【16】7月20日+②
残されてしまった、私と姫野。
「先輩、帰りましょう」
にこっと、微笑む姿は可愛い。
邪気が無い。
本当に主人に忠実なわんこだ。
私が動かない限り、この場に立ち留まる事になるのは明白で、取り合えず学校を出る事にする。
「ちゃんとお礼もしたいので、何か食べたい物とかあれば、言って下さいね」
楽しげに話してくる、姫野。
むしろ、私のスパルタ指導に付いて来た姫野は凄い訳で“ご褒美”と考えれば、少しぐらい付き合っても…。
真昼の太陽がジリジリと、私と姫野を照り付けてくる。
「夏休みに決まってる予定とかありますか?」
「ん?そうね…。夏期講習に行くわ」
「そうですか…」
今年の夏休みは、五十鈴は家族と旅行。しかも、白澤家と一緒に。
去年、二人だけ留守番だったので「絶対、連れてって~!!」と要求したらしい。
つかさもお祖母さんの家に行くとか。
そんな事を思いながら歩いている。
ふと、隣を歩いていたはずの姫野が居ない事に気が付いて、振り返る。
「どうかした?姫野。――あ、あそこにコンビニがあるから、何か買って飲まない?」
「――千星先輩…」
いつになく、神妙な顔付きで私を見上げてくる。
心臓が、トクトクと打つのが聞こえてきそうな…。
「なに?」
「………」
その目は、何なの?――少し…、怖い?
「――先輩は、オレの事、好きですか?」
「!」
「――好き…ですか…?」
1度目は真っ直ぐ私を見て、そして2度目は目を伏せて。
人気の無い住宅街の路地に二人。
真上から灼熱の太陽の光を浴びて、私は姫野から答えを求められている。
「…好きというより…、姫野は後輩。だから…、私は先輩後輩のままの方が…」
姫野は何も言わず、黙って聞いている。
私の声はそれほど大きくない。聞こえてる?と言いたくなる。
「もう、無理して私の前に現れなくてもいいんだよ」
「そ、それって、オレの事、視野にも入れたくないって事?」
姫野の声は、すごく掠れて聞き取れない。
そして、胸の奥に広がるこの息苦しさは何?
「ち、ちがっ!そういう意味じゃなくて!姫野が私の事を見たくないんじゃないかと…」
「オレは、オレは!――ずっと、貴女を見てきたのに!!」
その言葉は、耳にではなく心に響く。
息苦しさが増して、呼吸してるのか、していないのか…。
だから、そんな目で私を見ないで!!
「――ここまで来たんだ!そう簡単に引き返せる訳無いっ!!!」
そう言って、姫野は私をぎゅうっと抱き締める。
それは、ほんの一瞬の出来事で――。
「――!」
何か言おうと思っても、喉はカラカラで言葉は失われていく。
姫野は、踵を返して走り去って行く。
立ち付くしかない私の足元には色濃く残る自分の影。
私の心にもとても小さいけど、影は色濃く現れてしまった――。




