第3話 すれ違い(3)
同時刻。オペレーションセンターの一般開放エリア。
土曜日だというのに、一般開放エリアには若い警備員が入口奥のスペースに座っているだけで、誰もいなかった。その入口の手前でユキナは立ち尽くしていた。
(なんで、お客さんが誰もいないの? ここは一般の人が来る場所でしょ?)
民間人への電子移行の啓蒙を目的としたこの施設は、オペレーションセンター設立から七年を経て、ほぼその役目を終えていた。今更、わざわざここに来て、説明を聞くような人も少なく、今年に入ってからは月にニ、三組程度の人しか来ていないような状態であった。移行直前の時間を潰すための専用スペースもあるのだが、その移行対象者も、今日はまだいないようだ。
訪問者がいないのであれば休業してしまえばいいという意見もオペレーションセンター内にはあったのだが、一般開放エリアは法的に設置が義務付けられた施設のため、勝手に廃止する訳にもいかず、現状、年中無休の開店休業という状態に陥っていた。
そして、土曜日の人出にまぎれて中に入ろうと考えていたユキナの計画は、初手から躓く事になってしまう。
(どうしよう、ここから入れないとセキュリティカードを……)
警備員に見られないように、少し通路を戻りユキナは思案する。
もういっそ、この辺りに置いていこうか――
そんな事を考えてもみたが、コウと出会った日を振り返ると、一般開放エリアの中でしかコウはセキュリティカードを見せていない。今更、駅からオペレーションセンターに至る通路上に落ちているのは、あまりにも不自然だ。
ユキナは必死に作戦を練りなおしていた。
(ここからは入れない……どこから……あの日、シライさんは……あっ!)
ユキナとコウが出会った日。ユキナを一般開放エリアの入口で待たせ、コウは通路を進んで行った。そして、セキュリティを解除し、この入口までユキナを中から出迎えてくれた。
(この奥から入れる)
ごくりと唾を飲み込み、ユキナは通路の奥を見つめる。
一般開放エリアの入口を見ると、幸いにも警備員はこちらの方を見ていない。
(この奥に入口がある。そこから入って、その中に置いてくれば……)
あまり不自然にならないように、でも早足で一般開放エリアの入口の前を通りすぎる。一瞬、警備員が動いたような気もしたが、こちらを見る事はなかった。そのまま、入口からの死角まで足を進める。
ここまでくれば、もう入口からは見えない。大丈夫――
そう考えながらも、緊張した足取りで、ユキナは通路の奥へ進む。地下鉄の駅から続くこの通路は、左右に広告もなく、ただ薄茶色のタイルで彩られた壁と直管タイプのLED灯が壁の最上部に配置されているだけだ。
充分な明るさもあるのだが、ユキナは誰もいない通路に一人進んでいるからなのか、妙に薄暗く感じてしまう。思ったよりも長く歩いた後、左側に直角に折れるとすぐ先にガラス扉があった。反対側は上へ昇る階段になっている。
『独立民間法人 電子移行オペレーションセンター』
(ここから入れば……)
ユキナは慎重に手を伸ばすと、その動きに反応したのか、ガラス扉が自動的にスライドした。
「自動ドア? 入ってもいいの?」
なんて緩いセキュリティ――
そう思ったユキナだったが、ここは商談などで訪れる人も利用するエントランスなのだ。平日であれば受付カウンターにも人がいる。そんな事も知らないユキナは、万全の用心をしつつ、何かに導かれるように中へ入った。
誰もいないカウンターの脇を抜け、エレベーターホールの横にある通路を覗いた。
「あった」
ユキナは、そこに「一般開放エリア/社員食堂/ロッカールーム/化粧室」と書かれた立て看板と、入口と同じような自動ドアをみつけたのだ。
(ここから行けるのね)
だが、自動ドアは何の反応もしない。
(あ、あれ? 開かない)
辺りを見回すと、ドアの横の壁にセキュリティカードを翳すような端末が設置されていた。
(これかな?)
ユキナはバッグの中からセキュリティカードを取り出し、物は試しにと、翳してみる。すると、自動ドアがブーンと軽い音を立てて横にスライドした。
(ラッキー)
自分の判断が正しかった事に気を良くしたユキナは、そのまま中に入る。
そこには、何の変哲も無い廊下が真っ直ぐと延びていた。休みだからなのか、ところどころ非常灯の明かりがついているだけで薄暗い。忍び込んだという意識のあるユキナは、暗いままである事に安心しつつも、廊下を進み始めた。
その途端――
「ひっ」
突然、ユキナの付近だけ明かりが点いたのだ。
みつかったと思い慌てて振り返り戻ろうとするが、先ほど開いた自動ドアはもう閉じてしまっている。壁にある端末にセキュリティカードを翳すが、
「なんで? なんで!?」
先ほどは、あんなに簡単に開いた自動ドアが全く反応しない。端末の下に小さなLED灯があったのだが、カードを翳す度に、そこが赤く光る。そして、5度目でとうとう、「ブー」と小さなブザー音が鳴ってしまった。
「どうしよう!」
涙目になったユキナは辺りを見回すと、自分がいる場所は明るくライトが点いているが、廊下の奥は暗いままだ。あそこになら身を隠せる! 咄嗟にそう判断したユキナは、全力で廊下を奥に進む。
「なんで! どうして!」
だが、そんなユキナを嘲笑うかのように、廊下のライトは、ユキナが通る場所、通る場所で突然光りだした……
タネを明かせば簡単な話だ。
突然の事にユキナは混乱してしまったが、この廊下は平日でも利用者が少なくなっており、節電のために、誰かが通った場合にだけ点灯するよう、人感センサー付き照明に切り替えていたのだ。この時点で、ユキナは誰かにみつかった訳ではなかったのだが、そもそも忍びこむという罪悪感を抱えたユキナは、その事には気がついてはいない。
そしてユキナが持っているセキュリティカードが、戻ろうとした際に使えなかったのには、別の理由もあったのだが――
(監視システムにみつかってしまった!)
そう思い込んでしまったユキナは、混乱した頭を抱えたまま、長い廊下を走るのであった。
そして――
「はぁ、はぁ、はぁ……」
長い廊下といっても、普通の建物に造られた廊下である。何キロもある訳もなく、五十メートルも行かないうちにガラス扉が行く手を遮った。その向こうにも暗い廊下が続いているが少し先から明かりが漏れている。ガラス扉の手前には右側へ入れる通路があり――
ユキナは迷わず飛び込んだ。
そこは、平日は社員食堂として利用されている場所である。休日は使わないため照明は落とされていた。
だが、ユキナにとっては、監視の届かない暗いエリアとしか認識出来なかった。奥が広がっているような気配を感じてはいたのだが、とりあえず、今いる廊下の壁に身体を押し付けるようにしてしゃがみ込み、一歩も動く事が出来ずにいた。
(誰も来ない? 見つかっていない?)
今すぐにも、警備員が何人もやってきて、忍び込んだユキナを逮捕する――
そんな想像に、自分の呼吸する音すら、騒音のように感じるくらい、ユキナは怯えていた。




