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次の日になり、こっそり、才我に会いに行った。
「確か、才我は、この辺にいるはず?」
うっすらと差してきた太陽の光を頼りにして、稽古場をうろうろしていると、ザシュッと音がする。
「こっちかしら」
音のする方へ近づいてみると、才我が夢中で槍を構えていた。
「才我~」
声を掛けると、才我は、槍を止めた。
「花様、なぜ一人でこんな所へ」
才我は、心底心配した顔でそう言った。
「男共に何かされませんでしたか?」
「いいえ、と言うか、誰にも会っていないわ」
「それは、よかった。花様の様なおきれいな方が歩いていたら、男共は放っておかないでしょうから」
「そうかしら?」
花は、自分の容姿を特に優れているとは、思っていないのだ。
才我と並んで座って、話をすることにした。
「才我は、武術で大事なのは、何だと思う?」
「鍛錬ですかね?」
「そうか」
花は、才我の持っていた槍を握り。
「これは、どうやって持つのが正しいの?」
めちゃくちゃにふりあげると才我は、手をつかんできた。
「こうやって、こうです」
花の全体を才我が覆うようなポーズになり、ポーズを教えてもらったのだがそれどころではなかった。
(ちょっと、緊張する)
「そして、こうです」
優しく、手を握って動かす才我にドキドキしていた。
「あ、ありがとう」
ぎこちなくそう言うと、才我も気付いたのか、照れている。二人は、パッと離れた。
「あ、あの~」
少し、会話が途切れる。才我も下を向いてしまっている。
「才我は、武官になったのは、力しか取り柄が無いからって言ったわよね?」
「はい」
「そっか……そう言えば、才我は、体が大きいけど、小さい頃たくさんご飯を食べたりしたの?」
花は、今度は、知りたがりな表情をしていた。
「だって、成長期は、いっぱい食べなさいって言うじゃない、私は、ちっとも大きくならなかったけど」
「それが、どちらかと言うと貧乏で、食べ物をたくさん食べたと言うよりも父が大柄だったからだと思いますよ」
「そうなの、遺伝って奴」
花は、自分の頭に手を乗っけて、背を確認している。
「やっぱり、大きくなる人って違うのね」
「花様は、女の子らしい背丈で、かわいらしいですよ」
「そうかな?」
花は、フフッと笑った。
「私って、かわいいかな?」
「もちろんです」
才我が喜んでそう言うので、少し恥ずかしくなった。
(才我は、優しいから、ほめてくれているのよね)
花は、心の中でそう思い才我を見つめる。
「花様は、今度の決闘をどう思いますか?」
「私、私は、才我が勝つって信じている」
才我は、目を見開いて。
「こんなこと、俺のわがままだってわかっていますが、もし決闘に勝ったら、真名を教えてください」
「えっと、それは……」
真名を教えると言うには、求婚に当たる事だ。
「教えてくれると言ってほしい、そうすれば、勝てる気がするんだ」
「才我は、王に成りたいの?」
「いいえ」
「じゃあ、私が欲しいの?」
「はい」
才我は、真剣な顔でそう言う。
「私が欲しい……」
花は、何度も頬をつねった。
(夢? 夢?)
「花様、これは、夢ではありません。あなたは、勝者に何も与えずに決闘をする気だったのですか?」
「……」
(でも、求婚に値する行動を決闘なんかで決めていいの?)
「花様、幸せにする自信があるわけではないですが、ずっとそばにいて欲しい、そう思うのは、わがままだろうか?」
才我は、優しく抱きしめて来た。
(才我は、本当に私を愛しているのね)
うその付ける人間ではない事は知っている。
(それでは、私は、どうかしら、才我を好きなのかしら?)
好きだと言われると、どうしようもなく、ドキドキしてくる。
「花様は、俺じゃあ、一緒に幸せになれないと思っているのですか?」
才我が、じっとこちらを見つめている。
「あ、あの~」
顔が赤くなる。
「俺は、花様が好きなのです。それだけでも、覚えていて下さい」
「少し考えさせて……」
稽古場を後にした。
● 〇 ●
乙に、どたばたと走って怒られた後、相談した。
「ねえ、才我に告白されてから、才我の事しか考えられないの、何回も頭に浮かんで来て、止められないわ」
「それは、恋ですわ」
「えっ、恋?」
「そう、花様は、恋をしなさったのです。好きでもない相手が告白してきたら、女は、普通は、嫌がると思います。ですから、そんなに思うのでしたら、花様は、才我様がお好きなのでしょう」
「そうなの」
乙は、微笑み。
「ついに、花様の婿が決まるのですね」
喜んでいた。
(そんな、それじゃあ、私、才我と結婚するの?)
確かに、嫌な事じゃないし、誰も反対しないのだから、喜んでいいのだが、実感がわかないのである。
「なぜ?」
「花か」
悩んでいる時に現れたのは、父だった。
「花には、蝶制度の真実を教えようと思ってここに来た」
父は、花の横に座り語り出した。
「蝶制度は、必ず成功する。なぜだかわかるかい?」
「わからないわ」
「蝶のあざは、呪いなのだよ、花に誘惑されるように呪われているんだ」
「!」
「そして、花も蝶の誘惑に耐えられないようになっている」
花は、胸のあざを押えた。
「それじゃあ、みんなが親切なのも、呪いのせい?」
「ああ、そうだろうね」
それでは、才我の告白も言わされていたような物だ。
「蝶制度には、もう一つ、選ばれなかった蝶が出る。その者は、呪いが解けると、記憶を失うようにしてあり、花を好きだったことを忘れるんだ」
「それじゃあ、死ぬのではなく、元の役職に戻るのね」
「そうだ。そして、そこで大出世するようになっている」
「どうして?」
「呪いの代償だよ」
「記憶を奪う代わりに、出世するんだ。いい制度だろ」
「ええ」
「呪いは、真名を教えた時に解けるようにしている。真名を教えた相手のみ、記憶が残る様になっているから、安心していいぞ」
「そう」
「花、じっくり考るのだぞ」
父は、部屋を出て行った。ところが、花の心は、ぐちゃぐちゃだった。
花に惹かれる蝶、それは、まやかしだ。才我の告白だって、陽太や類の態度だって、全部呪いのせいで優しかったのだ。
(本物の言葉何てどこにあるのかしら?)
一人、空を見上げた。
「花様、遊びに来ましたよ~」
陽太が、楽しそうにそう言う。
「やめて、陽太だって、言わされているのでしょう?」
「何に?」
陽太は、不思議そうに花を見つめる。
「ここに遊びに来たのは、僕の意思ですよ。何かに操られたり、命令されてきたわけじゃないですよ」
花は、それでも、うつむいている。
「花様、一々、人を疑っていたら、きりがありませんよ、元より王宮は、うそだらけです。うそも真実になってしまうのですよね」
「うそも真実?」
「はい、でも、火の無い所に煙は立たない、少しは、何かがあったと言う証拠では、ありますよね」
(陽太だって、完全に呪いに支配されているわけではないのかもしれない、少しは、本音が入っているのかも)
「陽太は、私が好き?」
「はい」
陽太は、にこやかに答えた。
「ありがとう」
「花様は、僕を男としては、見ていないのですね」
「えっ?」
「だって、花様、大抵の女の子は、好きな相手に、そんなに気軽に好きかなんて聞けませんもの」
(そういえば、才我の時の様にドキドキしない)
父様は、『花も蝶の誘惑に耐えられないようになっている』と言っていたが、花も蝶を選ぶようだ。
(私は、完全に呪いに支配されていた訳じゃないんだ。才我の事は、本気で好きだったのよ)
自分の心に気づいたとき、とてもうれしかった。
「花様、どうしました?」
「い、いえ、何でも」
(才我に会いたい、才我に会って、約束するの、私の真名をかけて戦ってほしいって)
「もうすぐ、決闘ですね。僕は、女装して、敵を欺く役目をきちんとやりますから」
陽太は、嫌そうに言う。
「陽太は、似合っていたわよ」
「それが嫌なんですよ」
陽太は不機嫌だ。
「花様は、絶対、才我と恋に落ちるんでしょうね、決闘は、花嫁をかけてする物と昔から決まっていますし」
「やっぱり、結婚しちゃうの?」
「なんですかね。闘っている姿を見て、恋に落ちない女はいないんだそうです」
陽太は、がっかりしてそう言った。
「陽太、私、才我の所へ行っていいかしら」
「いいですよ、僕は、邪魔しないからね」
陽太は、潔く去って行った。




