第1話 世界の真実(5)
(シライさん、優しいな……)
若い男性と二人で出かけるという経験が初めてだったユキナは、コウのさり気ない優しさに感心していた。
歩道を歩く際に車道側を歩いてくれたり、店に入るタイミングで先にドアを開けてくれたり……ほんのちょっとした気遣いなんだろうが、ユキナはコウのそんな動作を好ましく感じていた。実際には警備部の監視班が、車の流れや、往来の人、さらには各店舗の出入りまでコントロールする事で、ユキナをエスコートするコウを、さらにエスコートしていたのだが、それは陰なる者たちの報われない努力の成果だ。
(歩道を歩く時は車道側で、でも動きはさりげなく……)
昨夜までにネギ先輩と打ち合わせをしていたコウは、必死になってデートに際し自分に課したルールを守ろうとしていた。さりげなくというポイントが非常に難しいのだが、ユキナの反応を見る限り、そこはうまくいっているのだろう。コウはそう考え、最初の約束でもあったスイーツのおいしいカフェの扉を開けるのであった。
***
予約を取っていない場合、昼食時間帯では待たされる事の多いはずの店で、コウ達はスムーズに奥の個室に案内されるなどの偶然も重なりデートは順調だった。
会話も、最初のデートらしく、少しギクシャクする部分もあったのだが、紆余曲折はあったにせよ、そもそも、お互いの波長は合っていたのであろう。いつの間にか、ぎごちなさは消え、自然に笑い合い、たまに軽口が出るようにもなっていた。
その気安さからなのか、本来は初めてのデートでするべきでは無いような会話に二人は踏み込んでしまう。
それはコウの一言から始まった。
「ユキナちゃんは、大学を卒業してから電子世界へ移行する予定?」
「え?」
その一言でユキナの表情が強張った。
職業柄、コウにとっては普通の会話であったのだが、表情が硬くなったことを感じたコウは少しでも和らげようと、
「ああ、ごめん、プライベートな話だしね。ほら、僕は移行オペレーターだからさ。そのうちユキナちゃんを担当する事も……」
「移行する事が前提なんですね」
(あれ、なんか地雷を踏んだ?)
コウはユキナの表情が更に強張ったのを感じた。
「私はまだ移行するか決めていないんです」
自分でも何となくそうなるんだろうと、考えていた薄っぺらさを指摘された気になったユキナは、意地を張ったような答え方をしてしまう。だが、それに対しユキナの思ってもいない方向でコウは反応してしまった。
「ユキナちゃん。こういう言い方は気に触るかもしれないから、最初に謝っておくね。でも、この時期に『決めてない』というのは、ちょっとまずいんだ」
「どういう事でしょうか? 移行するかしないかは、個人の自由ですよね?」
コウが急に真剣な顔をしたため、戸惑いつつも、一般的に言われている移行は自由だという言葉を盾にユキナは聞き返した。
だが、
「それはその通り。法で決められている特殊な状況を除き、僕たちは強制的に人を電子世界へ移行させたりはしない」
「なら、決めていないというのも、自由なのでは……?」
「そうじゃないんだ。もう決めていないと、色々な事が間に合わなくなるタイミングに来ているんだ」
「え?」
何を言っているのか解らない。そんな顔をユキナはした。
「ユキナちゃん、現時点の世界の人口を知っている?」
「先月、十億人を切ったってニュースで……」
「そう、そして四ヶ月も経たないうちに九億人を切る。もう電子世界への移行は最終局面に来ているんだ」
「最終局面だからこそ、人類として生きるって事に迷っていたって……」
「どちらを選ぶにせよ、タイムリミットがある。僕らは最終的に人類の人口は一億人弱まで落ち込むと見込んでいた。だけど、今ではこれは、かなり楽観的な数字になるだろうと言われるようになってきたんだ」
両親から聞いていたのは数億人になった『神に選ばれた』人類が、やがて地球を支配する――
そんなお伽噺だった。支配といった非現実的な事は信じていなかったが、それでも移行をせずに残るという選択をする人間は数億人はいると思っていたのだ。ユキナの認識では、十億人を切ったという事は、移行そのものが間もなく終わるというものであった。
「すでに第一次産業が崩壊している事は知っているよね」
「はい……政府の発表では……ですよね」
政府が不必要に煽っているだけ。
ユキナはそう聞かされていた。
「違うんだ、政府の発表はパニックを抑えるために表現を控えめにしているんだ」
「どういう事でしょうか?」
「すでに世界の産業構造は、残された人々に安定した食料供給が出来ないくらい落ち込んでいる」
コウは世界の真実をユキナに突きつけた。
次話より第2章第2話に入ります。




