第4話 動揺(4)
ピンポーン!
ユキナの部屋のインターホンが鳴った。モニタに映っていないという事は、すでに鳴らしている相手はユキナの部屋の目の前にいるはずだ。
ピンポーン! ピンポーン!
しばらく反応がなかった事に、インターホンを鳴らした人物は苛ついたのか、今度は少し荒々しく何度も連打をしたみたいだ。
そんな中、カーテンを閉めた薄暗い部屋の中央で、ユキナは膝を抱えて眠っていた。自分が捕まるかもしれないという恐怖に怯え、満足に眠れなかった2日間を経て、とうとう、意識を失ってしまっていたのだ。
ガンガン! ガンガン!
「ユキナ、いるんでしょ! 大丈夫!? ユキナ!」
外からはドアを叩く音とともに、女性の声が響く。
「ユキナ、いるんでしょ! 大丈夫? ユキナ!」
外にいるのは、週末から連絡が取れず、朝の講義にも欠席したユキナを案じてやってきたセリであった。
「開けられますか?」
「さすがに私だけでは……せめて家族の方の許可か、警察の立会が……」
一緒にいるのは、玄関のセキュリティに引っかかり中に入れなかったセリが、業を煮やし連絡をとった管理会社の社員だ。管理会社側でも若い女性が、2日間も連絡が取れないという事を重視して、万が一を考えて寮まで社員を派遣したのだ。
「でもユキナの家族は他界しているし……もし、中で倒れていたら……ユキナ! ユキナ!」
もう一度、セリはドアを叩いてみた。その時……
「い、います! 生きてます! 開けないで!」
「ユキナ!」
外の騒ぎで、ようやく意識を取り戻したユキナがドア越しに、外に向かって叫んだ。久しぶりに出した声は枯れていて……
「ユキナ、心配したよ! どうしたのその声? 風邪を引いたの?」
「う、うん……そう……ちょっと寝込んじゃって……ごめんね」
「大丈夫なの? あ、はい……お願いします」
「管理会社の者です。特に問題ありませんか? また、今回ご一緒されているのは、ご友人と名乗る方ですが、念のため間違いないかだけを、ご確認いただきたいのですが、よろしいですか?」
「は、はい。大丈夫です。セリは大学の友人ですので……」
「そうですか……あと、出来れば、安全確認のため、中を確認させていただきたいのですが」
「あ、ごめんなさい。寝起きなので、出来れば……」
「そうですか……わかりました」
その後、セリと管理会社の社員が何か話していたようだが、ユキナの方には聞こえてこなかったが、少し経って、
「ユキナ。私が中に入ってあとで連絡するという事で、管理会社の人には帰ってもらったけど……私は中に入れてくれないかな……この週末、ユキナに何かあったんじゃないかって心配していたんだよ……一生懸命、良い方に考えて、今日会うのを楽しみにしていたんだよ……」
と、ドア越しに聞こえてくるセリの涙声を聞いて、ユキナはドアのカギを開けた。
ガチャリ
ゆっくりとセリがドアを開け、中にいたユキナを見る。
「ユキナ……どうしたの……ひどい顔……」
「セリ……」
仲の良い友人の顔を見て、とうとう張り詰めていた精神の糸が切れたのか、ユキナは座り込んで子供のように大声で泣き出してしまった。
***
「ユキナ」
「うん、ごめん」
「落ち着いた?」
「うん」
急に泣き出したユキナをセリは静かに抱きしめていた。そして、こんなに不安定になってしまった友人を支えようと、セリは強く決意した。
「ユキナ……辛いだろうけど、まずは病院へ行こう」
「え? なんで?」
「二十四時間以上過ぎちゃったので、アフターピルは、もう効果が無いかもしれないけど……それと、これはユキナ次第だけど、私はこの後、ユキナが自分の人生にちゃんと向き合っていくためにも、警察に行ったほうがいいと思う」
「警察! なんで!」
警察という言葉にユキナは怯えて、セリを突き飛ばしてしまった。そして部屋の角にあるベッドへあがり布団を抱えてしまった。その姿をみて、精神的に深く傷ついてしまっているユキナを怯えさせてしまったと、セリは激しく後悔した。
「ユキナ! ごめん。ユキナの気持ちを考えると、まだ無理よね。うん、無神経だった。もう言わない。でも、病院には行こう! 手遅れになったら大変だし、変な病気とかも怖いし……」
警察という言葉に反応し、布団に包まってしまったユキナだったが、セリが繰り返し病院と言う事に、ようやく話が噛み合っていない事に気が付いた。
「セリ? 病院って……何の?」
「祖母の代からお世話になっている婦人科なので、大丈夫。信頼もできるし、怖く無いと思うよ。今の先生は女の先生だし」
「婦人科?」
「そんな心配はしたくないけど、ちゃんと産科もあるから大丈夫」
「産科?」
「そう……あ、さすがに帰ってからシャワーとかは……浴びちゃってるよね。証拠はもう無理か……」
「シャワーは浴びているけど、セリ、何か誤解していない?」
「それでも傷が残っていれば、証拠に……でも警察はまだ無理だろうし……ああ、どうしたら、いいんだろう」
ユキナの問いかけにも、セリは自分の思いに沈んでしまっていて、気がついていない。それどころか、ユキナがいるベッドに近づき、そしてもう一度、ユキナを抱きしめて、
「辛いよね。苦しかったよね。ごめんね、すぐに来なくて……ずっと一人にしちゃって、ごめんね」
と、泣き出してしまった。
セリの誤解を解くのに、それから三十分はかかった。
「で、何? デートをすっぽかした事に落ち込んで、引きこもったの?」
「う、うん」
「呆れた! どれだけピュアなの! そんなの、一言謝って終わりじゃん。気まずければ、二度と会わなければいいんだし」
「う、うん」
「もう、私はてっきり、そのシライって男に可愛いユキナが手籠めにされたかと……」
「手籠めって古い……それにシライさんはそんな人じゃないし……」
「そんなもの、わからないじゃない。男なんて、結局、すぐヤりたがるし」
セリは自分の言葉に、なぜだか、余計ヒートアップした。
「それで、落ち込んだユキナは結局どうする事にしたの?」
「う、うん……ちゃんとお会いして謝りたいんだけど……時間も経っちゃったし……今更だし……それに……」
(一般開放エリアに忍び込んだ事が知られてしまっている……)
さすがに、セリにそこまでは説明出来なかった。だから、どうしても歯切れが悪くなってしまう。
「よし、だったら……忘れよう! ユキナはこの週末、何の約束もしていなかった。先週、シライって人とも知り合っていない。全部、リセット。封印。連絡先は二度と合わないフォルダ行き……いや、それじゃ生ぬるいな……連絡先の削除と、相手のブロック。ここまでやっておけばいいよ」
「え、だって悪いのはこっちだし」
「いいの、いいの。どうせ、まだ希薄な関係でしか無いし、二度と会わないって考えれば、封印しておけばいいの。忘れちゃおう!」
セリの言葉に頷きつつも、ユキナの不安は、解消される事はなかった。
セリとの会話―― というより人と接した事で、ユキナは、少し気持ちが日常に戻り、警察につかまるかもしれないという恐怖を、コウに対しての罪悪感にすり替えていた。ユキナ自身はその自覚はなかったのだが、その罪悪感のせいか、完全な封印を前提とした連絡先の削除と相手からの着信拒否を設定しようとするセリに対して抵抗をした。その結果、『二度と会わないフォルダ』を作成し、コウの連絡先を、そこに移動させるという事でお互いの妥協点を見いだしたのだった。
(いつか、どこかで偶然に出会うことがあれば、ちゃんと誠意をもって謝ろう……)
いつのまにか陽が落ち始めた景色をみつめ、ユキナはそう誓うのであった。
***
同時刻。
ユキナがいる寮の反対側の建物の一室。
『……ピッ……ガッ……ガッ……プツ……ザッ……員の配置完了。窓から監視対象者を視認。これより、B班はマルタイの動向監視に入ります』
『了解』
『通信関連の傍受には、女子寮のため周囲の部屋の確保が難しく、いつもの通り下水道から回します。準備に……あと三十七時間』
『事情は理解している。急げ』
『はっ。以上、通信終了します』
第4話は以上です。
明日から第2章に入ります。
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