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第4話 動揺(2)

 地下鉄の改札からつながる受付の奥にはエレベーターホールがあり、最上階の十四階まで移動が可能だ。この建物は業務棟と呼ばれ、一階と二階は警備部の執務エリア、訓練施設、倉庫があり、三階が会議室フロア、四階と五階には人事、総務、広報といった管理部門。六階から十二階まである吹き抜け部の中央に電視移行室が七層に設置され、その周囲をやや上方にずれる形でオペレーションルームが設置されていた。さらにその地下には電子移行を完了した肉体を溶解処理するための施設Rルームがある。そこから排水施設を利用して海に流されるのである。


 各階のエレベーターホールから執務エリアに入るには、専用のセキュリティカードと、静脈認証及び生体検知機能付きの網膜認証の三段階認証が必要なゲートがある。このゲートは携行可能な対戦車兵器では突破は難しいと言われている頑丈なものである。


 オペレーションセンターには、この業務棟の横に、四階階建ての小さなビルがある。ここは、遠方から事前に宿泊するための宿泊施設、地下から最上階部分まで吹き抜け構造となっている一般開放エリア(PA)、そして地下鉄の駅が設置されていた。


 もう一つ重要な施設が、一般開放エリア《PA》の下にある。地下二階に当たる部分には、いくつかに区切られた部屋があるフロアがあるのだ。ここは主に終末医療患者が、その家族達が移行するタイミングまで延命するための短期冷凍冬眠を行うための施設となっている。


 現在、業務棟の最上階にある役員専用の会議室で、数人の男女が先ほどの不法侵入についての対応を決めるために、会議を行っていた。


 会議室の天井から吊るされた複数のモニタには、監視カメラに記録された今朝からのユキナの動きが映しだされている。


 ユキナが一般開放エリア(PA)の入口付近で様子を伺っている姿から、駅方面へ逃げていくところまで、さらにはコウとユキナが初めて出会った日の画像を含め、すでにまとめられていた。


「――この女性がAM2Cの工作員の可能性は?」

「動きを見ている限り、こんな間抜けな工作員がいるとは思えませんね」

「そうですね。ゲスト用のセキュリティカードでゲストが立ち入る事が可能なエリアをウロウロする工作員というのは考えられません。この動きに、何か意図があるのでしょうか?」


 モニタにはユキナが受付に戻ろうとした際のエラー音で慌てて走り出したシーンが改めて再生されていた。


「問題となるのは、シライの方だな」

「そうですね。彼がカードを意図的に渡したのか、それともこの女性が盗んだのか……」


 今度はコウがカードを落とした瞬間、そして、コウが立ち去った後、ユキナがそれを拾い上げる瞬間がモニタ上に映しだされた。


「職場での彼はどんな感じだ?」


 その問いに、この場にいる唯一の女性が答える。

 電子移行室の室長だ。


「はい、出自に懸念点はあるものの、これまでの彼の働きぶりからは優秀な職員という評価しか出ておりません。仕事も的確で移行者からの評判も上々です。これまで彼に不審な点は見られません」

「草の可能性は?」

「草? ああ、潜入者という事でしょうか?」


 そして室長は首を傾げる。


「そこまではさすがに何とも……」

「そうか……黒とまでは言えんが可能性もゼロでは無いな……」


 会議室の中に少しの間、静寂が訪れる。

 やがて一人の男がゆっくりと声を出す。


「そうなると、この先、彼が活動を始めるのだけは、防ぐ必要があるな」


 その言葉に別の男が声を出す。


「それなら、順番を繰り上げて、向こうへ送ってしまうか?」


 だが、それには室長が異議を唱えた。


「このフェーズで予定外のオペレーターの減員は出来れば避けたい所です。今回は他のオペレーターへの説明も難しく、希望者を後回しにしての移行となると、彼らのモチベーションも含め、今後の作業進捗に無視が出来ないレベルで影響が出る可能性があります」


 その言葉に、出席者全員がため息を吐く。


「そうか……そうだな……」

「ええ、だからこそ、移行オペレーター(TO)の処遇には神経を使う必要があります」


 室長の言葉に全員が頷いた。

 また別の男が声を上げた。巨漢に白髪という姿が、会議室という場では異彩を放っている。


「監視を付けて泳がせましょう」

「監視、どっちにだ?」

「両方です」


 その提案に一同は頷いた。


「ふむ、そのくらいが、現段階では妥当という処だな」


 この日からコウに監視が付く事が決定し、ユキナについても警備部の準備が整い次第、監視を開始する事となった。


***


 警備室で事情を聴かれていたコウだったが、突然、警備室に電話が入り、帰って良い事になった。


「監視カメラの映像解析の結果、ユキナさんの行動は特に問題は見当たらず、セキュリティカードはシライさんが落とした所が映っていた……そうです」


 少し長めの電話を切った警備員は、コウにそう告げた。


「お騒がせしてすみませんでした。ユキナさんに連絡が取れれば事情は聞いておきます」

「あ、それは大丈夫です。移行も微妙な時期に差し掛かっていますので、一般の方に対して余計な刺激を与えないように……と指示されましたので、そういった連絡はしないようにお願いします」

「そうですか、それじゃ僕もこれで失礼させていただきます」


 コウとしても、そんな事はユキナに告げたくはなかったので、その方が都合良かった。


「お休みの所、お手数をおかけしました。彼女さんにもよろしくお伝えください。あ、あと、セキュリティカードについては始末書を明日、出すように……だそうです」

「まじですか……」

「はい、まじです」


 始末書という言葉にショックを受けたコウは、肩を落としつつも、頭を下げて警備室を後にした。


「シライさんはご帰宅されました」

「そうか、ご苦労。お前は後で上に顔を出せ」


 報告を入れただけで終わるはずだったが、何やら機嫌の悪い白髪の男の呼出に、職員もコウと同じように肩を落とした。


***


 小走りに駅まで戻ったコウは、ユキナにメッセージを送ってみた。


一般開放エリア(PA)に来てくれたみたいですが、すれ違いになったみたいですね』


 そのメッセージにはすぐ既読が付いた。

 だが、コウが帰宅しても、返信が無かったので、改めて、


『何かありましたか? また仕切り直して出かけませんか? 連絡をお待ちしています』


 このメッセージに既読が付く事は無かった。

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