第4話 動揺(1)
『特別民間法人 電子移行オペレーションセンター』
そもそも、テロの標的となるような重要施設を持つ、この組織が一般人の侵入を簡単に許してしまうのだろうか? 答えは否である。
ユキナに指示を出した教授も、セキュリティエリアへの侵入をユキナが果たすなど考えてもいなかったように、侵入された側のオペレーションセンターも、本当に重要な施設への侵入を易々と許すつもりはなかった。
落ち着いて考えれば、コウが紛失して数日経過したセキュリティカードが、そのまま重要施設で使えるはずも無い。だが、当初の計画では一般開放エリアのどこかにセキュリティカードを置いてくるだけのつもりだったユキナは、学生という事もあってそこまで思い至る事もなかった。
ユキナがコウのセキュリティカードを持ち帰った日。
この時点から、すでにユキナは要注意人物としてマークされていたのだ。
そして、オペレーションセンターの対テロシステムは、ユキナが今日、地下鉄を降車した時点で、顔認証によって把握し、複数の移動型監視カメラで状況を全て追跡していたのだ。
「不審者については、関与しない事」
ユキナが一般開放エリアの入口を通り過ぎようとした際に、警備部に通達された指示である。結果、この指示を破って声を掛けた事で、警備員は叱責を受ける事になった。これが二つの意味と説明した、もう一つの理由である。
ユキナが所属している組織の正式名称は全人類反移行会議という。英語名であるAll Man kinds Anti-Migration Conferenceの頭文字の一部をとってAM2Cと呼ばれる組織の目的は情報交換を主とする互助会的な側面が大きい。
電子移行技術の発表から現在に至るまで、様々な理由で電子移行に反対する組織や団体が生まれた。それは宗教的な価値観、経済的な理由、利権などから、全ての国家、地域において反対組織が存在しているといっても過言では無い。
バラバラに活動していたこれら反対組織が、急速に世界の潮流となってしまった電子移行と、その実行組織オペレーションセンターに対抗するために、それぞれの差異を乗り越え、『反対』を旗印に野合する事になった。これが、AM2Cである。
そもそも反対する思想の根底が違うため、一つの旗印の下に集結したからといっても、それは緩やかなものだった。穏健派もいれば過激派もいる。ユキナが所属しているのはアジア圏で活動する規模の大きな組織であった。
その活動は、各地にある教会が中心となり、広報活動と集会程度のものである。
ユキナの両親は、電子移行に伴う肉体の損失という事が許容出来ず、この教会の教義に賛同したことから、組織の一員として活動するようになった。親戚や友人などに対して、電子移行の胡散臭さばかりを一方的に主張し続けたため、次第に周囲から浮くようになってしまい、その事への反発もあったのだろうか、より過激な思想を持つ一派とも連絡を取るようになった事もあったようだ。
その両親が事故で他界し、身寄りのなくなったユキナを後見人として助けてくれたのが、教会で講義を何度も行っていた教授だったのである。
オペレーションセンターでは、教授が国内AM2Cの指導的立場の一人である事から、その被保護者であるユキナが何らかの指示を受けて早朝のオペレーションセンターへやってきた可能性があると判断。
コウが共犯という可能性まで視野にいれ、その目的が単なる情報収集なのか、実際のテロ行為の準備なのかを見極めるために、泳がすという結論に至っていたのだ。
***
「こちらに来てください」
そう言われコウは一般開放エリアの奥にある事務所兼警備職員詰め所に通された。デートをすっぽかした相手が、自分の職場がある駅で電車の中に駆け込んで行ったという事に気を取られていたコウは、状況を全く把握できないまま、椅子に座らせられた。
「シライさん、さっきの方はお知り合いなんですよね」
「え、あ、ああ、タカガミさんですね。ほら、この間、一般開放エリアで待たせてもらっていた方ですよ」
「はい、それは解っています。今、大事なのは、あの方がシライさんのお知り合いかどうか……という事です」
「なんか取り調べみたいですね……」
土日という事もあって、いつもいる白髪の警備員とは違う人だ。この職員も顔見知りではあるが、それほど親しくは無い。そこでコウは警備員の雰囲気を少し和らげようと、軽口を叩いて見たのだが――
「そうですね。そう思っていただいて結構です。正式なものではありませんが、これは取り調べにあたります」
「え、なんで?」
その言葉にコウは狼狽する。
(何か取り調べを受けるような事をしたか?)
コウには心当たりがない。
だが、警備員の真剣な目つきをみると、これは冗談で済ませられるような状況ではなさそうだ。
移行オペレーターであるコウには逮捕権や捜査権は無いが、警備部の職員にはある。民間企業の警備員といっても、オペレーションセンターにおいては、その身分は準公務員扱いであり、警備部の人間は、警察官と自衛官の両方の職責を持つ特殊な存在だ。いわゆる電子移行法の中での職務権限のため、行使できる地域や、状況は限定されてはいるが、捜査権と逮捕権を持つ上に、緊急時には無制限の対人兵器の使用も認められている。こういった背景から、警備部には、防衛省や警察庁、警視庁、各地方警察からの出向者や元出身者がその任についている事も多い。
「これが落ちていました」
「ああ、それは!」
警備員が出してきたのは、先日、コウが失くしたと思っていた一般ゲスト用のセキュリティカードだ。
「見当たらないと思って、探していたんですよ」
(だから怒られるのか……)
「すみません、早く報告をしなければならなかったのですが、どこかにしまってあると思って」
「いえ、それはいいのです。本当は良くありませんが、今は瑣末な問題です」
「瑣末なんですか……」
コウの疑問に、職員は頷く。
「これは、先ほど一般開放エリアの職員通用口側のドアの横にある植木の中に入っていました」
「はぁ」
「そして、そのドアからは、シライさんがユキナさんとお呼びしている女性が出てきたのです」
「はい?」
(なんでこの人がユキナちゃんの事を知っている?)
コウは一瞬、そんな事を思ったが、その事を突き詰めて考える前に、
「ユキナさんは、私が声をかけた所、走って逃げてしまいました」
職員はユキナの不審な行動について、コウを問い詰め始めた。
「……」
「これは、どういう事でしょうか?」
「どういう事……でしょうか?」
コウはようやく、抜き差しならない状況に自分が陥っている事に気がついたのだった。




