転生したら転生美少女の妹になった
鮮やかな花達が咲き誇る庭園に乾いた音が響いた。
手をあげた少女は微笑みを浮かべているものの、紫の瞳はしっかりと相手に怒りの視線を向けている。
叩かれた少年も怒りで顔を赤くしながら、向かいに立つ少女を睨み付けていた。
「あなたが好き好んで王族に生まれた訳でないのは分かります。ですが王族として生まれたのならその責任は果たすべきです」
「僕の何が分かるんだ!」
「あなたはまだ幼いです。だから周囲の大人も甘やかしてくれるのでしょう。でも将来この国を守る為にはこのままではいけません。あなたがこの国を導いていかなくてはならないのです」
「黙れ!僕は王なんてなりたくはない!」
「いいえ、黙りません!いずれはあなたは王になります。その未来は変えられません。そしてその時は今のように甘える事は許されません。今のような振る舞いも誰1人かばってはくれません」
「だ、だって僕は…」
「今感情に赴くままに逃げてしまっては、あなたの盾は脆くなっていく一方です」
「盾?」
「今は護られる立場だから分からないかもしれません。しかしこのまま逃げた続けたら、あなたはなんの防御の持たない王になるでしょう」
「…意味が分からない」
「自分自身を護る為には剣だけでなく盾も必要です」
「でも僕は、誰を信じたらいいのか…!」
「では私があなたの盾になります」
「…お前が?」
「はい。本当に自分の命を預けられるかどうか、あなたの目で見極めてください」
「…お前は僕を裏切らない?」
「あなた次第ですね」
先程まで怒鳴り散らしていた少年は、目の前の綺麗な笑顔を見せた少女を呆然とした様子で見詰めている。
場面だけ見れば可憐な少女と美しい少年が見つめ会うという、目の保養になる場面だ。
が、しかし私の隣には崩れ落ちる父の姿と、どこか楽しそうな王様がいる。
「人払いしていて良かったな。しかしお前の娘は賢いな、エレン。将来はシアンの嫁か」
「やめてくださいー!」
「まだ学園に通っていないにも関わらず、上位魔法を使えるそうじゃないか。あと貴婦人の間で人気の摩訶不思議な焼き菓子もリリアが発案したそうだな」
「ど、どうしてそれを…!?」
「周りが騒ぎだす前に、うちので手をうっていた方がいいぞ」
「そんな…」
「…おとうさま。おかあさまは?」
「あ、ああ。ミリアは今王妃様のところだよ、ベル」
「わたし、おかあさまのところにいってきます」
崩れ落ちたままひくつく笑顔を向けてくる父に心底同情しながらも、私はさっさとこの場を退場することを決めた。
私は子供らしい可愛い笑顔を父と王様へと向けた後、再び姉であるリリアへと視線を戻す。
母親譲りの黒髪に父親譲りの紫の瞳を持つリリア。
つい先日不用心にも鍵を掛けていない引き出しから、この世界が乙女ゲームであるという内容のメモがでてきた。
全て日本語のそのメモには攻略対象の個人情報や攻略ルート、そしてメモの一番端には『リリアは悪役令嬢』と力強い字で書かれいた。
そう、彼女も私と同じ転生者だった。
あまりにも子供らしくないその振る舞いには、以前から違和感を感じていた。
リリアがおやつに作ったというお菓子は、この世界には存在しない画期的なものだと屋敷の者から絶賛の嵐だった。
確かに美味しかったけど…、ホットケーキだよね?
その違和感は的中してしまった。
公爵家に産まれ平凡に生きたいと言いながら非凡な面を押し出しているリリア。
もうすぐ4歳になる私と2つしか変わらないはずなのに、この利発すぎる発言や態度で周囲の大人を大いに驚かせている。
王族問題について諭す6歳児なんて…怖すぎる。
お父様やお母様は手の掛からない賢い子供だと言ってるけど…あり得ないでしょう!?
普通の6歳児が商人と手を組んで商売を始めますか?
普通の6歳児が古代語を読み解くことが出来ますか?
…無理!
そして今回は攻略対象且つリリアの婚約者となるシアン様に完全に嫌われようとしていたはずなのに、何がどうなったのかシアン様の盾となるらしい。
死亡フラグ回避!と一人で意気込んでいながらこの結果。
というか、平凡が良いと言いながら子供らしささえ装えないなんて。
とても6歳だと思えない台詞の数々に、なんだか背中がむず痒くなる。
「…やっぱり関わらないでおこう」
彼女に近づきすぎると巻き込まれてしまいそうだ。
本当に平凡に生きたい私は転生者であることは打ち明けず、ただの可愛い妹としてリリアの行く末を見守っていこう、そう心に決めた。
「ベル!」
「あ、おかえりなさい。お姉さま」
「んもうっ!可愛いっ!」
私の部屋に駆け込んできたリリアは、にっこりと微笑む私を抱え込んできた。
「…お姉さま、さきほど学校でお会いしたばかりですが」
「ベル。私には今癒しが必要なの!」
そう言って抱き締めてくるリリアに、私は読んでいた本を机の上にそっと置いた。
リリアが疲れている原因は、きっとあの人達のせいだろう。
「何かあったのですか?」
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ」
「…そういえばお姉さま、私最近お友達が出来たんです」
「まあ!良かったわ。ベルは屋敷を出ることが少ないから心配していたのよ。いえ、ベルのような可愛くて素直な子なら、たくさんお友達が出来ると思ってはいたんだけど!どんな子かしら?名前は?」
顔には出さないけど、あまりの姉馬鹿さに若干引く。
この世界に二度目の生を受けてから13年。
余程妹のことが可愛いのかずっとこの調子だ。
まあ、私もそんなリリアのことが好きなんだけど。
「その子から聞いたんですが、お姉さま王立魔法学院の特別科に推薦されているって」
「え!?あ、ええ。隠していた訳ではないのよ」
本来なら8歳から始める魔法を、興味本意から3歳から独学で学んでいたリリアンは着実にチート化していた。
そして趣味のお菓子作りに精をだしていたら、リリアの名は瞬く間に有名になってしまっていた。
虚ろな目で平凡になハッピーライフが送りたいと呟く姿には、同情は出来ない。
正直、自業自得だ。
「さすが私の誇れるお姉さまです」
「え、あら、そう?ふふふ」
私の言葉に機嫌を良くしたリリアは、さきほどまでの落ち込んだ表情をあっという間に消し去ってしまう。
単純すぎる。
そんなリリアを私は結構好きだったりする。
本当の平凡を願う私にはリリアの事情を聞くことは出来ないけど、妹として出来る限りのことはしてあげたい、そう思ってしまう。
リリアが嬉しそうに私の癖のある銀髪に指を絡めていた時、部屋の扉が叩かれた。
この雑な叩きかたはきっとあの人だろう。
「リリア嬢。お客様がきてるぜ」
「誰なの?今忙しいんだけど」
ノックの後姿を現した青年をリリアは不機嫌に睨み付ける。
5年ほど前にリリアが孤児院から連れてきた、優秀な護衛イーサンだ。
「そんなこと俺に言われてもなぁ。お得意様を追い返すことなんて出来ないし」
「お得意様って…。もしかしてシアン?」
「ああ」
なんのお得意様なのかは知らないが、第一王子であるシアン様が訪ねてきているらしい。
「…仕方ないわね。行きましょう」
「ベルお嬢様はどうします?シアン様からよろしければご一緒にと伝言が」
「そうですか。お邪魔でないのなら是非お伺い致します」
最近二人の進展を如何う機会がなかったので、シアン様からのお誘いを喜んで受けることにした。
我が屋敷自慢の庭園で、シアン様は紅茶を片手にゆっくりと寛いでいた。
咲き誇る薔薇達を背景に、きらきらと光る金色の髪と中性的な顔立ちに思わず見惚れてしまう。
学院でも顔を会わせることはあったが、見慣れない私服のシアン様に目が離せなくなる。
「お待たせ致しました」
リリアの声に我にかえった私は、慌ててシアン様へ挨拶をした。
そんな私に優しげな笑みを返してくれるシアン様はマジ天使です。
私とリリアが席着くと、シアン様はさっさと人払いをしてしまう。
残ったのは私達3人と、イーサンだけだ。
「一体どうしたの?先触れもなく訪ねてくるなんて」
「ああ、ごめん。ちょっと色々あって…」
申し訳なさそうに微笑むシアン様に対して、リリアの堂々とした態度。
その様子を見て思わず顔を緩めてしまう。
初めて会った時のシアン様は、大人達からの期待や重圧に耐えきれず完全にやさぐれていた。
リリアメモによると乙女ゲームの攻略対象であるシアン様は、人間不振で女性に対しては軽薄な態度をとるキャラクターだったらしい。
でもリリアの献身的(?)な努力のお陰で、いまでは紳士的で周囲から愛される美青年へと進化を遂げていた。
リリアは周囲の人間を良い方向へと導いている。
一部では『改革の女神』や『黒い美魔女』など色々言われていて、それに頭を抱えているリリアは見ていて面白い。
「ど、どうしたの?ベル」
「え?あ!すみません!」
シアン様の問いに意識を戻すと、3人の視線が私に集中していた。
昔を思い出して不気味にほくそ笑んでいたのを見られたようだ。
子供っぽさで誤魔化そうとえへへと笑ってみたら、3人全員が崩れ落ちるように顔を伏せてしまった。
「どうしましたか!?」
「…ベル。君はこのままの君でいてくれ」
「え?あの一体どう意味でしょうか」
「ベル~!」
いつものようにリリアに抱きすくめられながら私はただ困惑することしか出来なかった。
イーサンに視線を向けても困ったように笑うだけだ。
とりあえず不気味な笑みは失敗だったようだ。
「あー実は今日は相談というか報告というか…」
ようやく本題に入ろうとするも、歯切れの悪いシアン様にリリアの眉間に皺がよる。
「何かあったの?」
「いや、その婚約者のことなんだ」
「婚約者?」
「ああ。学院を卒業するまでに婚約者が決まらなければ、候補を決めると言われてしまった」
「後3年ね。…もうすぐ運命の出会いがあるかもしれないわよ?学院の温室で可愛い女の子と…」
「そんなものはいらない」
進んでいく二人の驚きの会話に、私はここに居ていいのかと居心地の悪さを感じる。
だってこんなに正式発表でもない王族の裏事情を知ってしまうなんて、何かに巻き込まれてしまう感が半端ない!
やっぱり部屋に籠っておくべきだった。
「お嬢は王妃様になりたくないんですか?」
「なりたいわけないじゃない」
即答だ。
「例え相手を愛していたとしても、私に王妃様なんて無理よ」
いや、リリアならどんな職業でもこなせそうだけどな。
そんなリリアに複雑そうなシアン様と、どこか嬉しそうなイーサン。
ああ、甘酸っぱい!
因みにリリアとシアン様は婚約していない。
周囲の大人達は当たり前のように二人の婚約を推してきたけど、そこは大恋愛の末結婚した王様が止めたそうだ。
でもこのままだとリリアが王妃候補筆頭になるのは間違いない。
お似合いだと思うんだけどな。
しかしそうなった場合、乙女ゲームのストーリー通り悪役令嬢リリアはバットエンドを迎えることになるかもしれない。
「まあ卒業までに相手が見つからなかった場合、リリアの名前が一番にあがるだろう」
「なんて迷惑な!私は静かに暮らしとささやかな幸せでも生きていきたいと思っているのに…!」
「いや、お嬢。それはどう足掻いても無理でしょ。例えシアン様との婚約がなくても」
「じゃあ私は一体どうしたら…!」
「私はお姉さまのやりたいようになさったら良いと思います」
正直各方面に対して色々と貢献しているリリアに対して、斬首や国外追放はないと思う。
というかリリアなら逃げ切れるはずだ、確実に。
「ご自分の気持ちに正直になられるのが一番です。周囲の言葉など気にせず、本当は想いあっているのなら…」
「ベル?その、私の事を想ってくれているのは凄く嬉しいのだけど、何か勘違いしてないかしら」
「勘違い?」
「私は決してシアンのことを異性として慕っている訳でないいわ。そうね、例えるなら目を離せない弟といったところかしら」
「そんなはっきり言わなくても…」
あまりにも失礼な言いように慌ててシアン様を見ると、思い切り首を縦に振っていた。
「私にとっては口煩い姉だ。リリアに対して邪な想いを抱いたことは一度もない!」
「シアン様、うちの可愛いお嬢に向かって酷い言い種ですね」
「いいのよ、本当のことだから」
どうやら二人には本当にその気はないらしい。
リリアに関してはてっきり素直になれないだけだと思っていたのに。
そういえば前世でも「恋愛に関しては鈍すぎる」と言われていた気がする。
「じゃあシアン様は好きな人はいらっしゃるんですか?」
思わず口にしてしまった私の事を質問に、顔を真っ赤にして口ごもるシアン様。
何が可笑しいのかリリアとイーサンは肩を震わせている。
この様子をみるとシアン様には意中の女性がいるらしい。
こんなにも魅力的なシアン様がどんな女性に想いを馳せているのか、物凄く聞きたいけれどこれ以上踏み込むのは危険だ。
私はあくまで何もしらない振りをしながら、リリアの行く末を見守っていくのだ。
それから1年後、ヒロインと記されていた少女からの猛アタックをうけるシアン様。
それに立ち向かうのは…。
え?どうして私なの!?