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花は、気になって、陽太の様子を見に行った。
陽太は、机に向かって、書類を書いている様だった。顔は笑顔ではなく、普通の顔をしていた。
(あの笑顔だって、陽太は、心の奥では、騙されている私を笑っていたのかもしれないんだから!)
ふつふつと怒りがわいてくる。
(陽太の奴)
しかし、帰りの時間まで見張っても何もなかった。
「おい、昇、酒のみに行こうぜ」
上司が、長身の部下を誘っている。
「陽太、お前は、飲めないもんな」
「いやですね~、僕は、こんな顔でも一七ですよ、酒くらい飲めるに決まっているじゃないですか」
「陽太ちゃんは、いかさまするからな~、今から、俺達賭け事もするからよ~」
「そうですか」
「いかさまの陽太ちゃん」
陽太は、手をぐっと握りしめて、堪えている様だった。
「大丈夫ですよ、僕は、行きませんから」
陽太は、書類を整えて、部屋を出て行った。
(陽太って、いじめられているの?)
意外だった。案外寂しいと言うのは、本音なのかもしれない。
「花様」
陽太が後ろから声を掛けて来た。
「ぎゃっ!」
「「ぎゃ!」ってひどいですね~、丸見えだったと言うのに」
「えっ!」
「ごめんなさい、嫌な所見せてしまいましたね」
「陽太、あなたは、うまく行って無いの?」
「ええ、そうでしょうね。一五の時、いかさまをしたのは、本当です。でも、まさか、ここまで言われ続けるなんて思いもしなかったのです」
陽太は、壁に背を付き話し出した。
「実際、いかさまは、結構な人がやっているのですよ、むしろ、やらない人の方が少ないのかもしれませんね」
「じゃあ、なんで、陽太だけ、言われ続けなければいけないの?」
「身分が低いからですよ」
陽太は、何でもない事の様に言った。
「所詮、ここは、身分の差が埋まらない王宮です。花様、蝶に選ばれたら、一人じゃなくなると思ったのは、本当です。みんなが仲良くしてくれるんじゃないかって、淡い期待を持っていました」
花は、崩れそうになる陽太の肩を支えた。
「ありがとうございます。花様」
陽太は、体制を戻して、話を続けた。
「何も変わりませんでした。いかさまの陽太ちゃん、そう呼ばれるだけです。もう、嫌なんです」
陽太は涙を流していた。
「陽太、あなたは、苦労していたのね」
「どうですかね? 農民の出でいじめられている子などたくさんいますよ、珍しい事ではありません」
「陽太は、文官になる時、何を夢見たの?」
「誰かを力で救う……かな?」
陽太は曖昧に笑う。
「陽太って、努力家でしょう、何でも知っているもの」
「書庫が好きなんです。何でも書いてありますから、本は、貴重なものです。農民の家には、ほとんどありませんもの」
陽太は、優し気な表情でそう言う、本当に本が好きなのだろう。
「陽太の上司は、陽太にものすごく助けられていると思うわ」
「どうでしょう?」
陽太は、そんな事があるはずないと顔で言っていた。
「はずかしながら、私は、勉強が苦手なの、本を開くと眠くなるわ」
「花様は、姫ですから、勉強なさらなくてもいいのではありませんか?」
「それは、まあ、政治の世界に女の口出しはいらないって教育されているわ」
「それなら、いいじゃないですか」
「でも、私、知らない事があると、人に聞くのだけど、知っている人がいないととても困るのよね」
「僕だって、何でも知っているわけではないのですよ」
「う~ん、でも、初めて会った時、他の二人を知識で言いくるめるのを見て、この人って、すごいって思ったわ」
花は、前に会った時の事を思い出しながら言った。
「そんなことありませんよ」
陽太は、照れたように頬を染めた。
「陽太は、立派な人になるわ、それも、あのいじわる上司よりずっと上の位にのし上がるわよ」
花は、陽太の手を握ってそう言った。
「花様、あなたって、本当に面白い人ですね」
「そうかしら」
「あと、ちゃんと、隠れるつもりがあるのならば、そんな立派な着物を着て来ては、行けませんよ」
「ああ、それで、丸わかりだったのね」
花は、着物を見下ろして、いつもの着物なのだが、普通の人から言えば、立派過ぎる品だと思った。
「侍女だって、そんな立派な着物着ませんよ」
「そうなの~」
花は、恥ずかしくなった。頬も少し紅潮していた。
「花様、本当に可愛らしいお方ですね」
陽太は、ニコニコ笑顔を向けてくる。
「また、ばかにして」
「えっ? ばかにしている?」
「だって、そうやってニコニコしているのは、ばかにしているからなんでしょう? わかっているんだから」
陽太は、花の両肩を持って。
「あなたが、かわいいから笑っているんですよ」
目を見てそう言って来た。
(逃げられない)
花も動揺していた。
「花様は、見ていて飽き無い方の人間ですからね」
そう言い、手を離した。
(ドキドキしたじゃない)
花は、頭の中に陽太の優しい顔が焼き付いてしまった。
「陽太……」
「安心してください、僕とあなたは、蝶と花、そして、婚約者だ。ゆっくりしていられる時間がありますから、急ぎませんよ」
それは、宣戦布告の様だった。
(それは、私が、陽太を選ぶようにするって事?)
花は、パニックを起こしていた。
「花様、また、遊びに行きますね」
陽太は、笑顔でそう言った。
「うん」
花は、自分の部屋に向かい歩き出した。
(陽太の力には、なれたのかしら?)
花は、心の中でそう思い、部屋を目指した。
● 〇 ●
「乙~!」
すぐに乙を見つけて、飛び付いた。
「私、何だか変かも……」
「何事ですか?」
乙は、驚いて、花を見た。
「だってね、陽太がね、あんなこと言うんだもの」
あったことを全部話したところ。
「良く考えてみてください、花様! あなたは、蝶にとって花、捕まえなければいけない相手なのですよ。口説き落としのうまい蝶だって、いらっしゃるかもしれないのですから。騙されては、いけません」
「そうね~」
(口説き落としのうまい蝶ね……)
少し考えていた。
――でも、ウソをついている様には、見えなかった。
乙を見つめて、そう言おうとしてやめた。
(どうせ、信じてもらえないか)
「陽太様は、元から、腹黒いと言っておいででしたでしょう。きっと、騙しに来ると思っていましたのよ! 花様!」
花は、空に浮かぶ月を眺めていた。
(陽太の心が、この空の様に晴れますように)
雲一つない空に浮かぶ半月、まるで、陽太の欠けた心の様で、見ていて、不思議な気持ちになった。
「花様、まだ、話は続いております」
「はいはい、乙ったら」
その夜は、とてもいい夢を見たような気がした。




