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光ある国  作者: 深縁
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第33話 全ては色を変えて(後)






ゆっくりとフェイの唇が離れていく。

それを呆けたように見送る由岐に、笑みと共にフェイが彼女の口元をぬぐう。

それでも由岐は頭がうまいこと回らず、ぼんやりとしている。


「どうした?もう一度してもいいのか?」


名残惜しげに口元から手を離して、耳元で囁く。

直に聞こえてくるフェイの声に、由岐の体が面白いほどに揺れた。

由岐の手がフェイの身体を押し戻そうとする動きを見せる。

全然力が入っていなかったが。


「それで返事は?」

「へ…返事?」


その意を汲まず、押す手を無視して喋る。

由岐の体がひっきりなしに揺れるのをフェイは悪いことに、楽しんでいた。

震える声で鸚鵡返しに口を開く由岐に、また耳元に声を落とした。


「大きくなったらもう一度云えと言った。騙すような形になってすまないが、こちらがオレの本来の姿だ」

「な…」


耐えられなくなったのか、もう一度胸板を押される。

それに今度は抗うことなく距離を置く。



「これには色々とあってな…追々話す。もう一度自己紹介といこう。オレの名はフェイリールド・セファ=リオーレ。この世界…リカルドにて最大を誇る5大国の1つ――リオーレ国現国王が第3子。…それがオレの肩書きだ」



まっすぐ由岐を見据えてフェイが言う。

しかし、混乱している由岐にはすぐに言葉が飲み込めなくて静寂が訪れる。

静寂といっても、野外に居るので、風の音や葉のこすれあう音などが耳を騒がせない程度に聞こえてくる。


「…」


サワサワサワ…


「……」


チュピチュピ…


「………」


銅像のように黙り込む由岐を見守っていたが、いっこうに反応が返ってこずにフェイは困っていた。


「主」


声をかけようか迷っているところに、声がかかって、声のした方に視線をやる。

視線の先にはリーとローが草むらに腰を下ろしている姿があった。


「ユキの頭の整理がつくまで放っておいた方がよろしいかと思います」

「俺もそう思います」

「…だからと言ってそれは――」

「ずーっと動きっぱなしでしたから、休めるうちに休むべきです」

「今のところ、周囲に危険はありません」

「…」

「フェイ様、ミムの葉のお茶がありますよ」

「主、ミムの実の焼き菓子もありますよ」

「…」


彼らはどこまでもフェイの従者だった。










唐突に思考が戻り、身体に風を感じる。

パチパチと瞬きする。


視界に広がるのは空と地面。

空には流れる雲が浮かんでおり、地面では草が風に煽られて揺れている。

眉間に皺がよる。

いつもの由岐だったらボウッとその景色を眺めていたことだろう。

しかし、今は目に見える景色に不満があった。



そう…――目の前に居るはずの人物がいなかったからである。



フェイが視界の中にいないという事実に、由岐はどんどん不機嫌になる。


だが、一転してその顔が曇った。



不安が由岐を襲う。

動転するばかりで、満足にフェイに言葉を返すこともできず、固まっていたのは自分自身だったことに気付いたからだ。

そして、フェイが自分の前から離れたことでさえ気付かなかった。


由岐はフェイに呆れられたのだと思った。


視界が揺れる。

いや、瞳が涙の海に溺れそうになっていた。

我慢しようとして身体に力が入る。

それでも涙は湧いてきて、瞳いっぱい満たして外に零れ落ちる寸前だった。


「やっと戻ってきたと思えばどうした?」


その指は由岐の後ろから現れた。


そっと目元を触られて目を見開く。

目を見開いた拍子にいっぱいになっていた涙がポロリと零れて、目元に添えられた指を濡らす。


手を辿ってゆっくりと振り向く。

そこには由岐の求めた姿があった。


「ユキ?」

「…う」

「?ユ…ッ!」


顔を歪ませた由岐の前に、フェイの心配そうな顔があった。


フェイの姿がまた消えてしまわないように、由岐は抱きついた。

今度はフェイが目を見開く番だった。

ギュウッと背中の服を握られて皺がよる。

フェイも由岐の背に腕を回す。


「――気付いたらオレがいなくて驚いたのか?」

「…」

「…すまない。ユキから離れて」

「ッ…」


フェイの言葉で服を握る手に力が入ったことで答えを知る。

柔らかく抱きしめて、労わるように背中をさする。


「…――で」

「ん?」

「…急にいなくならないで」

「分かった」

「気付いたら…フェイがいな…っくて」

「うん」

「なんでって思っ…て…でもすぐ不安に―…」

「…うん」

「わ、私がすぐ…に返事しな…っかったか…ら」

「そんなことはない。オレが悪かったからもう…自分を責めないでくれ」

「っ…」


由岐を労わるフェイに背を撫でられて、少しずつ落ち着いてくる。

小さい時のフェイと違って、今のフェイは大きくて、すっぽり包むように抱きしめられて何故か落ち着いた。

落ち着きすぎて、瞼が下がりそうになる。

自分を叱咤して顔を上向けた。

真摯な瞳とぶつかって、固まりそうになったが、意志の力でぐちゃぐちゃになりかけた様々な感情をねじ伏せる。


「フェイ…」

「なんだ?」

「…先に…私の話を聞いて欲しいの」


由岐は落ち着いたことによって、まずは話さないといけないことがあることに気付いたのだ。


自分がこの世界の住人ではないこと。


これが一番の問題だ。


先ほどは驚いて思考回路停止にまで陥ったが、フェイがある国の王子だということは由岐にとってそれ程重要なことではなかった。

王族なぞに関わるということは、思っている以上に大変なことだとは理解しているつもりだ。

だが、フェイに好意を持ってしまった以上、それはもう乗り越える前提にあるもので、恋を諦める理由にはならない。


由岐は、伊達に運命の恋に憧れていた訳ではないのである。







読んでくださった方、ありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

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