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「ついに、今日決まるのね」
緑色の畳が広がる部屋の真ん中で、色とりどりの着物をまとった髪の長い女性が立ち上がった。なにやらとても真剣そうな顔をしている。
「花様、今日、あなたの婿様候補が決まるのですよ」
「乙~! どうしよう~」
花は、髪を結っている二十代前半の侍女に抱き着いた。
「まあまあ、花様、まさか、逃げ出す気じゃないでしょうね?」
「い、いいえ」
花は、顔をこわばらせて、返事した。
ここは、和風の風土を大事にした別邸で、鈴蘭国と言う名の国の真ん中にある。鈴蘭国では、姫が一六才になった時、三人の蝶が選ばれることになっている。
蝶が花にとまる様子から、子孫繁栄の象徴とされているのであった。
鈴蘭国の姫である、花も、花と言うのは、本名ではなく、真名は、結婚するときに、三人の蝶の中の一人に伝えられることになっている。
まさしく、それが求婚なのであった。
「蝶って、男の人なんでしょう?」
「そうに決まっているじゃないですか」
「もしもよ、もしも、全員の性格が悪かったらどうするつもり? 私は、誰も選ばないかもしれないわよ」
「大丈夫です。占いで相性の良い方が選ばれますから」
「私、どうも占いって信じられないのよね」
花は、そう言い、決意したように戸を開けて、廊下を進んだ。
「大体、漢字の画数とかで決めているんじゃないの?」
「占いの仕方は、極秘らしいですわ」
乙は、機嫌を取りながらそう言った。
花は、にぎやかな声がする部屋に入って行った。
「皆さん、今日は、集まって下さり、ありがとうございます」
今日は、花の一六才の誕生日である、毎年のように行われる、祝い事に参加しなければならないのである。
「花ちゃん、ついに、蝶が決まるんだって」
「はい」
声を掛けて来た人は昼から飲んでいる様だ。こういう祝いの席では、酔っ払いの相手をしなければいけないこともあるのだ。
(なんでこいつらは、昼から飲んでいるのよ……)
花は、ため息をついた。
蝶になる者の条件は、ただ一つ、鈴蘭国の一六才~二〇才の男であること、それだけである。身分は問わないとは言っているが、大体は、身分の高い者が選ばれるようになっているらしい。
「今晩蝶が決まるんだね」
さっきの酔っ払いではなく、優しそうなおじさんが声を掛けてくれた。
「はい」
「いい男だといいね」
おじさん達になぐさめられて、少し決心がついた。
祝いの会は、すぐに終わり、すぐ夜になってしまった。
● 〇 ●
ついに国民に蝶の名を明かす時間が来た。もちろん、花も他の人も誰が選ばれるのか、知らないのである。
張り出された名前に全員が、ほ~と声を上げた。
『木崎陽太 水無月才我 唄野類』
紙には、そう書いてあった。
(いったい誰なのかしら?)
花は、名前を見ても、誰が誰だか全く分からなかった。しかし、広場は、大賑わい、それでも、ピンとこないものである。
「明日から、三人は、花に仕えることになる。仲良くするのだぞ」
王様がそう言って、花の肩に手を置いた。
「どんな、三人なのかしら?」
少しだけ、好奇心がうずく。
● 〇 ●
その夜、乙は、奏太を連れて来た。奏太を表すのにふさわしい言葉は、素朴な少年だ。
「花、元気か?」
「ええ」
奏太は、花の乳兄弟である。小さなころから一緒に育ち、奏太とは、とても仲が良いのである。
「奏太こそ元気がないわよ」
「お前は、もっとしおらしく出来ないのか、こっちは、選ばれなくてショックだったって言うのに」
「奏太、選ばれたかったの?」
「別に、お前が好きとか、そう言うわけじゃないぞ、蝶に選ばれれば、良い役職につけてもらえるかもしれないからだからな」
「そんなの、わかっているわよ、魅力のない花で悪かったわね」
「そ、そんなことない」
「そう? 奏太なんか変よ」
花は、奏太の顔を覗きこんだ。すると、「うわっ!」っと言い、奏太は、後ろに飛び跳ねた。
「いきなり、こっちを見るなよ、びっくりするだろう」
「そう、ごめんなさい、蝶が決まってからも、男の人に会ってはいけないと言う決まりはないから、会いに来てね」
「お、おう」
「奏太は、大事な友達だから」
「お、おう」
奏太は、少し戸惑っている様だったが、そのまま、部屋を出て行った。
「どうしたのかしら?」
「花様、長年一緒にいた乳兄弟が結婚なさるのです。少しは、考えることだってあるのでしょう」
「そうね、奏太が結婚したらうれしいけど、少しばかりさみしいかもしれないものね」
「そうです。そう言う物なのです」
乙は、落ち着いた雰囲気でそう言った。
「さて、花様、蝶の方々の情報が手に入りました」
「待ってました」
「木崎陽太は、文官ですね、秀でた才能は無いが、農民から文官に上がった努力家だそうですよ」
「努力家か、すごいわ」
花は、乙の持っている巻物を見ながら言った。
「水無月才我は、武官です。武官一力が強く無愛想なんだそうです」
「力が強くて無愛想、少し怖そうね」
「三人目は、唄野類ですね。商人で、何を考えているかわからない人物だそうですよ」
「それは、頭が良すぎて? それともバカすぎて?」
「良過ぎるようですね、メガネを掛けていらっしゃるそうです」
「そうか、その中から、婿様を決めないといけないのね」
「そうですよ」
乙は、力を込めてそう言う。
「何か、考えられないわ」
花は、月を見上げて、窓辺に座り込んだ。
(どっちにしたって、私には、元から自由はない)
月を見つめて、物思いにふける。
「きっと、ステキな方に違いありませんわ」
乙は、なだめるようにそう言う。
「そうね」
ぼーとする。
乙は、居心地が悪そうだ。
「蝶制度は、失敗したことが無いそうですよ。あなたのお母様も、蝶制度でたくさん悩んだそうです。でも、最後は、とてもラブラブだったとか……」
「その話は、お母様から良くきいたわ」
花は、蝶制度の素晴らしさは、母に聞かされていたので、本当は、心配などしてはいなかった。しかし、一生の事を決めるのに、占いの力をかりるのがしゃくなのである。
(自分で決めたと、心から思えるかしら?)
少し不安であった。
「ごめんなさいね、乙、こんな時間まで付き合わせて」
「いいのですよ、こんな時くらい、側に居させてください」
乙は、花の頭をなでる。
花は、そのまま、眠りについた。




