とある宿屋の看板娘④
フェイの上からの不意打ちにより、ニックは地に沈んだ。
ここで起こせば、面倒くさい事態に逆戻りすることになりかねないので、そのまま放置することにした。
放置と言っても、後で室内には入れるつもりではあるが。
ちらりと気を失ったニックを見やった後、先ほどのやりとりを思い出してしまい、ローラは慌てて視界から外した。
「あ、あのっ、フェイくん、ありがとう!」
「礼には及ばない。ただ、こいつが五月蝿かっただけだ」
そう言って、フェイが地に沈んだニックをつめたい目で見下ろす。
「…うるさくしたのは私も…ごめんな―」
「原因はこいつだ。謝罪もいらない。もう報復は済んだしな」
「…」
まだ謝罪し足りないと思いつつも、それ以上の謝罪はいらないというフェイの態度に、口を噤む。
口を閉じれば、辺りを静寂が包む。
確かに、これだけ静かなら自分たちの声はとても辺りに響き、騒がしかったことだろうと思わせた。
気持ちが負の方へ傾いていたローラはますますうなだれていく。
「――教会だ」
「え…?」
「ローは教会に行ってる」
「あ…あ、あの?」
「知りたかったんだろう」
「!?」
先ほどのニックとのやりとりを聞かれていたのだ。
フェイの言葉の意味を知って、驚きと羞恥に襲われる。
慌てて否定しようとして、口を開いたが、すぐに口を閉じた。
「…バレバレでしたか?」
自分の気持ちをごまかしたり、否定したくないと思ったのだ。
ソッと聞いてみる。
「まあな。でもローは気づいてない」
優しい顔をしたフェイと目が合う。
ローラの気持ちを馬鹿にするでもなく、フェイはありのままに受け止めていてくれているのが分かり、ホッとした。
そして、聞いてみたいと思った。
「…ローさんてモテますよね?」
「そうだな。なかなか年齢層幅広くモテてるな。ちなみにオレの妹もローに熱を上げてたりする。だが、ローがそれに気づいたことは1度もない」
あっさりと返ってきた返事に笑う。
(うん、ローさんならありそう)
フェイはローラを否定しない。
フェイはローラを笑わない。
そのことがとても嬉しい。
「フェイくん」
「何?」
「好きな人っている?」
「いる」
「ローさんは…好きな人いるかな?」
「いないだろうな」
「そっか」
ローに好きな人がいないと聞いて、いけないと思いつつも、ローラは顔に笑みが上る。
(可能性は限りなく少ない。でも、まだ望みを捨てないでいいんだ)
そのことが、ローラに本来の笑顔を取り戻させる。
「フェイくん」
「何?」
「ありがとう」
「ん」
口元に笑みを乗せて視線を向けられて、同じように笑みを返せた。
もう夜もいい時間だ。
聞いてみたいことが沢山あったが、ローラは我慢する。
フェイが部屋に戻ろうと踵を返す。
それを見送ろうとすれば、フェイの歩みが止まった。
「ああ、そういえば」
「?」
「フェイの好きな奴って話だけど」
「!」
「-そういう意味じゃないけど、あいつオレのことが大好きで大事らしいから、振り向いてほしけりゃ、要努力が必要」
「!?」
ローラは目を見開いて固まる。
その反応を見て、フェイはニヤリと笑う。
その後は何も口にすることはなく、ひらひらと手を振って宿の中へと消えて行ってしまった。
「…」
フェイが部屋に戻っていって、少々でない時間が過ぎて、やっとローラは動き出した。
頭の中はフェイの言葉が回っていた。
「フェイくんのことが大事…そりゃそうだよね」
今までのローのフェイへの態度を思い返せば一目瞭然だ。
自分よりも何よりもまずフェイのこと。
それはリーにもいえる。
ローラは愕然とする。
まだ見ぬ恋敵よりも、フェイの存在の方が今の自分の前に高く…―とても高くそびえ立っていることを忘れていたことに。
ローラの眠れない夜はまだまだ続くようだった。
読んでくださった方、ありがとうございます。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
活動報告にてちょっとしたオマケ載せてあります。
そちらもよければお読みください!
ローラの話は次で終わりにしたいと思います。(要努力が必要…汗