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「……き……ゲ。い……る…だ」
頭上から声が響いてくる。
意識が朦朧としているためかうまく聞き取ることができない。
その旨を伝えようとするがなぜか声を発することができなかった。
それどころか視界の焦点も合わず、周りの状況が把握できずにいる。
まるで植物人間にでもなった気分だ。
「ま……で……いる……しかた……。それ……あ……に…せつ」
また頭上で誰かが何かを喋っている。
しかし、俺はそれにこたえることができない。
どうすればいいのだろう。
『これでどうだハゲ』
『なっ!?』
今度ははっきりと聞こえてきた。
だがそれは頭上からではなく、なんというか耳からじゃなくて頭に直接入ってくる感じだ。
『いちいちこんなことで驚くな。そんなんじゃすぐに死ぬぞ』
『え? 俺今そんな危ない場所に居んの?』
『今は安全だが。まあお前次第だな』
なんだかすごく意味深なことを言われた気がするがそんなことより今はこの状況をどうにかしてほしかった。
『ひとまず俺、どうなってんの』
『今のお前か。そうだな、複雑ではあるが一言でいえば……死んでいるな』
『……は?』
『は? じゃないだろ。言葉がわからんのかお前は』
『いや、そうじゃなくて。死んでるってどういうこと?』
『息もしていなければ心臓も止まっている。瞳孔も開きっぱなしでピクリとも動かない。これを死んでいるという以外になんというのだ?』
『……』
確かに今言われたとおり体が思うように機能しない。というか動かない。
もう貧血とかいうレベルではなく、人形にでもなったかのような気分だ。
そうなると他言いようがない。俺今、死んでます。
『何で俺死んでるの』
『質問の多いハゲだな』
『そんなこと言われたって……ってか、お前もいつまで俺をハゲと言うつもりだ』
『ハゲはハゲだろう』
『俺はハゲてない。フッサフサだ』
『そう言う奴は将来ハゲるもんだ』
『じゃあどうしろって言うんだよ!』
『まったく、なにをむきになっている。この話を広げることに何の意味がある』
『なら絶対に俺をハゲというな!』
『それは無理だな“ハ・ゲ”』
『この野郎! わざと強調しやがったな!』
このままでは先に進まないことはわかっている。しかし、どうしてもこれだけは撤回させておきたかった。
でなければこんな奴と付き合ってられない。
『いいかお前、これ以上言ったら!』
『もうこの話はひとまず置いておこう。とにかく貴様を蘇生されることが先だ』
『……確かに』
『まったく時間がもったいないな。ちょっと待ってろ』
声はそこで途切れた。まるで頭が真っ暗になったような錯覚に陥る。
死ぬっていうのはこういうことなのだろう。
ほんの一瞬でも誰かが居ないとさびしく感じる。
だからって人をハゲなんて言う奴とは話したいとも思わないが。
……これ以上考えるとさびしいというか絶望を感じそうなのでなにも考えずに大人しく待つことにした。
「ふー。これでいいだろう。おいハゲ、聞こえているだろ。起きろ」
今度は耳から声が入ってきた。
どうやら本当に蘇生できたらしい。
蘇生って普通にできるものなの? と思ったがさっきも言われたとおりあまり疑問に思わないことにした。
視界は未だ歪んだままだが、体は動くようになっていた。
途端にいろんなものが体に流れ込む。
喉と眼球は乾ききっていて、全身にはもう一度死ぬような激痛。
「ゲホッ、ガ、ゲホッ」
喉元に何かが詰まっているようで咳が止まらなくなった。
呼吸ができない。
「辛そうだな」
「あたりまえゲホッ、ゲホッ」
「まあしばらくすれば目も見えるようになる。そしたら自分で全部確認しろ」
言われたとおり、瞬きを繰り返すうち徐々に視界は回復していった。とんでもない回復力だった。
うっすらと辺りの景色が目に、耳に入る。
焼けた集落。死体の山。泣き叫ぶ人々。
まさしくそれは絶望の光景だった。
ここは、戦場なのだろうか。
「ゲホッ」
未だに咳がおさまらない。俺もこの被害にあったのだろうか。
腹部の当たりに激痛を感じるのでそこに視線を向ける。
しかし、その前を肌色のもので隠れていて見ることができない。
……ん? この肌色のもの、見たことがあるような。
念の為触ってみる。手と体、両方にその感覚が伝わってきた。
どうやらこれは俺の体の一部らしい。よく見るとそれは俺の胸部につながっていて――
「ってなんだこの皮下脂肪は! ゲホッゲホッ」
男の俺にはあるはずのない胸部の皮下脂肪、というかおっぱいが付いているのだ。
「さらに何なんだこの声のトーンの高さは!!」
まるで変声期を迎えなかったかのような声の高さ。
というかこれじゃあまるで
「俺、女になってるじゃねーか!!!」
「よく吠えるハゲだな。おとなしくしてないとまた死ぬぞ」
隣で冷静に少女が声をかける。
口調と声色からしてこいつがロナで間違いないだろう。
思っていたより小さいな。いろんな意味で。
でもまあ、あと十年もしたらいい女性になる。って感じだろうか。
「なにをニヤニヤしている」
「いや、別に」
「まあいい。ところでどうだその体は」
「そうだった、いったいなんだこれは!」
「いちいち“!”を付けて話すんじゃない。まあ追々わかる。しばらくすれば馴染むだろうしな」
「馴染むったって、ゲホッ」
「だから吠えるなと言っているだろう。どれだけ血を吐くつもりだ」
「血?」
口元をぬぐってみる。
赤黒いドロットした液体が多量に手に付着した。これは
「血だ!」
「だからいちいちでかい声を出すな」
「……大人しくします」
「それでいい。まあ一息ついたら話をしよう」
彼女の言うとおりにし、俺はしばらく安静で辺りの景色をボーっと眺めていた。
それでも何一つ変わりはしない。いったいここはどこなのだろうか。
いろんなことを頭で考えるうちに咳も止まってきた。
痛みもだいぶ和らいだし、五感も正常に働くようになっている。
「大丈夫そうだな」
「ああ、とりあえずは」
「ならいい。それじゃあこれから仕事内容を説明するぞ」
「分かりやすくお願いします」
「当然だ。貴様のようなバカにでもわかるよう根絶丁寧に説明してやろう」
そしてロナはゆっくりと口を開きまず第一にこう言ったのである。
「まずここはお前のいた世界とは全く違う場所。いわゆる、異世界という場所だ」