第2話 疑問(2)
「そ、そう」
(やばい、踏み込みすぎた!)
コウは脂汗を浮かべながら、話題を終わらせる方向を模索する。
とりあえず、世間的に悪者とされてきているテロ集団の方に話を向け、
「仕事柄って言うだけじゃないんだけど、僕はAM2Cの言っている事が嫌いなんだ。『造られた魂が感じる幸せは人を堕落させる悪魔の所業』って、人が幸せを追求する気持ちを全否定しているよね。たとえそれが『造られた魂』だったとしても、幸せになりたいっていう気持ちは大切だと思うんだよ。その幸せよりも、飢える苦しみがいいって言うなら止めないけどさ。テロを起こしてまで他の人を巻き込む必要は無いよね」
コウはユキナがAM2Cに所属している事を知らない。
AM2Cはカルト的な部分も持つ反対派の組織という事で一般的には認識されているので、コウとしても、特に抵抗無く批判をしたつもりだったのだが……
ユキナは、自分が所属する組織を全否定するコウに、何も言えなくなってしまった。
「肉体を捨てたくないというなら、そうすればいい。僕たちは嫌がる人を電子の世界へ送ったりはしない」
そう言った後、コウは、ようやく強張っているユキナの表情に気が付いた。
(完全に失敗した!)
少なくとも、デートにふさわしくない話題だった事には間違いない。そして、政治的な思想とも言うべき所まで踏み込んで話してしまった。気まずい空気が流れる中、コウは思い切って、「変な話になってごめんね」とユキナに謝り、トイレにと席を立った。
一方、ユキナはコウが焦ってしまったという事にも気が付かず、自分の思いに沈んでいた。
(『電子の世界という魂の牢獄』……お父さんは、そう言っていた)
父の言葉を思い返していたユキナは、その真逆のコウの言葉に動揺していた。
(これが世界の真実?)
ユキナにとっては自分が深い疑問を持たないまま、両親や組織の言う事を絶対的な知識として、これまで生きてきた。それが楽だったから――
両親を失い、天涯孤独になったユキナにとっての拠り所だったから――
それでも、
(私は……愚かなんだろうか……)
そういう思いに囚われてしまっていたのだ。
コウが戻ってきても、ユキナの表情は硬いままだった。コウは、それを少しでもほぐそうと、
「僕たちは、コロニーで幸せになりたいって思っている人の手伝いをしているだけなんだよ」
と、安心させるように満面の笑顔をユキナに向けた。だがユキナはその言葉を噛みしめ、益々自分の思いに沈むのであった。
***
ユキナの両親が、教会が開催するミサに初めてユキナを連れて行ったのは、長い闘病生活を経て、ようやく小学校へ通えると判断された頃だった。そこで両親は自分たちを指導してくれる人として教授を紹介した。
電子世界への移行という技術が発表された直後で、日本では懐疑的に捉えている人も多かった。だが、電子移行が先進国の最優先の政策課題となり、世界の人口が三十億人を切った頃から、その様子は一変した。
教会はAM2Cへ参画し、明確に電子移行に対し異を唱えるようになった。そして、両親もより攻撃的な発言を繰り返すようになったのだ。
『肉体を捨てる』
両親にとっては、重病を患い何度も生命の危機を乗り越え、臓器の移植までしてつないできた娘の大切な肉体。これが損なわれるという事は、どうやっても受け入れる事が出来なかったのだ。
常識的な親戚や両親と仲の良かった友人達は、オペレーションセンターへいき、電子移行がどういうものかという事を一緒に聴きに行こうと、ユキナの両親を何度も誘ったのだが、「洗脳される」と頑なに信じていた両親は、終いには誘ってくる友人達に罵詈雑言を浴びせる始末だった。
結局、何度も説得してくれようとした人たちとの関係は改善する事もなく、彼らも、自分たちの番が来ると移行をしてしまい、気がつけば意固地になった両親を支えるのはAM2Cだけになってしまった。
そんなある日、ユキナの両親は、事故であっけなく死んでしまったのだ。
(移行していれば、一緒に暮らせていたのかな?)
突然、天涯孤独な身になったユキナは、どうしてもその思いが消えず、熱心な信者であった両親の遺児という事で面倒を見るようになってくれた教授に対しては恩義を感じつつも、AM2Cとしての活動には深く傾倒する事はなかった。ただ、AM2Cから離れる程の意思もなかったため、自分が属しているコミュニティという程度の感覚でいたのだ。
その自分の居場所とでも言うべき組織そのものの活動を否定するコウに対してすら、ユキナは何の反論の言葉も持っていない事に気がついてしまった。
(結局、私は流されているだけだ……)
電子移行に関する話題は、注文した料理が運ばれてきた事でうやむやになった。昼食を食べた後、ユキナおすすめのスイーツが運ばれてきた。
少しギクシャクした空気もあったが、スイーツを話題の中心にする事で、二人はあえて先ほどの会話はなかったかのように振る舞った。
甘いものが苦手なコウは、表情一つ変えずに完食した。
そして、カフェを後にし、いくつかデートマニュアルに載っていた店を巡った後、
「今日は楽しかったよ!」
「はい、知らないお店を教えていただき、ありがとうございます」
「ガイドブックに載っている店ばっかりだけどね」
そう言って、コウはネタをばらす。
「いえ、私、ほとんど学校との往復ばかりだったので、すごい新鮮でした」
「ああ、僕も毎日、職場との往復だけだったしなぁ」
「ふふ、一緒ですね」
「もし、よかったら……」
コウが少し緊張気味に話しかける。
「また、今度、一緒に出かけない?」
― 行動せよ
ユキナの脳裏に組織からのメッセージがよぎったが、それを振り払い、
「是非! お願いします」
その返事を聞いて、コウはほっとしたように肩の力を抜き、
「よかった。それじゃ、また連絡するね」
「はい」
こうして二人は、これから夜勤だというコウとオペレーションセンターがある駅まで一緒に帰り、解散した。
ユキナが帰宅した瞬間、ユキナの携帯端末へメッセージが入った。
(シライさんかな?)
そう思ったユキナの目には冷たいメッセージが飛び込んできた。
送信者: (なし)
件名:(なし)
本文: 引き続き、行動せよ
(監視されていた?)
文面からユキナはそう感じ、メッセージに対して返信をした。
『監視をしていたのですか? シライさんを巻き込みたくありません。 食料供給が壊滅したってどういう事でしょうか』
すぐさま、今度は少し文面を変え返信が来る。
送信者: (なし)
件名:(なし)
本文: 世界は間違いなく滅びに瀕している。行動せよ。
(何を信じればいいの?)
返信を受けて、どうすればいいのか悩んでいるユキナの元へもう一通メッセージが届く。
送信者: (なし)
件名:(なし)
本文:
本文に何も書かれていないメッセージには、今日、コウと待ち合わせた街にある映画館の電子チケットが添付されていた。そこへ、コウからメッセージが入る。
『ユキナちゃん! 今日はお疲れ様! 来週、また一緒に出かけない?』
(なんというタイミング……)
ユキナは少し逡巡した後、
『映画のチケットを知り合いからいただきました。もしよろしければ、映画を観に行きませんか?』
『それいい! お金は後で払うから!』
ユキナのメッセージに対して、コウの返信は早かった。
ユキナは映画のタイトルを伝え、チケットは貰った物なので代金も不要だと伝えた。
『本当? だったら食事代だけでも出させて!』
その後、何回かのやりとりで、待ち合わせを決める。
「情報を聞かなきゃいいのよね。ただ、一緒に映画を見て、食事をするだけ。組織は関係無い」
ユキナは自分にそう言い聞かせた。




