【6】5月21日+①
爽やかな5月の風がカーテンを揺らしている。
窓を閉めてしまう前に、今日も青い空を見上げてみる。
うん!良い感じ!
「姉さん!早く!遅刻するっ!!」
「あと、戸締り、ここだけだから!!」
朝、登校の時間。
1年の時は五十鈴と一緒に行ったりして、早く家を出たりした事もあったけど、2年になってからはそれ所ではなくなった。
その原因は――。
「千星先輩~~~~っ!!!」
ビっ、ビクーーっ!!
朝から大きな声で、しかも遠くから手を振りながら駆けて来る男の子。
くせのある茶色の髪を風に任せ、軽く息を弾ませ、登場!
「おはようございます!千星先輩!穂高先輩!」
そう言って、私の横に並び歩幅を合わせて一緒に歩く。
私を真ん中に反対隣に居る弟・光星は「よぉ!」なんて挨拶をしている。
そう、原因は――この男の子!
始業式早々、告白なるものをこの私にしてきたのだ。
姓は姫野、名は真実。
この春、入学したばかりの1年生。
あれから、こんな風に私の前に神出鬼没に現れては、私の横に立つ。
「…おはよ」
そんな声と共に背中をポンっと叩かれる。
「最近、朝は3人一緒なのね。凄く羨ましいわ」
「つ、つかさ…」
春の陽気に誘われて姿を現したかのような妖精が、ニコっと微笑んでいる――でも、妖精と言っても悪戯好きのエルフ。
「おはようございます、麻生先輩」
「おはよ、姫野くん」
光星に引き続き、つかさとも友好的だ。
思わず、つかさの手を引いて光星と姫野から距離を取る。
「つかさ!正直に答えなさい!一体、何を考えてるの?」
距離は十分あると分かっていても、ひそひそ声。
「姫野くんの事?気軽にお付き合いしてみれば?」
「はぁ?」
つかさが妙な事を突然言うから、私も妙な声を出してしまったじゃない!
「あ、あ、あ、有り得ないでしょう!!」
「そうかしら?とても、良い子だと思うけど」
ほんのさっきまで小声だったのに、我を忘れて大きな声を出してしまう。
咄嗟に振り返って、後ろに居る男二人を確認する。
「つ、つかさ!言ってイイ事と悪い事ってあるのよ!!」
「姫野くんって、思い切り千星さんのタイプでしょう?」
「た、た、た、タイプってーーっ?!」
千星さんって意外に小さくて可愛いモノが好きだからと、つかさは笑顔で言う。
“意外”って…、ひと言多い!!
第一、小さくて可愛いモノと姫野とを一緒にするんじゃいっ!!
「――千星さん、男の子、苦手なの?」
「!!!!」
つかさの瞳が“ふ~ん、そうなのね!”と言っている。
「あ、あのね、つかさ…」
「克服しましょう!親友だもの、協力してあげるわ!」
つかさは私の腕をすり抜け、光星の前に進み“穂高くん、先に一緒に行きましょう”と光星んと腕を組み早足でこの場を後にする。
(な、何が、親友よ~~!あの女~っ!!)
ワナワナと震える拳。
「千星先輩、急がないと遅刻ですよ」
「……えっ?!」
そうだ!今日はギリギリに家を出て来たんだ。
「さぁ、早く!」
「ちょ、ちょっと?!」
姫野は怒りで震える私の手を掴んで走り出す。
振り払う間も無かった。
しっかりと繋がれた手と手。
「顔色悪そうですけど、どこか具合でも?」
「………」
「あれ?顔が赤く…、熱があるんですか?」
「………」
手を繋がれた瞬間、きっと私の顔は蒼白になったんだと思う。
そして、姫野が心配げな表情で覗き込んでくるから、顔が赤く…。
長いまつ毛に、大きな黒い瞳。
健康的な肌はとても綺麗。
誰が見ても、そう思うだろう。
心臓がバクバクと、無駄に心拍数が上がるのを感じながら
“わ、私の平穏な日々を返せーーっ!!”
と心の中で叫ぶ事しか、出来なかった。