【2】4月16日+①
どこまでも薄青い空と気持ちの良い日差しが、心も身体も軽くしてくれる。
なのに――。
私の心は霞が掛かって、晴れてこない。
特にコレと言って理由も無いけど…、イライラ……。
そして、今日も何事も無く1日が過ぎていく。
「――さん…、千…さん!――千星さん!!」
「――っ?!!」
小さく溜め息を付いて「そろそろ、帰りませんか?」と苦笑しているつかさが目の前に立っている。
教室を見渡すと数人のクラスメートが残ってるだけ。
「ご自分のお名前、忘れてしまったのかしら?」
と、ニコっと微笑んで軽く嫌味も口にする、私の親友。
「ご、ごめん…。ちょっと、考え事…」
ここは素直に謝る。今、私が抱えてるイライラをつかさに当て付けたりしたら倍返し?
いや、3倍返しは目に見えている。
「最近、上の空ね。千星さん、もしかして気にしてるの?この間の事…」
つかさの言う“この間の事”とは、1週間前に階段の途中で後ろから声を――つまり、告白というものをされた事で…。
「気になるわよね?当然だわ」
「………」
気になる。
つかさの言う通り、気になっている自分が居る。
あの時、逆光で顔が見えなくて、どこの誰だか分からないけど、この校内にそいつが居るという不安。
この1週間、何かあるんじゃないかと身構えていたにも関わらず、何も無くて…。
そんな自分が許せないと言うか、バカみたいと言うか…。
「ねぇ、千星さん。例えば、彼がどこの誰だか分かったら、どうなさるおつもり?」
つかさもあの場に居た訳だから、気になるのは自然な事だと思う。
“誰だか分かったら”――勿論、決まってるじゃない!!
「ぶっ飛ばしてやるわ!!!」
そうよ、この私にあんな悪戯をして、黙っていられますか!
しかも、今だってコソッと影で嘲笑してるに違いない!
そんな男!この鉄拳をくれてやるわ!
「そうよね~。千星さんならそう言うと思っていたの。だから…――どうぞ!」
「?」
な、何?何が“どうぞ”なの?
よく分からないまま、つかさの指差す方へゆっくり首回すと、そこには――。
男の子?――あれ?女の子?
でも、制服は男子のもの。しかも真新しい。
「遠慮なんて要りませんわ!千星さん、どうぞ!」
「あ、あの…つさか、“どうぞ”と言われても…」
確かに服装は男の子だけど、中身は女の子じゃないの?と言いたくなるほどの愛らしい容姿。
つかさはいつもと変わらない笑みを浮かべて、その男の子の横に立っている。
「ちゃんと、本人には了承済みですの。千星さんのイライラを是非、この男子生徒に」
「…はぁ」
いくら私がイライラしてるとは言え、知らない人をぶっ飛ばすなんて出来ない。
「では、この男の子が先日、階段で告白してきた彼だと言ったら?」
「…え?――ええぇ~~~~!!??」
う、うそ、やっぱり、男の子なんだ~~!!じゃなくて!!
「え?え?え?でも、どうして、ここに?」
いきなりの展開に少しパニック状態の私と、それに反してあまりにも冷静な態度のつかさ。
「この1週間、私が何もしなかったとお思いなの?」
「あ、いや…、誰も頼んでいないけど…」
「酷いわ~!大切な友人である千星さんの為に、この私が色々と…」
「………」
この女“色々と…”と言うけど、一体いつ、どこで、何をいてたのか…。
今はそっちの方が気になって仕方なんですけど。
「あ、あの…、穂高千星さん」
(あ…!!)
ここで、やっと声を発した女の子のような男の子。
その声は、あのときに聞いた声と同じ。柔らかくて、優しい声で私の名を口にする。
「あ、あの…、麻生先輩が言うように遠慮は要りません。だから…、あの…」
「………」
殴れない!
相手が男でも、絶対無理!
この少年は、あまりにも――。
背はつかさより少し高いぐらい、だから…168cmほど?
髪は茶髪で猫っ毛でクルっとしていて、柔らかそう。
伏せ目がちな瞳、長いまつ毛は影を作っていて…。
どう見ても、私の方が体格は良いんだから、本気でぶっ飛ばしたりしたら私の方が悪者になってしまう。
はっきり言って、何だか、もう…。
「つかさ!それで、私はどうすればいいの?」
つかさは、いつも以上に優雅に微笑む。
でも、私には策略が成功した時の笑みに見えるんだけど…。
「彼、姫野くんといって、1年生なの。だから、まず――」
「――“まず”?」
「先輩後輩からスタートって事で、お付き合いしてみません?」
「は?」
結局、つかさは「じゃあ、お先に失礼するわね」と言って早々と一人で帰ってしまう。
残された私と、えーっと…姫野だっけ?
この状態のまま放置して、あの女、何を考えている~~?