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第3話 新しい世界(3)

 オペレーションセンターの一般公開エリアに着くと、早速コウは玄関部を通って、ユキナをデモンストレーションホールまで案内した。そこは、地下から宿泊棟の最上階まで吹き抜けになっている広い空間で、天井から巨大な球形モニタがぶら下がっている。


「ここから、現在、実際に稼働しているコロニーの中が覗けるんだよ」


 コウが指さすモニタには、電子世界(コロニー)を模した球形の惑星の映像が表示されている。コウはモニタの横に配置されている職員用ブース上の端末を起動した。


「ここはデモ用なんじゃ?」


「デモの映像も映せるけど、これだけ移行が進んだ今、作られたデモ画面を見てもらっても意味が無いからね。移行対象者が移行前の不安を少しでも和らげる事ができるならと、直接、公共エリアの画像を出すようにしているんだ。ほら……」


 コウがモニタの前にあったキーボードを操作すると、球体モニタに映し出された惑星の中央にオペレーションセンターのロゴが浮かび、その後、惑星の一部がズームアップされ――


「うわー」


 ユキナが映し出された映像に感嘆の声を上げる。


「シライさん、これって?」

「そう、コロニーの中の生の映像」


 そこには、今日、ユキナとコウが待ち合わせた駅周辺とそっくりな映像が映し出されていた。


「最初映し出された惑星の映像は?」

「あ、ごめん。途中まではデモ用に作られている映像を重ねているよ。ただ、電子世界(コロニー)は、平面上の世界ではなく、あえて球体の世界として作られているので、実態としては合っているかな……」

「それはどうして?」


「うーん、これは向こうに行った人たちからの要望だったんだけど、地面が平らだと考えると気持ち悪いんだって」

「地動説じゃないと気持ち悪いって事でしょうか?」

「そう……なんだろうね。こればっかりは、実際に体験してみないと解らない事なのだろう。天動説から地動説へ変わった弊害なのかもしれないな。大昔の人たちだったら、逆に問題はなかったのかもね」

「そうですね……ふふ……」


 そういって、ユキナは天井のモニタに映し出された映像へ向かって手を伸ばした。


「じゃあ、やっぱりこれは、さっきの駅の映像じゃないんですね」

「そう。駅には、こんなに人がいなかったでしょ」


 現実との最大の違いは、街の賑わいだ。すでにかなりの人間が移行してしまっている現実世界と違い、モニタに映し出されている街並みには、かつて日本のどこにでも見られたような、活気が溢れている世界が映し出されている。


「昔の映像だとか?」

「こっちへ来てみて……そう、ここを動かすとカメラが動かせるから……」


 ユキナが職員用のブースに移動し、言われた通りに操作をするとモニタに映し出されている映像の視点が動き始めた。そして繁華街から続く道は、繁華街を出ると、突然、両脇に平坦な草原が拡がっている広大な場所へ出る。


 現実世界ではあり得ない光景だ。


「あ、草原の向こうに……住宅街? 同じような家が並んでいる……」


「現実世界には、こんな場所は無いでしょ? 移行した人が混乱しないように、住人が希望した商業施設は、人が集まる場所としてトレースした上で、丸ごと準備してあるんだ。勿論、現実社会には無い新しい街なんかもあるんだけど、全体的に元の街並みの方が人気みたい」


「家の中を見ることは……?」

「それはさすがに……プライベートだしね」

「もう一回、駅の前に戻していい?」

「どうぞ」


 ユキナがゆっくりとカメラを動かし、モニタには再び駅前の様子が映し出される。ユキナはそこまでカメラを動かすと職員用ブースから出て、球体モニタに張り付く。


「シライさん、音って……音って聴こえないの」

「あー、プライバシーがあるから……でも、この場所だったら大丈夫かな……ちょっと待って、スピーカーに出すから」


 コウが自分のカードを端末に当て、消音設定を解除する。その瞬間、部屋の中は街の雑踏に包まれる。


「今日、この後どうする?」

「お茶でいいんじゃない?」


「ママ、本屋さんに行こう!」


「ねぇ、君、この後、暇じゃない?」

「……」


「お父さん! あそこ、ほら、あそこ」

「どこ? ああ、あれね。あれは今度発売する音楽の……」


「もう知らない」

「ちょっと待って! もうしないから……」


 ユキナはスピーカーから聞こえてくる音に耳を傾け、モニタをじっと眺め、しばらく身動(みじろ)ぎもしなかったが、やがて大きく息を吐き出し……


「シライさん、ありがとうございます。もう大丈夫です」


 そういって、コウを見つめた。

 その姿にコウは静かに頷き、消音設定に戻した上で、モニタも落とした。 


「普通なんですね」

「そう、普通なんだ」

「みんな、普通でした……」


 そう呟いたユキナの顔は、先程までとは打って変わって、どこか満足げで、少しスッキリしたようだった。


***


 オペレーションセンター最上階にある会議室で、監視チームの隊長が直立不動で、コウとユキナの監視状況を報告していた。その正面には6名の男女が座っている。


「以上で、本日のコウ・シライ及びユキナ・タカガミの監視状況の報告を終わります」

「うむ、ご苦労」


 こう締めくくった隊長は30分ほどの報告を終え、退室許可を取って会議室を後にした。会議室に残った者達は、今後について打ち合わせを始めた。


「さて、二人の行動を見る限り、怪しい動きは無いですな」

「そうですね。会話からも情報漏洩につながるような話も無かったですし……」


「すでに一ヶ月以上も監視をしていて、すべて空振りでした。今後も監視を続けさせますか?」

「そうだな……これ以上の監視は無意味……」


「ちょっと待ってください」

「なんだね」


 声を上げたのは、シライの直接の上司である電子移行室の室長だった。


「一度、揺さぶりをかけてみてはいかがでしょうか?」

「揺さぶり?」


「はい、これまでは二人の会話からAM2Cの情報を引き出せないか待っていましたが、こちらが積極的に動く事で向こうがボロを出すのを待つのです」


 シライの勤務態度は問題無いと言っていた室長の言動を訝しがる声もあったが、それ以上に、


「それはやぶ蛇になる心配は無いのか?」


 という、余計な事をしてオペレーターが反対組織に取り込まれるリスクを上げる事を心配する声が大きかった。だが、


「もちろんリスクはあるでしょう。それでもこの時期に我々がテロリストの動向を掴めていないのは危険です」


 室長はなおも強固に主張する。


「ふむ……それで、どうするつもりだ?」


「査問会を開いて、シライを出頭させます。そして、その情報を件の女性に流します」

「査問を開く理由は……」

「これです」


 オペレーターを統括する立場にある室長が示したのは、監視映像にはっきりと映っている、コウが自分のカードを使って、デモ用端末の消音設定を外した姿だった。

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