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光ある国  作者: 深縁
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とある宿屋の看板娘③






ローラは落ち込んでいた。


海よりも深く、落ち込んでいた。



理由は当然、ローに関することだ。

ローラは、先ほどまでの常以上の働き振りから一転、置物のように動かなくなった。

これ以上は戦力にならないと判断した女将は、ローラに部屋に戻るように告げた。

フラフラと幽鬼のように食堂を出て行く姿に、女将がため息を付いたのだが、当然の如く、ローラはそれに気付く余裕はなかった。


「ローさん、何で…」


部屋に戻らず、宿の裏手にある小さな庭に出た。

満月には遠い、欠けた月がローラを照らす。

その光は優しく、ローの笑顔を思い出させる。

そのことが、ローラの目元に涙を滲ませた。



ローラがこうなったのは、ローが食堂から夕餉をもらってから半刻ほど過ぎたかどうかという時のことが原因であった。

せっかくのローとの逢瀬を邪魔されて腐りかけていたローラであったが、少しではあるが、ローと話せたのも本当で、その事実がローラを上機嫌とは言えないが、それなりの機嫌にさせていた。


食堂も晩飯の時間帯を過ぎれば、緩やかな時間が流れる。

ちょっと前までの忙しさに変わり、今は遅い晩飯を食べる者と、その食後の一杯と称してお酒を飲んでいる者たちが居るぐらいだった。


煩雑な時間帯を過ぎた辺りで、順番に給仕をしていた従業員たちも晩飯を食べる。

ローラも準備されていた晩飯を食べ、食堂に戻ろうとしていた時だった。


「ローさん!」


宿の受付にてローを発見して、見えないローラの尻尾が盛大に揺れる。

パタパタと近づけば、困ったような笑顔に迎えられた。


「あ…お出かけですか?」


ローは受付を横切って出て行こうとした真最中だったらしい。


(こんな時間に何処へ?)


珍しいことがある日はいろいろと続くらしい。


駒鳥亭にローたちが泊まった時は、いつも夜に出て行くことなど無かった。

そして、リーもまだ帰ってきておらず、ローも何処かに出掛けるとなれば、彼らの守るべきフェイが1人になるのだ。

ローたちが来たときは、傍から見てちょっと危ないのではと心配されるほどにローウオッチングをしているローラだ。

ローとリーが2人ともフェイの傍を離れることは本当に珍しいことだったのである。


ローとは客と宿の従業員の関係でしかないローラが、つい立場を超えての台詞が出たのも仕方の無いことだったのかもしれない。

女将に見つかれば、拳骨一発の刑に処されていたことだろうが、ローラには幸いなことに、女将はその場を見てはいなかった。


「うん…ちょっと、教会に」


ローの言葉にますます疑問が募る。

が、それ以上突っ込むことは出来ない。

出掛ける途中でずっと引き止めるわけにも行かず、出て行くローを見送った。


「…教会に何しに行くんだろう?」


ローの姿が見えなくなってから、頭の中をまわる疑問を口から出してしまう。

誰かの答えが欲しくて言った言葉ではなかったのだが、予想に反してサイドから声がかかった。


「本当に、夜に教会に行くと思うのか?夜に行くとこなんざ決まってるだろう」


爽やかにはほど遠い笑いとともに、受付にいた青年と呼べる姿かたちの男が、ローラの呟きに答えてきた。

知らずうちに眉間に皺が寄る。


「ニック…夜に行くとこって何処よ」


駒鳥亭で働くようになって二月ほどの、ニックと呼ばれる青年で、何かあるごとにちょっかいをかけられてローラは辟易していた。

下品な笑いに、嫌悪が募るが、ニックの台詞が気になって問うた。


「へっ…花街だろう」

「ローさんはそんなところ行かないわ!」

「そんなこと断言できねぇだろ。夜だぜ?行くとこなんてそうあるはずねぇよ」

「…」


それ以上聞きたくなくて、ローラは無言で踵を返した。

しかし、もしかしたらの可能性が、ローラの心を黒く塗りつぶそうとする。


そうして、ローラは感情に振り回されて動けなくなった。






「…花街なんてこと…ないよね…」


庭に設置された台に腰をかけて月を眺める。

あの純朴なローに限ってありえないと思いつつも、不安が拭えずに次への行動へ移れないローラ。


月は空でそっと輝くだけで、ローラに何一つ教えてはくれない。

何度目か分からないため息をついて、そろそろ寝なければ明日に支障が出ると腰を上げようとした。


「まだ落ち込んでるのかよ」

「…」


ローラに嫌な可能性について述べた声が、背後から聞こえてきて、ピタリと止まる。

今一番聞きたくない声だった。

無視しようとするが、相手はお構いなしに近づいてくる。


「たまにしか来ないあんな男の何処がいいんだか」

「…」

「他にも男はいるだろうがよ。あんな男やめちまえよ」

「…」

「おい、ローラ。返事くらい返せよ」

「…」

「くそっ」


ちらとも反応を返さないローラに焦れたのか、ニックは乱暴にローラの肩を掴んで自分のほうを向かせる。


「いたっ…五月蝿いのよ、あんた。どっか行って!」

「っ…人がせっかく―」

「何がせっかく?余計なお節介だわ!ていうか、迷惑よ!!」


摑まれた肩から手を叩き落とす。

無視も限界だった。

どうしてニックが余計な事を言うのか分からなかった。

分かりたいとも思わなかった。

自由を取り戻し、数歩距離を取る。

睨みつければ、相手も顔色を変えた。

ローラに向けてのびてくる手。

怒りがローラに恐怖を感じさせなかった。


「この―」

「やかましいっ!」

「ギャッ!!」

「え…え?ええ?!フェイくん!?」


その場の空気が破られる。


フェイの登場は唐突だった。


ローラの気のせいでなければ、フェイは上から降ってきた。

呆然と上を見上げれば、3回のベランダのドアが開け放たれているのが見えた。


「う、嘘…」


ローラは穴が開くのではないかと思うほどにフェイを見つめた。






読んでくださった方、ありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

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