第3話 すれ違い(2)
翌日。
「先輩!」
コウは出社すると、先に出社していたネギ先輩の所へ行き、昨夜の顛末を話した。
「ユキナちゃんから、誘われちゃいました! お礼をしたいって! どうしましょう。僕、大人になっちゃいます!」
「馬鹿、そんなすぐに大人の階段を登れると思うな! どこのギャルゲーだよ。まずは時間をかけてお互いを知る事を考えろ、絶対にがっつくな!」
「はい!」
「がっつくと、後悔するぞ。具体的には、『そんな軽い女じゃない』と殴られる事になる」
そう話す先輩の右頬が赤く腫れている。
コウは、あえてそこには突っ込まずに、
「わかりました! 大人の階段は今度にします。あと、カフェでおいしいケーキと言われたんですが、甘いものが苦手な僕はどうすればいいのでしょうか?」
ユキナに会いたい一心で、「甘いものが好き」と返信してしまったコウだった。
「食え! 一度好きといったなら、残さず食え。出されたものにケチをつけるな。男は黙って、残さず食べ、ただ一言美味しいと言えばいい。正直な感想を求められ、評論家ぶって、『もう少し塩味が』などと言ってみろ。後悔するぞ。具体的には『作ってもらってその態度は何だ』と、殴られる事になる」
コウはネギ先輩の左頬を見る。こちらは青く腫れている。
だが、あえて何も言わない。
「わかりました! ケーキは笑顔で全部食べきります。これから僕は土曜日まで毎日、甘い物が好きなんだと自己暗示をかけて、コンビニのケーキを食べます!」
悲壮な覚悟を決めたコウは、
「それと、このメッセージ、ケーキを食べた後は、解散という事なんでしょうか?」
と、ネギ先輩にさらに質問をする。
「全力でエスコートしろ! 敵はケーキのお礼という先制攻撃をかけた後は、防御に徹して、こちらの様子を窺うはずだ。間違っても、そこで『で、この後どうするの?』なんて聞いてはならん。後悔するぞ。具体的には『少しくらい頭を使って考えろ』と、殴られる事になる……」
とうとう涙目になったネギ先輩だったが、
「先輩、泣かないでください! 明日はきっと来ます」
という慰めに、
「シライ、俺はもう駄目だ……」
と、泣き出してしまった。
そんなネギ先輩を励ましつつ、ケーキを食べた後のデートプランについて、真剣に考え始めるコウであった。
***
「ユキナ、やるじゃん!」
「うん、ありがとう」
コウを土曜日に誘った事をセリに告げたユキナだった。だが、セリの様子がどこかおかしい。いつもより落ち込んでいる感じだ。
「セリ、どうしたの? 落ち込んでいる?」
「ああ、自分の馬鹿さ加減にちょっと落ち込んでいる」
「どうしたの?」
「聞かないで……まだ消化しきれていないんだ」
「そっか。でも、話せるようになったらいつでも話してね」
「ありがとう、ユキナ。私の事よりも、ユキナの初デートの事を話そう!」
「え、デートじゃないよ。ただのお礼でケーキをご馳走するだけ」
「ご馳走するだけ?」
「そう。だからデートじゃないよ」
「ふーん、カフェでお茶してケーキを食べて、その後は?」
「えっ?」
セリの言葉にユキナはとまどう。
「あなた、何も考えていないの? 今が旬の若い女性が男性と会って、ケーキだけ食べて、バイバイ? 無い無い! ちゃんと、その後の事も考えないと……」
「え、でも、その後って……」
ユキナはコウをオペレーションセンターから誘い出すことが出来た事で満足していたため、その後の事を考えていなかったのだ。
「映画に行くとか、ボウリングでもするとか……。あ、いきなり相手の部屋に行ったらだめだよ。ユキナは綺麗だし、襲われるかもしれないからね」
「え、あ、うん。そんな事はしないよ」
「気をつけてね。安い女と見られちゃうから」
セリが何かを思い出したのか、鼻息が荒くなる。
「セリ?」
「ううん、こっちの事。でも、その後の事はちゃんと考えておいた方がいいよ。せっかくのデートなんだし」
「だからデートじゃ……」
そう言いながらも、よく考えたら男性と二人っきりで待ち合わせるのが初めてだった事に気が付き、ユキナは愕然とする。
「どどどどどど、どうしよう! 私、男の人と二人っきりで出かけた事が無い」
「そうだよ。だから心配しているのさ。セリ姐さんが、きちんとアドバイスしてあげよう。ちゃんとしたプランを立てて、健全なデート! だよ」
男性と付き合った事の無いセリを師と仰ぎ、カフェでお茶をした後のプランを考え始めるユキナだった。
***
そして土曜日――
「ちょっと早すぎたかな?」
コウは約束の時間の1時間前、「第二十二区画 都南大学駅前」という大きな看板の下で立っていた。麻のジャケットにジーンズというカジュアルながらも、ちゃんとしたデートスタイル。ネギ先輩とファッション雑誌を片手に着ていく服を決め、ネットで注文したものが昨日届いたのだ。
人口減少に伴い、大型百貨店はすでに姿を消している。今や、ショッピングの主体はネットであり、完全に自動化された物流倉庫から、これまた自動化された物流トラックが、自動的にピッキングし、ドローンポートと呼ばれる地域毎の集積所まで運んだ後、荷搬用のドローンが各戸の宅配ボックスまで配送する。コロニーへの移行が、極端な人材不足を招いた事で、本来なら数十年かけて変革していくような便利な物流社会への変貌を一気に引き寄せたというのは、皮肉な話だ。もし、人材不足という状況がなかったら――
物流の完全自動化によって失われた雇用の反動が社会問題化し、死者も出るようなデモやストライキに発展していたのではないだろうか。
そういった本来、職を失うはずだった労働者層の受け皿としての快適な電子世界「コロニー」。そして労働者が移行する事によって、普及する物流の全自動化。「卵が先か、鶏が先か」の議論に似てはいるが、物流や小売だけでなく、同様の現象はあらゆる業界でも発生していた。「卵と鶏の両輪」とも呼ばれるムーブメントが、さらに人類消滅のカウントダウンを加速する。
「さて、さすがにユキナちゃんは、まだ来ていないな……」
コウは、あたりを見回し、待ち合わせ場所にユキナの姿が無い事を確認した。さすがに待ち合わせ時間の一時間前に現れるような女性は、いないだろう。だが初デートの最初の印象が大切とネギ先輩にたたき込まれたコウは、ユキナがいつ現れてもいいように、「さりげなく待っている大人な男性」を意識したポーズを決める。
壁にもたれつつも、体重をかけずに足で踏ん張る。口は閉じつつ、やわらかな笑みを浮かべ、視線はキョロキョロせず、何か思いに沈んでいるような表情を浮かべ――
という本人視点では格好の良い姿勢で待っている姿を演出していたのだが、残念な事に、周囲からは壁を背に身体をつっぱり、筋肉が緊張している事が端から見てもまるわかりの状態で、薄目を開け一点を凝視し、口だけが笑っている気味の悪い男の姿がそこにはあった。
(ユキナちゃん……ユキナさん……ユキナ……うーん、なんて呼べばいいのだろう。僕としては、ユキナちゃんだけど、ちょっと馴れ馴れしいかな。ユキナは、まだ早いし……でも、いいなぁ、ユキナ! 今日も可愛いね! うん、こんな感じで……)
妄想の世界に入った気味の悪い男が、たまにニヤけたりするものだったからなのか、周りには人の姿は消え、コウの周囲だけ、どこか薄ら寒い空間となっていたのであった。




