第2話 疑問(1)
「すでに世界の産業構造は、残された人々に安定した食料供給が出来ないくらい落ち込んでいる」
「え?」
ユキナは意味が分からず聞き返してしまった。
その様子を見てコウは少し丁寧に説明を始めた。
「実際、世界の食料供給を支えているのは、僕が務めているオペレーションセンターなんだ」
「やっぱり……あの噂は本当なんですか!」
ユキナが思わず腰を上げ、声を荒げる。
「この間も言ったけど、それはデマだよ。電子移行した後の身体が人類のタンパク源になっているなんて、あり得ないでしょ」
ユキナにコウは優しく微笑む。
コウの反応に拍子が抜けたのか、辺りを見回した後、少し赤面をしながら腰を下ろした。個室のため、少々騒いでも、他の客に咎められる事は無い。
「でも、それじゃ、移行した人の遺体は、どうなってるんですか?」
「遺体ではなく、魂が移行した後の身体ね。公式アナウンス通りに、専用の施設でバクテリアを使って自然に還しているよ。まぁ、そのために海に栄養が回り過ぎちゃっているというのは問題だけどね」
海が富栄養化している問題も含めて、オペレーションセンターでは公式にアナウンスしている。だが、海が富栄養化した事による影響は短期的な問題であって、人類の移行作業が完了したあとは、その供給源がなくなるため、数年で安定する「些細な」事象とされていた。どちらかといえば、人類がいなくなる事による影響……とくに温暖化した状態からの急速な改善が齎す気候への影響を懸念する声の方が大きくなっている。
「公式サイトにあるように、僕ら移行オペレーターは、身体に触れる事も無い。全てロボットが対応するようになっているんだ。オペレーションセンターでは、身体の尊厳は可能な限り守った上で自然に還している。人類がほとんどいなくなった後のこの地球にも、僕らは責任を持つべきという観点で、これまでも準備してきたんだ」
そこまで聞いて、ようやくユキナは強張ってしまっていた身体の力を抜いた。
「すみません……そうなるとオペレーションセンターが食料供給を支えているっていうのは、どういう事なんでしょうか?」
「第一次産業の崩壊は世界の人口が三十億人を切ったあたりから始まっていたんだ。その世界人口は今や十億人を切ってしまっている。第一次産業を担う労働力は事実上消滅し、悪いことに、これから新たな生産者が生まれる事はない」
「工場で作っているものもありますよね?」
「それはオートメーション化されているから、まだ大丈夫なんだけど……十億人分のお腹をすかせた人類を賄うには全然足りないんだ」
「そうなん……ですか」
作る人がいなくなったという事が具体的にどういう事なのか、ユキナも理解し始めていた。
「現在の食料供給率を維持するためには、徹底的に電子世界への移行を急がなければならないんだ。工場で作る事の出来ない肉や魚などのタンパク源は、すでに冷凍で長期保存していたものを供給する事で誤魔化している」
「そんな……」
「今後、人口がさらに減れば農産物については食料供給が追いついてくるんだけど、それはあくまでも数字だけの話で、全世界への供給には流通の手が足りなくなってきた」
人口が一定規模を割った時点で、流通が止まる。流通が止まれば、たとえ人口対比で食糧供給が間に合ったとしても、現実的にそれを配布する手段が無い。
コウの言っている事はこういう事だった。
コウはコーヒーを一口すすり、喉を潤した上で、言葉を続ける。
「今残っている人は、単に順番を待っているか、移行しないと決意をして、自給自足の準備をしている人達、それと、そもそも科学文明の恩恵を受けていない一部の少数民族だけなんだ。正直な話をすると、地球に残るつもりがあるなら大学なんて行っている場合じゃない。自分専用の畑でも準備して自活していく準備を始めていないとならない時期に来ているんだよ」
「じゃあ、なんで移行反対派の人たちは反対運動を今も続けているのでしょうか?」
「一部の狂信者を除いて彼らは何らかの利益があって、そう言っているんだろうと、僕たちは思っている」
「何らかの利益? どういう……?」
感情的なものだと思っていたユキナは、コウの言葉に素直に頷けない。
「だって、人類がほとんどいなくなるんだよ。残った『権力者』は、自動的に全世界を支配する権力者って事になる。でも、残った人類が少なければ、権力者にとってはうまみが無い。自分たちがここに残って快適な生活を享受するためには、コントロールが簡単で搾取が出来る民衆が必要というロジックなんだ」
「うそ……」
「うそじゃないよ。先鋭化してテロリスト化している一部を除いてAM2Cのトップと|オペレーションセンター《うち》のトップは定期的に連絡を取り合っているみたいだよ。当然、食料供給の実態も知っているはず。その事実を知ってもなお反対運動を続けているという事は……そういう事だろう」
「なら、なんでそう発表を……」
「一部の狂信者がテロ行為をしていなければ、すぐにでも発表していただろうね。でも、今のタイミングで発表なんかしたら……人口が減れば減るほど、自分たちの生存が難しくなることを知ったら……テロが激化するだけになってしまうんだ」
「まさか。そこまで自分勝手な……」
「でも……こんな話は、公式発表はしていないだけで、インターネットを探せば、いくらでも転がっているよ」
そう。
この程度の情報は、探せばいくらでも転がっているのだ。
コウの視線にユキナは、
「うちは、親がインターネットの情報は嘘ばかりで、信じない方がいいって言っていたので、ニュース以外、あまりみていないの……」
「随分……古風なご両親なんだね」
そういって、少し言い過ぎたかと、コウは言葉を詰まらせた。
「まだ、私が子供だと思っていたのかもしれない……でも死んじゃったから……」
コウは地雷を踏み抜いてしまったようだった。




