闘争の歴書
「今日から学校か……」
俺は『十咲 弥勒』。始業式をやや訝しげに思いながら道のりを歩く。
何を隠そう、今日は始業式。
俺は今年から3年生だ。受験生という言い方もあるが……その言い方は好きじゃない。
ま、今日からは晴れて俺も3年生を名乗れるというわけだ。
だからと言ってどうのこうのというわけではないが、
とにかく気持ちを一新して今年はエンジョイしたいと思っている。
楽しむっていうのも受験生って言う分にはふさわしくないが、
最後の高校生活といえば勿論、賛同は大きいはずだ。
今日も自分の学校がそこにある。
『公立柏凪南高校』 これが俺の所属する高校って言うわけだ。
私服の着用が認められているし、携帯がダメとかそんなルールもない。
色々と過ごしやすいから俺はここに来て良かったとは思っている。
学校の校門に近いバス停を過ぎると何やら人が校門のところに立っている。
あの立ち振る舞い。そして配布物を配っている様子からして……
過ごしやすい高校でも唯一の鉄槌『喝皇』とまで異名を知らしめている
生活指導の『吉賀』ではなさそうだ。うん、100%間違いない。
そうだな……今日は始業式だ。ホームルームを聞き流すのも暇だし、
今回の配布物は見るからに冊子だ。何かと時間をつぶすには都合がいい。
貰っていくとしよう。
そんな思考を巡らせていた。
そして、ホームルームが訪れた。
「ふむ、皆はこの春休み何事もなかったようだな!」
担任が元気よくクラスメイト全員が教室に揃う事を嬉しげに言う。
ホームルームは何事もなく終了し、その後の式も平凡に終わった。
その間、俺はひたむきに冊子に目を通していた。文字一つ飛ばすことなくじっと読んでいた。
「おう、弥勒。今日も相変わらずだな。」
「志木? 久しぶり……でもないよね?」
「部活で会ってただろう。……ちょーっと宿題に手こずって最後の方はあれだったけどな。」
彼は俺の友達。『萩山 志木』だ。
佳奈は深い方だと自負しているつもりではあるが、弓道部とも長い付き合いだから
志木が俺の事をどう思っているのかは分からない。
でも、志木は周りから頼りになる奴だと認識されているのは確かで、
実際頼りがいのある人物だ。
「今日はもう暇だな。ずーっと配られてた冊子読んでただけだよ。」
「まーたそんなもん読んで……。どれ、どんな内容だ?」
「あーもう、今読んでたところなのに……こら、見るなって!」
「何? 『進学セミナー』だとぅ? お前にしてはまじめすぎじゃねぇの……!?」
志木が随分と驚いたような眼をしている。受験生というものを多少は
意識しては行かねばという覚悟だったのだが……まだ流石に速すぎたか?
志木自身は成績良し、運動神経も良しで整った顔立ちもしている。
そんな彼は人を大まかに把握することも得意だったので、
俺がこんな弁格の案内などの事について関心を持っていた事にかなり驚いているのだろう。
まぁ、仕方のない話だ。何せ俺は勉強しないほうだった。無理もない。
「お前、どこかで頭でも打ったんじゃ――――」
「馬ッ鹿! 無事だよ! この冊子は校門で配られてたものでだな……」
「え?」
「だから校門だって。」
「なんだって……!?」
「いいか、もっかい言うぞ。こ――――」
言い切る前に志木が俺の肩を掴んだ。
「それ、本当なのか……!?」
「な、なんだよ!?」
志木がらしくもなく動揺している?
一体俺が何かしたって言うのか?
「ちょっと貸せ!」
志木が行員に俺の手から冊子を取り上げる。
そしてすぐにパラパラとページをめくり上げていく。
「お、おい! だーもう、悪かった! 悪かったって!(原因がさっぱりだけど!)」
俺が言って少し時間がたった瞬間、志木の手が止まった。
ど、どうしたっていうんだ?
俺が冊子をのぞきこむと……
『Legion』と↑に見出しのように描かれていた。
志木は顔が青ざめていて、動きが止まってしまっている。
俺は続きを見た。
『あなたは選ばれた人材です。おめでとうございます。
私たちはあなた方の出会いと幸福を祝い、盛大な催しを開催いたします。
是非、ご来場くださいますよう、よろしくお願い申し上げます。
今回はあなたの適性に見合った進路、就職先などを検討し、
最も有力、現実的なものを考慮しあなたに確実な未来を差し上げるべくお待ちしております。
尚、開催日時は4月19日 午後4時30分から開催され、以降は7時までといたします。
場所は 章棟総合ホテル2階、中央ホールで行います。』
……いや、俺からしたら青ざめるほどの噺じゃない。むしろ喜ばしい話だと思うが……。
もう一度志木の顔を見るが、反応はない。
「おい、志木……志木!」
「え、あ、ああ。」
志木が正気を取り戻した様子だ。この冊子が非現実的な文面にでも見えたのだろうか?
「……悪い。」
志木はそれだけを言って、自分の席に戻った。
帰りのホームルームが終わって荷物をカバンへとしまいこむ。
僅か、短時間の作業だったはずだがこの間で志木は教室から出て行ってしまったようだ。
くぅ……コンビニ行きたかったのにな。仕方ない、今日は一人で行くしかない。
玄関を出て、コンビニへと足を運ぶ。
今日からしばらくは部活の勧誘が激しそうだ。
弓道部は安定して毎年人員が入ってくるから特に激しくする必要はないんだけど、
一応ポスター程度は毎年作ってるし……今年も効果があるといいんだけどな。
校門に行くと、配布物を配っている人たちがまたいた。
……ん、あれよく見ると志木じゃないか? 冊子を受け取っている?
なんだよ、あいつ……取り逃したのか。それで慌てて冊子取りに行ったのかよ。
行きたきゃいつでも俺のやつを見せてやったのに……。
俺が校門まで歩くと志木は俺に気がついた。
「志木、部活行くだろ? コンビニ行こうぜ!」
「え、ああ。行こう行こう。腹が減ってたところなんだ。」
志木は、普通に戻ってくれたようだ。
部活は一応表面ではポスター以上の部員を……集める効果がある。
ま、見学に来る生徒もいたから弓道部は今年も安泰だろう。及第点は突破したと思う。
目立つ素振りは見せずに凛とした面持ちで射に望んで、それで今日は終了した。
部活が終わって、ようやく自由の時間だ。一日目からこれか。
こりゃ2週間目ぐらいまではハードだろうなぁ と思っていた時、
自宅、自室でゴロゴロとしていると電話が来た。
萩山志木からだった。いいそびれた事でもあったのか?
俺は応答した。
「もしもし、俺だ。十咲だ。」
「弥勒か、よかった……!」
「ちょ、どうしたんだよ。志木、今日おかしくないか?」
「お、お前、持ってるだろ。冊子!」
「え、ああ。それが?」
「……弥勒、それがなんの冊子か知ってるか?」
「え、進学セミナーだっけ?」
「進学セミナー……か。そうか、弥勒……知らずに取っちまったんだな。」
「お、おい、どういうことだ。わけがわからん!」
「弥勒、落ち着いて聞いてくれ――――」
志木の声には焦りがあった。そして、言い放たれた。
「その冊子はどこぞの進学セミナーの案内なんかじゃない。違うんだよ。」
「じゃ、じゃあこれなんの冊子なんだよ?」
「……闘争だ。」
「は?」
「戦うんだよ。」
「戦う? 誰と?」
「そんなの、俺だって知るかッ!!」
!! 志木の憤った声が受話器から聞こえた。志木、相当興奮している……?
「……!」
「す、すまない。弥勒……いいか。よく聞いてくれ。これはそんなもんじゃないんだ。
命を賭けて戦う運命背負わされたんだよ、俺たちは……。」
「し、志木? 何言って――――」
「ばかげた話だと思うのは普通だ。だけど、これは本当の事なんだよ!
信じられないなら、今後の事を言い当ててやるよ。」
本当に、志木なのか? ここまで感情を出すなんて志木らしくもない――――
「会場に行くと、セミナーなんてもんじゃなくて食事会みたいなもんが開催されてある。
そこで質問に答えさせられるんだ。その次にまたパーティーの招待状が来る!」
「ちょ、ちょっと、志木!」
「メモとってくれ。頼む。俺はお前を死なせたくはない。だから……頼む……!!」
ここまで切羽つまった志木は始めてだ。よほどの事なのだろう。
それに、志木は何かを知っている!?
と、とにかくメモを……。
「め、メモ取ったよ。」
「そうか、良し。ああ、会場には絶対行けよ。何があってもだ。行かなかったら
それこそ俺もどうなるか……命の保証はできない。」
「う、うん……。志木、何か知ってるんでしょ? 話してよ。ねぇ!」
「弥勒、何も知らないんだったよな。なら、話すよ。全部を。」
志木が落ち着きを取り戻した様子に聞いて取れる。
「弥勒……俺たちがこれから始めるのは『闘争』だ。
冊子を持った俺たちの宿命でな。この冊子……『闘争の歴書』の所持者は
異世界に送られて戦わされるんだ……!!」
「え……!!?」
異世界? レギオン? 歴書!? な、なんだ、志木、何を言っているんだ!?
宿命? 所持者? 戦わされるだって!!?
俺は、これからどうなるんだ……!?
志木の口から出た言葉は、俺の想像を絶した。
そして暇つぶしのために取った冊子は、どうやら暇始業式の暇だけじゃ足りなかったらしい。
こいつを何も知らずに取った。それだけの事が俺を未曾有の世界に引き込んでいった。
志木の口からは、まだ言葉は出てくるらしい。
志木……お前は一体どこで、どこまで、どんなことを知っているんだ?
俺の疑問は尽きなかった。