【5】4月16日+④
五十鈴と白澤は家が反対方向だから、あの後すぐに別れてしまった。
私と並んで歩く姫野。
傍から見れば、不釣合いでバランスの悪い二人なんだろう。
ほんのさっきまで五十鈴が居て騒がしかったのが、今ではとても静かで沈黙が痛い。
どこか気まずい空気が流れてくるのを感じるけど…、だからと言って――。
「あの、千星さん…」
「………」
くせのある茶髪にチラっと目を落とすと、黒い瞳が見上げてくる。
視線がかち合うと姫野は少し淋しげで柔らかな笑みを見せてくる。
「千星さんは…、オレの事、憶えてないんですね…」
「………」
“憶えてない?”て言われても、下の名前さえどんなに記憶を探っても出て来なかったんだから、憶えてないと言うより…、知らないけど。
「千星さん…?」
「その“千星さん”って言うのやめてくれる?」
「え?」
姫野は驚いて瞳を見開いて、私の顔色を伺ってくる。
「な、名前も呼んじゃダメ…?まさか、オレ、もう既に嫌われている…とか?」
微かに声を震わせ、そんな事を訊いてくる。
な、何なの?この感覚は?
これって、捨てられた仔犬が保護を求め、見失わないよう懸命に後を追い掛けられてるような…。
「と、とにかく!つかさが言ってた通り“先輩後輩”なんだから、私の事は“先輩”と呼ぶ事!!」
「は、はいっ!千星――先輩!!」
「それから、五十鈴が言ってたように、私は相手の事知りもしないで外見だけで嫌いになったりしないけど!」
「じゃ、じゃあ!オレの事、知って下さい!!オレももっと千星先輩の事、知りたいから!!」
そう言って、姫野は私の元から駆け出して行く。
振り返って「千星先輩~~!!また、明日も会って下さ~~い!!」と大きな声を出して両手を振ってくる。
その表情は、本当に嬉しそうで、幸せそうで。
目を奪われるとは、この事?
あまりにも、綺麗…。
男の人に綺麗なんて、変な話かもしれないけど、他に言葉が見つからない。
それは――まるで、シルフ。
風に精霊が一陣の風と共に駆け抜けて往ったかのよう。
それは、私にとって、生まれて初めて呼吸を忘れるほどの一瞬だった。