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次の日も、また次の日も、「おはよう」とあいさつに行った。
「花様、あんな男放っておきましょうよ」
陽太は、花に向かって不満げにそう言う。
「でもね、一応蝶だから」
「花様は、優しいですね」
才我も褒め称えるが、内心では。
(早く和解しないとめんどうくさいのよね~)
と思っていたのだ。
「類は、蝶を辞めたいって言ったそうだな」
才我が顔をしかめてそう言う。
「そうなの、嫌な人よね」
花は、それでも類の所へ会いに行っていた。
「おはよう」
「あなたもしつこいですね」
類は、初めて口をきいてくれた。
「悪かったわね」
「……何が目的なのかはわかりませんが、君は、私の事を良い人物だとは思っていないのでしょう?」
「ええ、まあ、そうね」
「上層部が何か言ってきたのですか?」
「ええ、そうよ」
「蝶と言う物は面倒な仕事だ」
類は、そろばんをはじきながら言った。
「それで、私と話す気になった?」
「はい、あなたも嫌々だと言いながら、私と話して見たかったのでしょう?」
「まあね」
「では、何を話そうかな?」
「類は、商人だもの国の外に出たことがあるのよね?」
「ええ、もちろんですよ」
「それは、どういう所だった?」
類は花を見つめて、少し考えた。
「一体どこから話せばいいんだろうか……?」
「そうね、私、よくもらう掛け軸に、雲海と言う物が描いてあるのよ、でも、実物を見たことがないの、どんな物だった?」
「あれは、滅多にみられないものですし、この国では、見られませんよ」
「じゃあ、類は、見たことあるの?」
「ええ、もちろんです」
類は、偉そうに言った。
「いいな~」
花がうらやましそうな目で見ると。
「雲海と言う物は、本当に雲の海ですよ、白い雲が一面を埋め尽くして、とてもきれいなのです」
類は、目を輝かせてそう言った。
「何だか、とても楽しかった様ね」
「ええ、商談のついでに、早朝の山登りをしたのですが、私が圧倒されるほどの風景が広がっているとは、夢にも思いませんでした」
花は、類の様子を見て、ごくりと唾を飲んだ。
「そんなに素敵なの?」
「一生に一度は、見るべきです」
花は少ししゃがみこみ。
「私は、屋敷から出る事は、出来ないから無理ね」
「蝶である、私が同行すると言うのは、どうですか?」
「でも、それは……」
「私を選んでください」
「あなたは、もしかして、私を利用しているの?」
「ばれましたか、せっかく王に成れるチャンスだったのに」
類がそう言うと、花は構えた。
「何もしませんよ」
類は、手を挙げて微笑んでいる。
「そうね、一応訊いておかなければいけないわよね」
花は、ハーと息を吐き。
「あなたは、どんな王に成りたいの?」
「商業的な街にこの街を改造する王、そして、花様を色々な所へ連れて行って差し上げましょう」
「……色々な所……」
「外国との流通もよくして、花様は、私と世界を飛び回るのです。そうすれば、雲海どころか、世界中を見れます」
「それは、楽しそうね」
花は、少しばかり不安を抱いた。
(私、海外でやって行けるかしら?)
花は、根からの箱入り娘だ。急に外など刺激的すぎる。
「私が、王に成ったら、この国は、活気づきますよ」
「あなたにとって、この国の王に成る事は、手ごまの一つなんじゃないの?」
「そう思う所もありますよ、だって自由に使えるお金も増えますし、権力だって手に入りますからね」
類は、悪びれることなくそう言った。
「類は、本当に商業が好きね」
「そうですね、商業と言うのは、物心ついたときから勉強させられていたので、空気のような物ですからね」
「そう、私が、生まれた時から姫だったように、当たり前の事なのね」
「そうです」
しばらく、二人であさっての方向を見た後。
「違う人生だったら、どうなっていたんでしょうね」
類は、気重くそう言う。
「たぶん、その人生は、その人生で満足していたと思う」
「私達は、親にレールを敷かれて、それに従っているだけなのかもしれませんね」
「そうね」
少し考えたが。
「でも、私、今の人生けっこう好きよ」
「実は、私もです」
二人で笑い合ったら、ぐっと距離が近づいた気がした。
「私達、今のままでいいみたいね」
「そうですね」
類は、微笑んでいる。そして、話を変えて来た。
「他にもですね、雪が四メートル以上も積もるところにも行ったのですよ」
「四メートル、どうやって歩くの?」
「外出は、厳禁とされました」
「それは、そうよ」
「寒い所でして、涙が凍るほど冷え切っていました」
「……すごい、私、雪って、パラパラ降るのしか見たことないわ」
「一面雪景色でしたよ」
類は、それからも、沙漠に行った時の話や、密林などに行った時の話をしてくれたのだった。
「おもしろ~い」
花が、わくわくした瞳で、食い入って聞いていると。
「花様は、吟遊詩人と言う物をご存知ですか?」
「いいえ」
「その方は、とてもしゃべるのがうまくて、私以上におもしろい話をたくさん知っているんですよ」
「そんな人がいるのね」
花は、外の世界が見たくてうずうずしだした。
「私も、いつか、外へ出たい」
「私を選んでください、花様」
優しく、頬に手を掛ける類、その瞳は少し潤んでいて、乞うようだった。
「ななな、騙されないんだから」
花は、熱くなった頬で、手を振り払った。
「花様、本気だと言っても、選びませんか?」
「ええ、まだ、誰か一人に絞るわけには行きません」
「花様、私は、かごの鳥のあなたが愛おしくなった。私の話を喜んで聞いてくれる、あなたの目は、私の心から離れないでしょう」
「類ったら、冗談が上手ね」
笑顔でそう言うと、類は、額に手を当て。
「あなたは、いじわるな人ですね」
そうつぶやいた。
(ええ、本気だったの)
つい、動揺してしまった。
「花様、あなたは、一つ誤算があったようですね、それは、男と二人きりになった事、私は、蝶だ。あなたの唇を奪う権利を持っている」
「いいえ、誤算じゃないわ、類は、嫌がる女の子にそんなことしないわ」
「!」
類は、また額に手を当て。
「そうですね、私は、しませんよ」
少し悩ましげにそう言った。
「私は、孤独な人間なのです。世界中を飛び回ると言う事は、一か所にいられない、友人の一人も出来ません」
類は、花の様子を見ながら続けた。
「待っているのは、商談の相手のみ、つまり、お金が目当てです。私を心から信頼しているのではなく、お金を信頼しているのが丸わかりです」
類は、苦しそうだった。
「だから、あなたの様に、私を心から信頼して、話を聞いてくれた方は、初めてなのですよ」
花は、少し、ポカンとして。
「類って、意外とさみしい人生を送っているのね」
優しく類を抱き寄せた。
「花様?」
「大丈夫よ、これからは、私が友人だから、あなたを待っているから、もっと、色々な話を聞かせて」
優しく、頭をなでると、類は、悲しみを追い出すように、顔をしかめた。
「ありがとうございます」
「いいえ」
類は、花の手を優しく握った。
「花様、明日から、蝶として、護衛をしっかりやりますね」
「本当、やる気になってくれた? そうなると私も助かるわ」
「花様が助かるのなら、何でもします」
「ありがとう」
窓を開けると、才我が門の前に立っていた。
「今日は、門番なのかしら? 才我――」
急に後ろから引っ張られた。
「何で、才我を呼ぶんですか、せっかく二人きりなのに」
「類は、蝶と仲良くしなくちゃ」
「できません、花様を奪い合うライバルなのですから」
「類ったら、きっと話をしたら仲良くなれるわ」
「なれません」
類はそっぽを向いた。
「才我がいいのなら、行けばいいじゃないですか」
「そう、それなら、私、才我の所に行ってくるわ」
外に出ようとしたところ。
「鈍感なお姫様ですね。本気で私を置いて出て行って、才我と会おうと言っているのですか?」
「うん」
類に強く手を握られても、何も考えていなかった。
「わかりました。私も行きましょう、才我にあいさつします」
「本当~!」
花が喜ぶと、類は、ため息をついた。
● 〇 ●
外に出ると、才我は、すぐに花に気が付いた。
「花様!」
「才我、お仕事ご苦労さま」
「い、いえ」
才我は、体はでかいのだが、心は、ヒヨコ並の様だ。すでに心配している。
「久しいね、我が名は、類だ。よろしく」
才我に握手を求めると、握り返して来たらしく。
「いたっ!」
類は、手を引っ込めようとした。
「才我、力を入れ過ぎよ」
「すみません」
「絶対、わざとだろう、これだから、蝶同士は、仲良く何てなれないって言っているんですよ」
類がそう叫んでいると、才我が。
「何かされませんでしたか?」
心配そうに訊いてくるので。
「何もないわよ、色々な国の話を聞かせてもらっていたの、類は商人だから、世界中の事を良く知っていて面白かったわ」
「そうですか」
一応、二人きりだったので、色々あったのだが、言うと余計な心配をされかねないと思い、ニコリと笑った。
そこに、陽太も現れた。
「中々、戻らないから心配したのですよ」
陽太が人懐っこくきいてくる。
「大丈夫よ、心配するようなことは何もないわ。類の話が面白くて、つい時間を忘れてしまっていただけですから」
笑顔でそう言うが、三人の雰囲気が重たい気がする。
「みんな仲良くしてね」
「「「はい」」」
三人が、目から火花を出しつつ返事した。
(みんな、どうしたのかしら)
不思議に思って、乙の所へ戻った。
● 〇 ●
「乙、男の方達が、女の前で、もめるのはどういう時だと思う?」
乙は、まあ、と口を押え。
「三人とももめていらっしゃるの?」
「ええ」
「男の方が、女の方の前でもめるのは、その人が好きだから、奪われないようにするためでしょうね」
「ええ! まさか、王の座を争っているのね」
乙は、ため息をつき。
「やっぱり、鈍感ですわ」
花を憐れむように見つめた。
● 〇 ●
夕日が陰る中、花は類が帰りに渡してくれた本を手に取った。
(私、本って苦手なのよね……)
そう思い、ぺらっとめくった本は、主に絵本の様に絵が大半を占めている物だった。
「ステキな絵」
描かれている雲海も、沙漠も、密林も生き生きとした絵で驚いた。
「誰が描いたのかしら?」
鈴蘭国では、本は、手描きであったので、写し本はあるが、二冊と同じ物は無いのだ。
「う~ん、名前が書いてない、明日類に聞こうと……あれ、でも、これ、類の字だ。と言う事は、類が描いたの?」
布団の中で、ロウソクの火を頼りに読んでいた。
(あ~面白かった)




