第4話 動揺(3)
「はい、大丈夫です。説明をした所、素直に帰ってくれましたが……本当に良かったんでしょうか?」
一般開放エリアの警備職員は、白髪の先輩からユキナの件で散々叱責を受けた後に、やや納得がいかないまま、コウについての判断について確認をした。
「この件については問題無い。シライに関しては限りなく白に近いグレー、女性に関しては白と見ている。だが、可能性はゼロでは無いため、当面は監視を付けるという判断に至った」
「そうですか。それでは、いつもの通りに……」
「ああ、すでにチームは編成した。今後は、手厚いケアで暖かく見守る」
「そうですか……シライさんも、若いのに可哀想ですな」
「二人に疚しいことが何も無ければ、誰も傷つかないまま終わるよ。監視チームは、甘い青春ドラマをリアルで鑑賞する事になりそうだが……あいつらにとって毒にならなければいいのだが……」
「確かにそいつは辛そうですね。ところで、監視はいつまで続けるつもりでしょうか?」
「疑いが晴れるまで……あるいは、リミットまでだな」
「そうですか……長くなるかどうかは、先方次第って事ですな」
「そういう事だ」
リミット……この施設において電子移行を完了するまでという有限期間。監視をする立場にとっては長い話だが、人類のこれまでの歴史を考えると、終末までは、もうほんの少しの時間しか残されていない。
***
寮に戻るまでの間、いつ、警察に囲まれるのだろうと、ユキナは気が気でなかった。このまま、どこか遠い所へ逃げ出すという事も考えたが、主に金銭的な問題でそれは現実的では無かった。
それでも、寮の玄関に人影でもあれば、逃げ出していただろう。だが幸いにも、寮の玄関付近は、いつもの通り、閑散としており、ユキナは誰にも会うこともなく、自分の部屋に帰り着くことができた。
(警察に捕まる? どうしよう……どうしよう……)
部屋に着いても、ユキナの心が落ち着く事は無かった。
地下鉄に乗ると同時に届いた、コウからのメッセージ。
そのメッセージが、ユキナの心を粉々に砕いたのである。
メッセージを確認した時点で、ユキナは携帯端末の電源を落とした。これ以上連絡が入る事に耐えられそうもなかった。
(なんで? ……シライさんは、私がオペレーションセンターに行った事を知っているの?)
その日から、ユキナにとって眠れない夜が始まった――
***
悶々とした週末をやり過ごし、月曜日にコウはいつもの通りの出勤をした。
もしかしたら地下鉄で偶然に出会うんじゃないだろうか――
そんな期待もしていたが、奇跡は起こらない。
(他の車両に?)
(一般開放エリアに?)
職場への移動中、そんな出会いに期待しつつ歩いたが、何も起こらないまま、コウは自分のデスクに座り込んだ。
「結局、すっぽかし?」
コウの様子をみて、先に出社していたネギ先輩が話しかけてきた。
「すっぽかしですよー、先輩! ネギ増しニンニク増しにチャーシューも!」
「仕方ない。奢ってやるよ」
実際は改札でユキナとすれ違っていた上、その後、警備室で取り調べを受けるなど、ただのすっぽかしで済む話しではなかったのだが、そこは説明せず、曖昧な笑顔を先輩に向け、自分が担当する移行用のモニタに目を向ける。ネギ先輩も、その表情で何かを察したのか、それ以上話しかけてくる事はなく、自分のデスクに戻っていった。
そこに室長から発破がかかる。
「速報が入ったわ。南米が頑張ったみたいで、今週中に世界の人口は10億人を切る事が確定したわ! うちが足を引っ張るわけにはいかないんだから、みんな、頑張って!」
(あ、今日、最初に見た女性だ……)
絶望的な事実に気が付いたコウは、更に落ち込むのであった。
繰り返すが室長は花の50代独身。いわゆる美魔女だ。
***
「あー、それにしても、ユキナちゃん、キレイだったなー。結局、僕は彼女ができないまま、仕事だけで人類人生を終えるのか……せめて、人類でいる間にデートくらいしたかったな……」
昼食は予定通り、社食のラーメン。
仕事中なのでアルコールは入っていないが、コップに入った水を酒のようにあおり、コウはそのラーメンを前に愚痴っていた。
「コウ、ラーメンが伸びるから喋ってないでさっさと食え。せっかくの俺の奢りだぞ」
「はい、いただきます! うぉ! やっぱり、ここのチャーシュー、うめぇー」
何かを断ち切るかのようにラーメンを一心に掻き込んでいたコウだったが、それでも途中で箸を止め――
「やっぱり、もう電子世界での来世に期待って所なんですかね」
「馬鹿! 冗談でも来世なんて言葉は使うな。コロニーは現世の延長だ。移行者に聞かれたら洒落にならん」
「でも……肉体があるうちに、恋愛をしたいんです。恋人を作りたいんです。Hしたいんです」
「気持ちは解る……すごい解る。だがな、いいなと思う女性は、さっさと彼氏を作って、あっちにいっちまっている。俺達移行オペレーターは、あっちへ行くのも後回し。恋愛対象としては最悪の存在だし、職業を聞いた途端、はいサヨナラというのが現実って事なんだよ」
ユキナが一般開放エリアに来ていた事を知らないネギ先輩は、溜息を吐きながらもコウを慰めてくれていた。それを理解しているコウだったから、ネギ先輩のノリに合わせていたのだ。
(ユキナちゃんは何で一般開放エリアに……)
だが油断をすると週末に繰り返した思考のループに入りそうになる。このままでは駄目だと、コウは、慌ててラーメンに視線を落とした。ユキナがどうして一般開放エリアにいたかを考えるのは、昨夜の時点で止める事にしたのだ。直接、ユキナと話すまでは――
そう、ユキナから説明を受けるまでは、何も考えない。その決意を新たに、ラーメンをすすり、そして――
(そもそも、もう一度会うチャンスはあるんだろうか……ユキナちゃーん)
若者らしい葛藤に苦しむのであった。




