第3話 新しい世界(1)
本日より1日1回投稿になります。
通勤通学途中に読んでいただけることを願って毎朝7時に更新します。
「電子世界へ移行した人達は幸せなんでしょうか?」
ユキナの言葉にコウは少し何かを考えるような仕草を見せ、
「ユキナちゃんの中で幸せって、どういう定義になっているの?」
そう返した。
「私の中で?」
ユキナがイメージする幸せ。電子移行が始まる前、両親が開いたホームパーティ、そこへ集まる人の笑顔――
ユキナがイメージする幸せとは、そういった暖かい家庭の姿だった。それをコウに伝える。
「そうか。それだったら、電子世界にも『幸せ』はあると思うよ。ただ、僕たちオペレーターには、その家族を準備する事はできない。幸せは、それぞれが見つけるものであって、電子世界に用意されているものでは無い。それはこちらの世界だろうと、向こうだろうと、変わらないかな」
「そうですよね……」
当たり前の話に、ユキナは気落ちしたように顔を伏せる。
飢えや病気の心配が無い環境、全ての人が等しく教育を受けられるパラダイス――
電子世界が用意できるのは、それだけである。
「それじゃぁ、そういうものを持っていない人は幸せにはなれないって事なんじゃないでしょうか?」
「うーん、そうだね。でも、それって、持ち物なの?」
「えっ?」
ユキナは驚いたように顔を上げる。
「電子世界の売りって、端的に言ってしまうと肉体的苦痛からの解放って事なんだよね。宗教がかった言い方だと、純粋な魂だけの世界とでも言えばいいのかな」
「はい、そうやって宣伝されているのは知っています」
「でも、それは比喩的な表現じゃなくて、言葉通りの事実なんだ。肉体から精神をトレースして電子世界へ移行する事によって、人は、飢え、病気、老いと言った肉体的な苦痛から解放される。あくまで僕らが用意できるのは、そこまでなんだ」
つい先ほど、ユキナがたどり着いた答えを、当たり前のようにコウは語る。
その事が少し悔しくて、ユキナはつい、答えの分かっている質問をした。
「それが、幸せなんでしょうか?」
「幸せだと思うよ」
それは幸せでは無い――
そうユキナが予想していた答えと真逆のものが、コウの口から出た。
「移行が始まる前、世界中の約八十六%の人間が、裕福な十四%の人たちの生活を支えていたって言う事は知っている?」
「いえ……」
「僕らの住んでいるこの国は、平和で、経済的にも安定していて、貧富の差はあるにせよ飢えに苦しむような人たちは、他の国の人たちに比べて圧倒的に少ない。だからイメージしにくいんだと思うけど、世界の大多数の人にとって、明日の食事を心配しなくても良くなるという事は、本当に幸せな事なんだ」
「じゃあ、電子世界に行かなくても、その人たちの生活を支えてあげれば……」
コウはユキナの言葉を聞いて、首を振る。
「できなかったんだ。誰かが働いた成果を、働かせた誰かが得るという搾取構造がベースとなるこの世界では、一部の人の生活を支えるためには、多くの人の犠牲が必要となる。資源は無限じゃないからね。もちろん、コロニーでもリソースは有限だけど食料と燃料という縛りが無い事で、実質無限と同義というだけのものを手に入れる事ができるんだ」
「じゃあ、そういう搾取される側の人達だけ……あっ!」
ユキナが何かに気がついたように口に手を当てた。それを見て、コウは言葉を続ける。
「そう。それが、この間説明した、第一次産業の崩壊につながったんだ」
コウのその言葉を聞き、少し間を空けてからユキナは口を開いた。
搾取される者と搾取する者――
この歪な三角形は、その底辺から電子移行技術によって崩壊してしまったのだ。
「それじゃぁ、私たちは幸せになれるかどうかに関わらず、移行しなくちゃいけないって事なんじゃ……」
「ユキナちゃん、まだ時間あるかな?」
ユキナは頷いた。
「だったら、結論は急がず、ちょっと付き合ってくれない? 見せたいものがあるんだ」
コウはそう言って、伝票を持って席を立つ。
「さっき支払ってもらったので……」
「男だからとは言わないけど、僕は社会人だから、そこは気楽に奢られてよ」
「そうですか?」
「そうです。学生のユキナちゃんに奢ってもらったら、立つ瀬が無いじゃん。先輩やセリさんに何を言われるか解らないよ」
そう言って、コウはにっこりと微笑む。
「わかりました。甘えさせていただきます。えーと……ごちそうさまです」
ユキナはコウが支払うのを受け入れ、深く頭を下げた。
(うーん、いい子だ)
会計を済ませつつ、一緒にいられる事の幸せを噛みしめる。
(幸せのカタチ……理解してくれるといいんだけど……)
ユキナには何か隠し事がある。
それは、両親を早くに失ったことと関係してそうだ。
移行そのものにも、積極的反対とまではいかないだろうが、懐疑的な部分もある。
コウはそう感じていた。
最初のデートをすっぽかされた事を、忘れた訳では無い。
なぜ、あの日、あの場所にいたのか……今の二人の関係を壊してしまいそうな懸念は、心の奥底に棘のように刺さっている。
だが、コウは自覚してしまった恋心で、その棘を包み込む。
(何か問題があるなら、二人で解決! ……する方向で、何とかなっていきたい)
***
「ターゲット、移動開始しました」
「どこへ向かうつもりだ?」
「駅へ向かっています……オペレーションセンター方面へ向かうようです」
「取り込まれたのか?」
「いえ、そういう雰囲気ではありません」
「一度、シライを確保するか……」
「まだ様子を見なさい」
突然、これまでとは違う女性の声が割り込んできた。
「室長? どうやって……?」
「私の部屋からモニタしています」
「これは警備部の仕事のはずですが?」
「くだらないセクショナリズムは、私達の組織は捨てたはずでしょ」
「そうですが……この事は、うちの部長にも報告しても?」
「当然です。問題ありません。私はシライの上司として、提案したまでの事」
「はぁ……解りました。それでは、当面、今の状況で監視を続行するという事で」




