第1話 世界の真実(1)
本日より第2章。
いきなりすれ違ってしまったコウとユキナを、どうか生暖かく見守ってください。
ユキナとのすっぽかされたデートから一ヶ月が過ぎた。
「ふあぁぁ」
盛大な欠伸をするコウにネギ先輩は、
「若者よ! たるんでるぞ。今日もノルマで大変だ。気合を入れていかないと」
「だって今のカップル、移行シークエンスに入るまで、長かったんですよ」
移行は肉体との別れとなるため、直前で中止をしたり、最後の決断までが長くかかったりするケースが多い。これをうまく捌く事こそ、オペレーターの技量というものである。
「珍しいな、お前がそんなに時間をかけるって」
「なんか、あれからカップルの移行が苦手で……」
苦手なんじゃない。羨ましいだけだった。
イチャイチャしやがって、このリア充め!
そんな死語になった言葉で罵倒するくらい、今のコウにとって、若いカップルが二人だけで移行するというのは毒になっていた。
「なんか、みているだけでイライラするって言うか……でも、早くいけと急かすのも、なんか違う気がして」
「まぁ……そうか……すまん、今の俺にはお前の気持ちは解らん!」
(今の?)
ネギ先輩の言葉に、少し引っかかりながらも、コウは移行室の手前にある待機室にいる移行者対して、移行室へ入るよう指示を出す。
「長くても、俺達は移行まで、三年ちょっとだ。その後でゆっくりといい女を探せ」
「そうなんですけどねー、あー、生身のうちに一回くらい彼女が欲しいー! せめて女性の温もりを……」
「連れて行かんぞ!」
コウの言葉に、ネギ先輩が少し動揺する。
「どうしたんですか、先輩」
「いいから、ほら、移行室にお客さんが入ったぞ」
「あ、はい」
先輩の言葉に、端末に向き合ったコウは――
(あっ!)
「先輩! そういう意味じゃないですからね」
「解った! そんな事を大声で叫ぶな!」
その様子を業務棟地下にある秘密の会議室でモニタしていた男がいた。
「最近、俺も行ってないな……」
誰もいない部屋で、男はボソっと呟く。
一ヶ月が経っても、コウの監視は解除されていなかったのだ。
***
「ふあぁぁ」
ユキナは大学の講義室で盛大な欠伸をしていた。
その様子を見て、近くに座っていた女子が、声を掛けてきた。
「なーに、ユキナ? 欠伸なんかして! 昨日は彼氏?」
「だから、私には彼氏なんていないって」
「何言ってるの、バレバレだよ。ここ一ヶ月くらい、毎日スマホを見ては、溜め息ばっかりじゃん……あ、ごめん。もしかして、もめてるの?」
「本当に、そんなんじゃないから……」
ユキナにとって、一ヶ月経った今でも、あの出来事はトゲのように深く心に刺さったままだった。さすがに、突然誰かが部屋に入ってきて逮捕をされてしまうような恐怖は薄れてきたが、コウに対する罪悪感は増すばかりだった。
そこにセリがやってきて、
「ユキナ、おはよう。どうしたの?」
「ううん、なんでも……」
「セリ、おはよう。ユキナが大きな欠伸をしていたから、彼氏と夜更かししていたんじゃないかって、からかっていたんだけど……もしかして、まずかったかな?」
仲の良い気安さからか、ユキナが前にいるにも関わらず、友人はそんな事を言いだしたが、
「あ、やっぱり寝不足になっちゃった? ごめん、ごめん。私の事で昨日は遅くまで電話に付き合ってもらって」
「なんだ、セリと電話していたんだ」
「そうなの。色々と悩みがあってねぇ」
セリがそう言うと、友人は目の色を変えた。
「もしかして、ついにセリに男が?」
「そんなんじゃないけどさぁ」
そう言いつつも、セリはユキナをチラリと見た。
(ありがとう)
ユキナはセリと目が合うと、ちょっとだけ頷くような仕草で誤魔化してくれたセリにお礼を言った。
「ターゲット、異常なし……これ、いつまで続けるんですかね」
「黙って仕事しろ」
「いや、言い方を間違えました。いつまで続けていいのでしょうか! 自分としては、ずっとでお願いします! ユキナちゃん、マジ、天使です」
ユキナへの監視も、コウと同じように続いていた。
***
「コウ! 俺の移行日が決まった!」
ユキナとコウが同じように、それぞれの思いに沈みながらも日々を過ごしていたある日、そう叫びながら、ネギ先輩がコウの元へ駆け寄ってきた。
「移行日? 先輩がですか?」
電子世界への移行は犯罪者も含め、希望する全人類が対象となっている。このため、当然、オペレーションセンターの職員も移行を希望する事は可能だ。だが、人類減少に伴い移行のスピードアップが必須となっているため、特にオペレータの移行は希望しても中々認められるものではなかった。
「どうして、先輩が……」
「実は、彼女の家族の移行が決まっていて、それに引っ張られる形で俺の移行も許可されたんだ」
「先輩……彼女いたんですか!」
「あれ、言ってなかった?」
「聞いてないですよ!」
「そうか、悪い! 実は、最近彼女が出来たんだ」
(ユキナちゃんの事で落ち込んでいる僕を置いて、自分だけ彼女が出来るなんて……)
コウにも勿論、祝う気持ちはあるのだが、それよりも、自分を置いて幸せになるという理不尽さに、ネギ先輩をジト目でみつめてしまった。
「そんな顔をするな。幸せが逃げるぞ」
「逃げるも何も、手元に来てませんからね。僕なんか、もう、完全に最終便コースだと思って、食料を買い漁っているんですよ」
「ああ、まぁ、頑張ってくれたまえ。俺も溜め込んだ食料があるから、それを分けてやるよ」
「それは遠慮なく頂きます」
全人類の移行の終末期には、食料供給が滞る事が見えているため、その時期に移行予定の人や、移行を拒否している人は、食料の備蓄を始めている。
「俺も、現実的には最終便の方だと思っていたんだけどな。彼女の親が電子世界から早期移行指定を受けて……」
特定分野の学者や研究者などの優秀な人材は、人類全体の利益のため、自分の意思とは別に、どの時期まで現実社会に残るべきか、どの段階で電子社会へ移行するかを指示される事がある。これは、半ば強制的な指示であり、自主的な移行を標榜するオペレーションセンターでも例外的な措置とされている。
「それじゃ仕方ないですね。早期は、なるべく同行を希望する人を優先する……って、それじゃ、先輩は、結婚?」
「ああ、そうなる……かな」
「でも、彼女が出来たばかりって」
「まぁ、こういうのは勢いが大事だし」
オペレーションセンターでは、家族や親しい者達が同じタイミングで移行する事を強く推奨していた。これは、移行した者、残された者が分断される事で混乱しないようにという配慮からだった。小さな田舎の村では同日に一斉で移行したという話もあるくらいだった。
婚約者の同行が積極的に許可されるのも、この原則に従っている。
「くそー、いいなー! あー、僕も彼女が欲しいー」
思わず、コウは天を仰いで情けない心情を吐露した。
「ま、そういう事だから、送別会をやってくれ」
「えー、そういうのは無い職場じゃなかったでしたっけ?」
「俺とお前の仲だろ」
「まぁ、そうですね。わかりました……早速一回目、今日の夜にでもどうです?」
数年は会えなくなる仲の良い先輩を見送るのに、一回で済ませる気は全く無いコウであった。




