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1章2節

(こんな色をしていたのか)

 吊り下げてある灯の光に照らされた室内に入り、最初に目に付いたそれを見て、西の国澪綾の皇子、久月は心の中でそう呟いた。

「お師匠様、お二方をお連れいたしました」

 風珠がそう言って、別の部屋に声を掛ける。しかし返事はない。

「変ですね。一体……!」

「何だ!」

 どうしたのか、と。風珠が言葉を続けようとした矢先、その音は辺りに響き渡った。

 天も落ちるか。というような轟音の後、高らかとさえ言える笑い声が音の発信源と思われた部屋から聞こえてきたのだ。

「な、なんだ?」

「………まさか」

「風珠君?」

どことなく引きつり顔の風珠に、青年は問うように首をかしげる。

 そうしている間にも、哄笑はさらに大きく、自信に満ちていく。

「さあ、ようやく身の程を思い知っていただけましたわね?思い知ったらさっさと金目のものを置いて、その見苦しいむさくてどうしようもない顔と姿を、ここから出て行き消し去りなさい。十数える間だけ待ってさしあげます」

 悲鳴が相次ぎ、瞬時に部屋から数人の、どうみてもその道の男たちが部屋から一目散に外への戸を目指して駆け出してきた。途中に突っ立ってそれを眺めていた風珠たちには目もくれない。

「ちなみに、次にわたくしの視界にその見るに耐えない造形が入ってきた時は、貴方たちの最期と思ってくださいね」

 つまり、二度はないぞ、と脅している。

 最後の一人がその顔を恐怖とそれゆえの涙などで濡らしながら出て行くと、風珠は隣に佇む客人二人を見やった。

 二人とも無言だ。青年のほうは扇で口元を隠し、面白そうに目を細めているが、少年のほうは何が何だかわからない不安と、先ほどの響き渡った声に驚いたのか、一歩引いて立っている。

「あの」

「風珠。帰ったのね」

 説明したほうが良いかと、口を開きかけた風珠の声にかぶさるように、部屋から声がした。

「ご苦労様。お客人の方々、どうぞ入ってくださいな」

 声は風珠を労いつつ、客人たちを部屋の中へと招く。

「どうぞ」

 それを促すように、風珠も部屋へと二人を案内した。

「ようこそ。東西の皇子様方。お待ちしておりましたわ」

 一段明るくなった部屋に居た人物を見て、招かれた客人二人は絶句することとなる。

 ぬばたまの漆黒の長い真っ直ぐな髪、きめ細かく新雪のように白い肌。頬にさすのは桃を思わすような、淡い朱。長いまつげに縁取られた瞳は、水浅黄の透き通る色彩。黒衣に包まれた身体は、それでも見事なラインを示していた。

 笑みの形になった紅珊瑚色の唇が、微笑に華と凄みを与えている。

 そこにいた人物は、絶世の美女だったのだ。

 が。

「お、お師匠様!この床はなんですか?ああ!花瓶が割れて!」

 風珠が声をあげた先には、床の上で砕け散っている元花瓶だった物体が。そしてその隣には、何故か木組みのタイルが数個の穴を開いていた。

 先ほどの哄笑とは違うころころと鈴の鳴るような笑い声を上げ、 師匠と呼ばれた女性は客人たちを手招く。

「気になさらないでくださいね。 さあ、 どうぞ奥へ。 丁度良く夕餉ゆうげの準備が出来ましたの」

 二人に卓の席を勧める師匠。 久月と青年は、 とりあえず言われた通りに席に着く。

 その間にも、 風珠は素早く床を掃除しているようだ。

 かちゃかちゃと、 破片を片付ける音が沈黙の室内に響く。

「先ほどの方々は、 いかがされたのですか?」

 沈黙から口を開いたのは、 青年だった。 その問いかけに師匠は優しく微笑みながら、 しかしきっぱりと言う。

「ああ、 先ほどのむさくるしい見苦しい暑苦しいの、 三重苦を背負った方々ですか? あの方々はここに物取りにお越しになったようなのですが、 差し上げるものなど塵一つもないので、 丁重にその訳を説明いたしまして、 お帰りいただきましたの」

 金品は置いていってくださったので、 臨時収入が手に入ったのには、 感謝ですけど。

 そう言って微笑む絶世の美女。

 半ばその言葉に呆然としていた久月は、 あることに気づいて声を上げた。

「ってことは! 女ひとりにあいつら逃げ帰ったのか!」

「……風珠君?」

 再び破片が床に落ちる音に、 青年が首をかしげてそちらを向く。

 そこには、 心なしか青ざめた表情の風珠が手にした破片を思わずといったように取り落としている場面であった。

「お、 お師匠さ…」

「風珠」

「……はい」

 静かに、 美しい微笑を浮かべて、 たおやかな白く細い師匠の指が卓の背後にある衝立ついたてを示す。

 それの意味することを正確に理解した風珠が、 異議を申し立てるように、 口を開く。

「お師匠様、 それは」

「風珠」

 再度呼ばれた名に、 風珠は口をつぐんだ。

 そこには、 二度は言わない、 そういう響きの色がありありと含まれている。

 風珠の肩が僅かに落ちる。 いいだしたら聴かないのが師匠なのだ。

 仕方ないといったように頷き、 ちらりと一瞬だけ気の毒そうに久月たちを見た。

 もっとも、 その視線に気づいたのは青年だけで、 久月は未だに女が山賊を撃退したことを驚いているようだったが。

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