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花守りの蝶  作者: 花言葉
決闘の約束
19/33

3

 次の日、その日は、丸々一日休みだったので、乙と花嫁修業をすることにしていた。

「乙、墨をすらないといけないわ」

 今は、文字を書く練習をしているのだ。文の文字が汚いと、交渉相手に嫌われることがあるからだ。

「もっと、ちゃんとはねた方が良いですよ」

「はーい」

「着物に、墨をつけないようにしてくださいね」

「は~い」

 乙は、不安そうにため息をついた。

「花様!」

「ん?」

 着物を紐で縛っていると、乙が不安そうに名を呼んだ。

「花様は、蝶の中でお気に入りは決まりましたか?」

「う~ん、どうなんだろう」

 三人の事を思い浮かべるが、ピンとこないものである。

「花様は、もしかして、まだ、全員が同じくらいだと思っていらっしゃるのではありませんか?」

「たぶんそう」

「それは、恋をしていないからでしょうね」

 乙は、着物をピッと整えて。

「恋をすれば、一人に夢中になるはずです」

「そうなの?」

 花は、いまいちピンとこない様子でそう言った。

「蝶の皆さんは、いい人ですか?」

「ええ、とってもいい人だわ」

 乙は、お茶を花に渡して座った。

「初めは、どなたも嫌だと怒っていらしたのに、今では、皆さんが良い方になってしまったのですね」

 乙は、お茶を一口飲みそう言った。

「そうね、案外、いい人だったわ」

「人を上辺だけで判断してはいけないのですよ」

「は~い」

 花は、反省したように返事した。

「でも、今度、手山国の方と決闘なさるとか?」

「そうなのよ、でも、大丈夫よ、こっちだって、きちんと作戦を練っているに違いないもの」

 すっすっと筆を動かす。

「ああ、花様、乱暴な字を書いてはいけませんよ」

「は~い」

 乙は、また、ため息をついた。

 花は、元々字がきれいな方ではないのだ。だから、余計に書道の時間は、厳しくするように言いつけられているのだ。

「確かに何を書いても良いと言いましたが『芋羊羹』ってなんですか!」

「いもようかんよ、おいしいわよ、注文するときの練習よ」

 乙は、また、花に呆れてしまった。しかし、良家の姫である花の面倒を見れなかったなどと言われれば、長く仕えた意味がない。

 そして、乙は、花の事が好きなのである。

 一見、花は、ふざけているように見える。しかし、本当は、本気でやっている事を乙は知っている。

「花様、春と言えば……」

「柏餅とか?」

 乙は、笑顔を引きつらせて。

「春と言えば?」

「ひなあられ」

「花様! 食べることばかりではなく、もっと美しい言葉を考えてください」

「えっと、美しい? 菜の花とか?」

「そうですね、その位なら」

「てんぷらにすればまあまあ行けるわ」

「花様……! いい加減にしなさい!」

 そこで、花のお腹の音が盛大に響いた。

「花様、もしかしてお腹が減っていたのではないですか?」

「そうなの、でも、つまみ食いする物が無くて、ガマンしていたの」

「言ってくだされば、持ってきましたのに」

「でも、乙は、一生懸命、字を教えてくれようとしていたのに、お菓子が食べたいなんて、失礼かな? と思って」

 花も乙が一所懸命なのは、わかっていたのだ。

「あの、ふざけていたわけじゃなくて、お腹が空いていて、食べ物の事しか考えられなくなっていたの」

「いいのです。花様は、本気だったのでしょう?」

「うん」

 花は、力いっぱい頷いた。

 乙は、食べ物を取りに、部屋を出ていった。入れ違いに陽太が入って来た。

「花様、書道中でしたか、すみません」

「いいのよ」

「『芋羊羹』『柏餅』『ひなあられ』って書いてありますね。食べ物ばかりのような気がするのですが?」

「丁度、お腹が空いていたのよ」

 花は、少し困ったようにそう言った。

「でも、甘い物って食べたくなりますよね」

「そうでしょう」

 花は、うれしそうに返事した。

「花様は、よく食べるんですか?」

「ええ、だっておいしいんだもん」

 そこに乙が、まんじゅうを持って現れた。

「これは、これは、陽太さんではありませんか」

「乙様、お邪魔しています」

「乙~、まんじゅうは、何餡?」

「漉し餡です」

 お茶を飲みながらつまんでいると、日が高い所まで登っていた。

「もう、こんな時間か~」

「決闘の事、話し合っているんですよ、類と才我と」

「うまい策は、考えられた?」

「一応、意見は、いっぱい出たのだけども、実行が難しい物ばかりでして、困っていたのですよ」

「ふ~ん」

 花は、類が、いい方法を考えてくれるとばかり思っていた。

(類でも難しいか……)

 花は、心の中で、少し不安になったが、まんじゅうを一口食べると、心が安らいだ。

(困った時は、甘い物だわ)

 その後も、何個も食べながら陽太の話を聞いた。

「しびれ薬や、隠し弓など考えたのですが、僕達の考えた方法は、相手も出来る事だし、すぐばれてしまう」

「そうなの?」

「花様を渡さないためなら、何だってするのに……」

 陽太は、悔しそうに言った。

「陽太……」

 いつになく真剣な陽太の顔に驚いた。

(いつもニコニコしているに、どうしたのかしら?)

 しかし、乙はニコニコしている。

「とにかく、花様を守るのが、花守りの蝶の仕事ですから」

「そうね、がんばって」

 陽太の背中を押した。

「はい」

 陽太は、うれしそうに笑い、部屋を出て行った。すると、乙は、ニヤニヤして。

「陽太様は、花様にべた惚れの様ですね」

「そうなのかしら?」

「そうに決まっています。花様は、陽太様が、あの様子でも、いい人だとしか思えないのですか?」

「それが、そうなの、いい人以上には、思えないわ」

 乙は、少し考えて。

「陽太様は、好みじゃないのかもしれませんね」

「そうなのかもしれないわね」

「では、才我様は、どうですか?」

「いい人だと思うわ」

「類様は?」

「いい人よ」

 乙は、ハーとため息を吐いた。

「花様にとって、蝶は、婚約者なのですよ。それなのに、蝶のみんなは、ただのいい人なのですか?」

「ええ、そうよ」

「かわいそうだわ。常々、花様は疎いとは思っていたのですよ。でも、これほどまでとは、予想外でした」

「でも、理由が無くて好きになるなんて、失礼でしょう」

「そうですね」

 乙は、首をひねって。

「もし、あの三人に告白されたら心が変わるかもしれませんね」

「告白されると変わるの?」

「はい、だって、受け入れるか断るか考えなければいけないでしょう」

 花は、天井を見つめて。

「そうだね」

 少し、考えが追い付かない様子でそう言った。

(好き? 嫌い?)

 三人に、嫌いと言う感情は無い。ただ、人として好きと言う感情があるだけのような気がした。

「さあ、書道の続きをしましょう」

 紐を結び直し、筆を持つ。

『花鳥風月』と書いた。

「普通の言葉も書けるのではないですか」

 乙が感動していると、花は。

「お腹が空いていただけだもの」

 小声で反論した。


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