第4話 従者は主の下へひた走る
草木の合間を縫うようにしてリーは走っていた。
「早く主の下へ」
誰に言うでもなくポツリと零す。
敵の全容は知れた。
後は主に報告し、主の側に仕え、大事な主の御身を守るだけ。
その想いを胸に、敵に悟られぬよう細心の注意を払いながら走っていく。
そして、主であるフェイの作った罠を発動させぬように気をつける。
自分が罠にかかってしまえば、なんの意味もない。
また一つ罠を潜り抜けながら、リーは口元に笑みをのぼらせる。
「よく出来ている」
罠の作り方を教えたのはリーだった。
基本的な罠から複雑な罠まで。
しかしフェイはそこで終わりにしなかった。
色んな文献を読み漁り、自分自身で新しい罠を作り上げた。
とても勤勉なフェイに、リーは鼻が高くなる反面、もっと違うものにその勤勉さを向けて欲しいとため息を零したものだった。
現在進行中でその知識が役に立っているので、下手に文句も言えないが。
「罠の作り方などに精通して欲しくはないのだけど…」
でもやはり愚痴は口をついて出る。
そもそもフェイに罠の作り方を教えるに至った経緯も思い出せば、今でも怒りに心が支配されそうになる。
「駄目だ。そんな場合ではない」
ついつい過去の記憶に捕らわれそうになって慌てて思考を切り替える。
この先で自分の帰りを待っているはずのフェイを想う。
彼には敵がいっぱいだ。
捌いても捌いても次から次へと出てくる敵。
彼の立場がそうさせる。
思考を切り替えたはずなのに、どうしても思考の深みにはまりそうになる。
リーは、右手をギュッと握り締めた。
「…今は目前の敵を…―」
自分に言い聞かせるように呟いて、リーは走る速度をあげた。
後数メートル行けば開けた草地に出る。
リーは見慣れた自分の片割れであるローの後姿を見つけて視線をめぐらす。
少し離れた場所にある大岩の横に佇む主の姿を見て、無意識に息を吐いた。
「遅くなり…!主!?」
報告をしようと口を開くが、リーの視線はフェイの顔で止まる。
いや、顔というより頬に視線がくぎづけになった。
フェイの丸みを帯びた頬が真っ赤になっていたからだ。
白い肌だけに、赤みがとても目に付いた。
報告を忘れてフェイに近づく。
いや、フェイにあと少しで手が届くという目前で、リーは止められた。
「ロー!離せっ!!」
自分を止めたローを怒った瞳で睨む。
ローはそれでも掴んだリーの腕を離さない。
「落ち着け、リー」
ローの落ち着いた声に、余計に怒りが募る。
「落ち着けるかっ!おまえがついていながらなぜ主が怪我を―」
「やめろ、リー」
2人が言い争いになる前に、いつもと変わらないフェイの声が間に入る。
なんとか気持ちを落ち着けて、リーはフェイを見つめた。
「ちょっと腫れているだけだ。怪我というほどのものではない」
落ち着かせるように、声が重ねられる。
しかし、フェイの視線はある一点から動かなかったが。
「?」
動かない視線に、自分もその視線の先を辿る。
視線の先には、1人の少女が顔を伏せて泣いていた。
フェイの頬の腫れに意識がいって気付かなかったが、自分が来る前から居たのが窺える。
冷静な思考が戻ってきた。
この状況は何なのか、リーは視線をローに向ける。
「…」
そこには表現しがたい困り顔があった。
「ロー?」
催促してみる。
「う、うん…まぁ…」
とても歯切れの悪い返事が返ってくる。
「主?」
相手を代えてみる。
「…」
やはり無言。
リーの頭の周りには、クエスチョンマークが回っていた。
「…―報告します」
凄く気になるが、それよりも差し迫った状況が追求することを許してはくれない。
無理やりに問題を横に置き、伝えねばならないことを口にのせることにした。
「ああ」
視線はこちらにくれないが、返事を返してくれる声にしたがって、見てきたことを分かりやすく、順序立てて伝える。
「―というわけで、人数的には全部で18。我々を狙った襲撃者はその内の3名であると思われます」
「そうか」
「気になるのが、襲撃者の一人の腕に…杖に蔦が巻きついたかのような刺青がありました」
「…『ワングレーイル』か…」
フェイの台詞に無言で目を伏せる。
ワングレーイル―― 一言で言えば秘密組織。
黒い歴史の後ろには度々名前が挙がる。
表立って動くより、水面下で動くことを好む組織で、行動目的などは闇の中。
組織の者は、体のどこかに杖に蔦が巻きついたかのような刺青をしている。
「…」
「主?」
「フェイ様?」
悠長に構えている時間など無く、リーとローはそれぞれフェイに声をかける。
「首謀者を割り出さねばならないな」
強い視線が返ってきた。
2人は自然と背筋を伸ばす。
「襲撃者を捕まえる」
「で、ですが」
「現在、我々には力が足りません」
フェイの言っていることも分かる。しかし、冷静に考えて今の状況を分析する。
こちらは3人しかいないし、3人とも魔力が底につきかけている。
そしてあちらには、関係ない者たちもついている。
これだけ状況が悪いと逃げることは何とかなっても、襲撃者の捕獲までは手が回らないのが嫌でも分かる筈だった。
「我々は3人しかいません」
「少数精鋭だ」
「あちらには無関係な者もいます」
「考えがある」
「…魔力が底につきかけています」
「私もです」
「オレはある」
無理な状況を一つずつ挙げていく端から淡々と返事が帰ってくる。
これが一番の問題だと魔力残量について2人が述べる。
フェイは問題無いと返してくる。
「…は?」
「…え?」
フェイの最後の言葉に2人は目をむく。
先程まで自分たちと同じように魔力の残量について言っていたのに。
「どういうことですか?」
リーが真っ先に聞く。
「回復した」
「んな…馬鹿な」
「回復したといったらしたんだ」
すっと手のひらをリーに向かって広げる。
手のひら感じるのは、途方も無い力。
ひしひしと身体全体で感じた。
「っ…!」
咄嗟に身体の前に腕を持っていく。
力から逃れるように。
「分かったか?」
「…は、はい」
頷くしかなかった。
違えることの出来ない力を感じ取ってしまったのだから。
「しかし…いつの間…に…っ!」
リーの横で、今度はローが困惑に染まった顔で、フェイに問いかける。
だが、ローは何かを察し、最後は絶句して言葉を途切らせた。
視線がフェイとうずくまったまま泣いている少女を交互に見た。
「…あれ…ですか?」
確認するように、ローは口を開く。
「…そうだ」
一瞬の後、フェイは答える。
「…」
「…」
「?」
男2人は沈黙し、女は1人疑問に首をかしげた。
「―――…」
遠くから人の声が聞こえた。
「「「!」」」
3人はハッと現実にかえった。
「…まずは追っ手を」
「そうですね」
「全て終わったら、私にも話していただきますからね」
「…」
鋭い目をして、3人は意識を切り替えた。
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