でしか無いオペレーションセンターには、自治権が与えられ、自ら移行を望む人を……その出自が何であれ……守るようになっていたのだ。
事実、諸外国に遅れて電子移行に関する法令を施行した日本において最初に移行に踏み切ったのは、確定死刑囚であった。実験的な意味合いもあり、非人道的である……あるいは事実上の恩赦になると、大きな議論を呼んだが、電子移行そのものの対象者については、その出自は問わないとするオペレーションセンターの理念と、強い独立性をもとに、国内最初の電子移行は実施された。
なお、確定死刑囚のような社会秩序にダメージを与えるような人材については、電子世界においても、基本隔離される事とされている。割り当てられた自宅においてリソースの範囲内は何をやっても自由となるが、外部との接触については一定以上の制約があるとされている。




