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【81】3月14日+①

3月に入っても、寒くてまだ春の気配は感じるには早い。


風も冷たさを含んでいて、指先もかじかんでしまう。


でも、今年は違う。


温かな手を私は手に入れてしまった。


あんなに拒否をして、知らん振りをして、わざと遠ざけた。


酷い言葉も投げ付けて、たくさん傷付けたのに、傍に居てくれた人。


素直になって、手を差し出せば、壊れないように優しく受け止めてくれる。


いつの間に、好きになっていたんだろう?


こんな私を選んでくれた人を、私は手放したりしない。


……もしかして。


忠犬を手に入れたって、こんな感じ?












本当は、学校にはこういうのを大っぴらげに持って行くのは、ダメなんだけど、生徒会の働きで、今年は特別に“許可”が下りたと、つかさが教えてくれた。


私の手には、学生カバンと大きな紙袋。


昨夜遅くまで、頑張ってチョコ作りをして、袋詰めまでして。


今日は、ホワイトデー。


という事で、大量のホワイトチョコ作りに挑戦した。


――もちろん、光星も手伝わせたけど。




「千星先輩――それ…」



朝、マコトが唖然としたような顔をして私の顔と紙袋を交互に見て、小さな溜め息を付く。


相変わらず、首には私のピンクのマフラー。


噛み跡も切れた口元も、綺麗に治っているのにグルグルと巻いている。


いい加減、返して欲しいが、“リード”の代わりだと思えばいいのかもしれない。


私とマコトの関係は、ご主人と可愛いわんこ。


だって、時々見えるんだから仕方ない。


ピンとした犬耳と、ぶんぶん振っているフサフサの尻尾。



「おはよう!マコト!今日の放課後、女の子たち集めといてね」



やっぱり…という顔をして、犬耳がへにゃあっと垂れて、半泣きな顔をする。



「え?何なの?マコト?」

「今のは、姉さんが悪い」



玄関の鍵をして、出て来た光星に言われ、何の事?と聞き返しながら学校へと向かう。



「マコトには、チョコ一つあげないで、女の子にはあげるんだから」

「え?な?それを言うなら、私のマフラー、いい加減返してよっ!!」

「それは、姉さんが噛み付くから。治療代代わりみたいなもの」

「………」



あんたは殴ったくせに!って思ったけど、今は言い返せば何倍にもなって帰ってきそうだから、口をつぐむ。



「光星が、私のチョコ食べたのがいけなかったんじゃない!!」

「あれは、捨ててあったのを俺が拾ったから、俺のもの」



……、ダメだ。今日の私は勝ち目無い。



「それに、俺は、ちゃんとマコトにはチョコあげたけど」

「…――ひっ?!!!!!!」



一瞬にして、その場面を脳内で作り上げてしまった。


男同士で、そんな事してたなんて!!


あわわわっと、鞄と紙袋を持つ手が震える。



「試作1号から23号まで。マコトと大河さんたちにあげたんだ」

「なっ????!!!!」

「姉さんが俺にくれたんだから、全て俺のものだよね」

「………」



あの試作チョコ全ては、確かに光星にやった。


光星が全て食べたものだと、勝手に思い込んでいた私が悪いのか。


それとも、私に内緒で全て横流しにした弟が悪いのか。



「し、試作でも、すっごく美味しかったです!!!!でも、でも、オレにも完成チョコが欲しかったです…」



(そんな目で、私を見るな!!)



うるるっと濡れた瞳で、見つめられたら、誰だっていとも簡単にココロが揺れるに決まっている。



「仕方ない、これ、一番にあげる」



紙袋から、一つ小さなリボンで封がされた袋を取り出す。


透明なので、ホワイトチョコがコロンと2個、入っている。



「千星先輩、大好きですっ!!!!」

「ちょ!待って!ストップ!!!!」



朝から、人の往来がある通りで、抱き付こうとするな!!


そんな事したら、明日からこの道、通れなくなるでしょう!!



「ううっ、光星先輩。千星先輩が……」

「分かった。マコト、分かったから泣くな」

「光星先輩、大好きですっ!!!!」



マコトが光星に抱き付いて、光星がやれやれっといった顔で、マコトを抱きとめている。



「ひっ!!!!!」



多くの人が、この光景を困惑した顔をして横を足早に通り過ぎて行く。


あのバカマコト!


明日から、登校ルートを変えざるを得なくなった。







    





今年のホワイトデーは、五十鈴にはエプロンをプレゼント。


いつもは、キャンディやマシュマロなどをあげていたけど。


先日、目に留まったエプロンのフリルがひらひらと可愛くて、絶対、五十鈴に似合う!いや、五十鈴以外に、誰がこのエプロンを身に付けると言うの!!


即決!即断!即購入!!!


このエプロンを着た五十鈴を想像するだけで、何だか幸せな気持ちになるから不思議。


朝の教室。


まだ早い時間で生徒も、まだ少ない。



「そんな笑い方なさったら、気持ち悪くてよ」



気持ち悪いって、何よ!


ギンっと睨んだ先には、つかさ。



「千星さん、どんな妄想なさってるの?」



妄想って、ヒドい!


でも、これを見れば、つかさだって、私が一人でニヤってほくそえんでいたのが理解出来るはず。



「今年のホワイトデーに、これを五十鈴にあげるのよ」



勿論、きっちり包装されているので中身は見えない。


なのに、つかさは、すーっと目を細め――。



「今、すぐに、これを五十鈴さんに渡しに行きましょう」

「え?」

「お似合いになるわ!私も、このエプロンを着た五十鈴さんを是が非でもナマで見てみたいわ」

「………」



見えるの?つかさ…、この箱の中身を…。


超能力者?透視能力?


つかさなら、100%無いとは言い切れない。かと言って0%とも言えない。



(魔術とか、平気で使いそう。つかさなら…)



隣の教室に行くと、五十鈴がちょうど登校してきた所。



「五十鈴さん、おはよう」

「おはよ!つかさちゃん!千星ちゃん」



ニコっと元気に微笑む五十鈴は、今日も可愛い。


今日は早いねっと五十鈴が言えば、つかさが、そうなのよ、五十鈴さんにこれを渡したくて、と言って、いつも間に手にしていたのか、水色の紙袋を渡す。



「私から、五十鈴さんへ気持ちのお返しですわ」

「うわぁ~~~!!ありがとう、つかさちゃん!!!」

「うふふふ、中身はマカロンなの。あとで召し上がってね」

「今から、楽しみ~~!!でも、食べるのもったいないかも」

「あら、それなら、またお取り寄せすればいいだけの事よ」

「えへへ、じゃあ、次はつかさちゃん達の分も一緒に、ね」



そして、次は私の番。


妙にドキドキする。


可愛い五十鈴が、可愛いエプロンを身に付ける。


ただ、それだけで可愛さ数値は何倍にも膨れ上がり測定不可能。


私にとって五十鈴は、自分らしさを無条件で受け入れてくれる大切な人。



「五十鈴、いつもありがとう!抹茶大福、また作って欲しい!」

「千星ちゃんに、そう言って貰えるのが一番嬉しいよ~~!」

「開けても、いい?」

「っ!」



袋から箱を取り出そうとする、その細い腕を言葉より先に身体が動いて、思わず強く掴んでしまう。


痛みは無いらしく、きょとんとした顔をして五十鈴は首傾げてくる。



「千星ちゃん?」

「――え、えーっと」



「箱を開けるのは、帰ってからのお楽しみになさって」



言葉より先に身体が動いてしまう私。


そんな私をフォローしてくれたのは、つかさ。


つかさが、柔らかい笑みを浮かべ、五十鈴にお願いをする。



「後で、一緒に見ましょうね。五十鈴さん」



つかさにそう言われて、素直に「うん、そうするね」と頷く五十鈴。


掴んでいた五十鈴の腕を放すと「千星ちゃんも、一緒に後でね」と言われてしまう。



――良かった~~。



見てみたい!と思う反面、誰にも見せたくない!という気持ちが鬩ぎ合う。


まだ人が少ないとは言え、エプロン姿の最強で最高に可愛い五十鈴をやっぱり他の誰にも見せたくないじゃないっ!!



「それと、箱の中身はまだ、白澤くんには内緒にしてね」



さすが、つかさだ。抜かりない。


勿論、一番にその愛らしい姿を見るのは、私だ(私たちだ)。


そして、誰にも見せたくないナンバー1は、白澤だ!!


つかさは“他の中身はまだ”と言ったけど、私の心の中では、永遠に内緒だ!!


ただ残念なのは、今日その姿を拝見出来ない事。


大量に作ったお返しチョコを裁くまで、今日は帰れないし、下校する頃は時間も遅いだろう。





教室に戻った私とつかさ。



「楽しみは、後の方が良くてよ」

「……、どうしてよ?」



私はどちらかと言えば、好きなものは先に食べたいタイプ。



「待っている時間、色々想像して楽しめるじゃなくて?」

「ひっ?!!!!!!!」



つかさの(余計な)一言が、今日一日中、要らぬ妄想を掻き立てたのは、言うまでもない。





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