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第3話 すれ違い(1)

『こんばんわ。ユキナです。今日はありがとうございました。本当に助かりました』


 ユキナからの返信は早かった。


(僕がメッセージを送るのを待っていてくれたのかな?)


 そう思うと、コウの鼓動は早鐘のように打ち始めた。


「うおっ! 急に緊張してきた。もっとよく考えてメッセージを打てばよかった!」


 コウが送ったメッセージに、ユキナの返答。メッセージだけでやりとりする会話としては、成立してしまった。ここで終わっても、なんら違和感が無い。


「だがしかし! 僕は続けるのだ!」


 コウが再びメッセージを打ち始める。


「返信ありがとう! 今日はあの後、警備部の人に怒られて……って、こんな事を書いたら、駄目だな……今日、僕はあの後、7組34人の人をコロニーに送りました……って、これも駄目だ」


 そこで、端末を投げ出してしまう。


「駄目だ! 続きを書けない! どうやって、この後の展開に繋げればいいんだよ!」


 そして、しばらくベッドの上で悶絶した後、


「そうだ! こんな時こそ助けて、ネギ先輩!」


 と、身体を起こしてネギ先輩へ電話をかける。2コールで、ネギ先輩は電話に出た。


「どうした?」

「先輩、メッセージが打てません!」

「はぁ?」


 コウは、ネギ先輩に状況を説明すると、


「ふーん、ま、頑張れ……、俺、忙しいんだよね」


 ネギ先輩は昼間の雰囲気とは違って、気乗りしない感じだ。


「そんな! 先輩! これを逃すと一世一代のチャンスが……」

「おおげさな……(ごめん、会社の後輩が)……な、俺、本当に今忙しいんだよ」

「先輩、そんな事を言わずに! そのネギ頭を使って、僕といっしょに考えてください!」


 すぐにでも電話を切りたそうなネギ先輩に対し、コウがすがりつく。


「おまえ、ネギ頭って喧嘩売ってるのか?」

「僕が尊敬する先輩に、そんな事言うわけ無いですよ! いくら先輩の頭がネギっぽいからって、ネギ頭だなんて!」

「ほら、また言った。お前、明日どうなるか……」

「明日より今日です! ……あ、ユキナちゃんからメッセージが来た! 先輩、忙しいので、また今度!」

「おい、おま……」


 コウが電話をしている最中に、ユキナからのメッセージを受信したため、慌ててネギ先輩との電話を切った。なぜなら、そこには――


『是非、今日のお礼をさせてください。今週、お時間をいただけないでしょうか』


 ユキナから、お礼をしたいという、お誘いのメッセージが入っていたからだった。


***


 コウからメッセージを受信した時、ユキナもちょうどコウにメッセージを入れようと携帯端末を握りしめていたのだ。このため、返信は素早いものとなった。


 返信後、コウのメッセージを待っていたのだが、コウはネギ先輩と電話をしていたため、何も返ってはこなかった。


(あれ、挨拶だけで終わりなのかな……)


 そう思うと、どこか寂しい気持ちにもなる。いや、ユキナとしては決して誘われる事を待っていたりするわけでは無い。むしろ、簡単に誘いに乗っては軽い女と思われてしまうかもしれない。そんな事を自問自答しながらも、つい、バッグから覗くコウのセキュリティカードが目に入ってしまう。


「これを、何とかしないと……返さないと……」


 そう呟き、意を決したようにコウにメッセージを入れた。


『今度、今日のお礼をさせてください。今週、お時間をいただけないでしょうか』


 ユキナはある作戦を思い付いていた。


 教授に言われた通り、早めにセキュリティカードを返したい。だが、コウには気が付かれてはいけない。この二つの条件を満たすためには、オペレーションセンターの一般開放エリア(PA)でコウとは絶対会わない状況を作り、急いでカードを一般開放エリア(PA)の中のどこかに置いてくる。ユキナが盗んだのではなく、コウが落としていたのだという形になれば、問題は解決だ。


 この結果、コウがカードを紛失していたとして怒られる可能性があるという事まで考慮できていないのが、学生の限界である。


 仕方なく(・・・・)コウを誘い出す――


 コウとデートに出かけたい訳では無い。どこか、自分の心にも、コウにも後ろめたさを感じながらも、これが最善の方法としてユキナが思いついた作戦であった。


『お礼なんて気にしないでください。今週でしたら、土曜日が休みなので空いています』


 すぐさま、コウからメッセージが返って来た。


「これはどっち? 気にするなって事? 空いているので、会ってくれるって事?」


 一言でも、「会いましょう」と書いてあれば悩まずに済むのだが、コウのどちらとも取れるメッセージに、やきもきしながらもユキナは作戦を続行する。


『それでは土曜日に、お礼をさせてください。大学の近くに、ケーキのおいしいカフェがあります』


 普段から異性との間でメッセージをやりとりするような経験の無かったユキナはコウが甘い物が好きかどうかという事を確認するという初歩的な確認を怠り、同性を相手にするような感覚でカフェを指定してしまった。送信してからその事に気が付いたユキナは、自分の愚かさに悶絶する。


『甘いもの好きです! 何時頃にしますか』


「よかったー! シライさんが甘いものが大丈夫そうで……気を遣っている訳じゃないよね」


 コウのメッセージに一応安心しつつも、コウの気遣いの可能性も考慮する。


『甘いものが苦手だったら言ってくださいね。それでは、11時に第二十二区画の駅で』

『大丈夫です。甘いもの、本当に好きなので楽しみにしてます』


 そのメッセージにユキナはガッツボーズをした後、ベッドに転がる。


「ふぅー、誘っちゃった!」


 いくら作戦とは言え、女性から男性を誘ったというのは良かったのだろうか。肉食系とか思われていたら嫌だな……そんな事を考えながらも、


(これで、待ち合わせ時間の少し前にオペレーションセンターでセキュリティカードを返せば、ばっちり……きっとうまく行く)


 ユキナの中では「返せば」と認識されていたが、盗んだものを、こっそりと置いてくるだけであり、ユキナが犯した犯罪が消える事は無い。表面には出ないだけで、心の奥底では理解していたユキナの心は、そのザワつくような思いを打ち消すかのように、無意識にその気持ちをコウと会う事に対するドキドキとして置き換えてしまう。


(土曜日は、どんな格好で行こうかしら……)


 ユキナはコウの優しそうな笑顔を思い出していた。

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