寄り道の途中で⑥
「じゃあ、説明するわね。主が」
「説明します。フェイ様が」
「…」
「別にお前たちでも構わないと思うのだが…」
「そうですけど、時間も勿体無いことですし、私とローはこれから必要な物を買いに行ってきますよ」
笑って言われてフェイが黙り込む。
リーの言葉が正しかったからだ。
時間はまだ大丈夫といっても、無限ではない。
したいことがあるのなら時間はあれど、したいことではなく、やらねばならないことがあるというのなら、作業を分担して効率をあげるべきなのだ。
現在は、したいことというよりも、しなければならないことであった。
由岐への説明然り、由岐の髪の毛偽装(?)に必要なものの購入然りである。
「分かった」
「では、我々は少々席を外します」
「ユキ、可愛い装飾品、探してくるわね。分からないことはちゃんと聞くのよ?」
「楽しみにしてます。しっかり、お勉強しておきます!」
リーとローが部屋を出て行く。
部屋の扉が閉まるところまで、由岐は2人を見送った。
「さて…いいか?」
「うん。よろしくお願いします」
フェイの正面に座りなおし、姿勢を正す。
そんな由岐の姿を見ながら、フェイはローが入れていったお茶で口を湿らせた。
「―身を守るためにリカルドに生きる生物たちは魔力を溜め込む。そして、我ら人間は、決められた貯蓄量より多くの魔力を貯蓄するために、髪を伸ばしてその髪に魔力を貯める。弱き女・子どもが髪を伸ばしてそれなりの魔力を貯蓄できるようになり、死への危険は減少し、我々、人間はその数を増やしていった。…―それですべてが上手くいけばよかった。だが、絶滅という大きな危機が遠くなると、人間はほかのことを考え始めた。現在よりも未来が便利になるようにと考え、発展させようと躍起になった。より魔力を循環させる方法や、魔力を他者へと譲る方法など、人の歴史が長くなる間に発見、つくりだされてきた」
「?…それは悪いこと?」
「いいや、悪いことではない。生活を豊かにしようと考えることはとてもよいものだ。しかし、全ての人が同じように考えるわけではない」
「自分の都合のよいようにするってこと?」
「そうだ。最初に魔力を他者に譲る方法を考えた者は、愛する者が他者より魔力の消費量が激しく、すぐに魔力が枯渇しそうになるという問題を抱えていた。そんな問題をどうにかしたいと思って方法を考え、つくり出した。しかし、その後、その方法は他者の魔力を奪う方法をもつくり出してしまった」
「…」
「新たな発見。新たな方法。新たな「それ」をどう使うかは扱う者次第だ。全ての人間がいい人間ではない。そうだろう?」
「…うん」
フェイが口を閉じて話が途切れる。
お互いに、ティーカップに手を伸ばし、口に運ぶ。
先ほどまでより、部屋の中が暗くなったような気がしたが、夕方にはまだほど遠く、ただの由岐の心情の変化によるものだろう。
「で、ここからが本題だ」
ぽけっと、部屋から視線を移して窓から外を見ていれば、フェイが話を再開させた。
「ユキ、どうしてオレたちが髪を置いてくることに異議を唱えたか分かるか?」
「へ?」
フェイの質問に首を傾げる。
理由が分からなかったから今教えてもらっているのではないのか?
由岐は訳が分からず、フェイを凝視する。
「いや、分かるかでは不適切だな。どうして駄目だと言ったと思う?」
「えっと…」
ちろりと笑みを見せて更に問われる。
ぐるぐるとフェイの言葉が頭の中で回る。
(どう思うかってことは、私の意見を聞いてるってことよね?間違ってもいいから)
腕を組み、頭をひねる。
(フェイの笑み…あれは何か含んでいたような…ん?良かれと思って見つけ出された方法…どんな方法も、扱う者次第で…あれ?何か引っかかる…)
依然頭を悩ませる。
そんな由岐に迫り来る影があって…。
チュッ
「ひゃっ!」
突然の感触。
そして音。
それは気付けば少々慣れてきてしまったもので――。
「フェ、フェイッ!!き、急に何するのっ!」
「キス」
「いや、だからっ?!」
「真剣に悩むユキを見ていたらしたくなった」
「あ、あ、あ…」
「嫌だったか?」
横から覗き込むようにして由岐の様子を窺うその姿は中身を裏切ってとても愛くるしい。
天然か計算か。
今のところ由岐にそれがどっちか判別できる力は無かった。
「ユキ?」
「あぅ…」
「ユキ…もっとしたい」
「っ!」
「今ならリーとローも居ないし」
「~~!!」
「部屋の中だから誰にも見られないし…駄目か?」
「~~~~~~!!?」
由岐は戦っていた。
羞恥と。
フェイと。
(ずるい~~~~~~!なんでフェイはこんなに可愛いのっっ!!本当は私より年上の癖に~~~~~~~~~~~~~!!!)
心の中で絶叫があがる。
少しずつ、だが、確実に追い込まれていく。
「ユキ?」
囁くように名前を呼んでくるフェイの顔はもうすぐ傍。
十数センチほどしかない。
押しやることも、距離を縮めることも出来ず、固まったままじっと神秘的な紫の瞳を見るしかない。
部屋にあるひとつしかない窓から零れる日の光に、紫色の瞳の奥が揺らめく。
その揺らめきに知らずうちに呪縛されて、羞恥と混乱に荒れていた思考が真っ白になる。
ふに
視界はもう透明度の高い紫の海に溺れて、他は何もない。
ただ、口元に柔らかい感触が伝わってくる。
だが、それが何か答えは出てこなかった。
読んでくださった方、ありがとうございます。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。